第4話 王に選ばれし民 3 ―王に選ばれし民 魔女―
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黒いローブを纏った老婆――
セイギは形を成した煙をそう思った。
否、既に煙ではない。確実に実体を持った存在だ。
しかし、確実に人間ではない。
煙が人間に成れる筈はなく、空を飛べる人間がいる筈もないから。
「フフフ……」
老婆は不敵に笑った。腰が曲がり、フードを目深に被った顔は口元しか見えない。
老婆の肌は白い。白だとしても色白とは違う。色がない。ただ白い。しかし、唇だけは反対にローブと同じ色、黒だ。
「お前も…… あのピエロの仲間か」
突然の老婆の出現にセイギの眉間には深い皺が刻まれ、その谷間に汗が流れていく。
「"お前"だなんて。汚い言葉を使う坊やだこと、お仕置きをしてあげなくちゃねぇ」
嗄れた声で老婆は笑い、右手に持っていた黒い杖をセイギに向かって振りかざす。
老婆が持つ杖は、まるで昔話に出てくる魔女が持っている杖だった。おそらく木で出来ていて、丈が長い。腰の曲がった老婆の背丈よりも長い。先端は拳の様に丸い――
「ケケケケケケケケッ!!」
老婆の行動に反応する様にピエロが再び笑った。しかも、スクリーンの中からセイギ達を指差して。
「ケケケケッ! おいおい! 五月蝿い蝿がブンブン飛んでるかと思ったら、俺達の邪魔をした奴がそんな所にいたのかッ!! ねぇねぇ我が愛しの《魔女》よ! ボクちゃん、今日の晩ごはんは焼き鳥が良いなぁ~~!!」
「フフ……静かにしなさい《道化師》よ。私は鳥よりも、人間の方が好物よ」
《魔女》と呼ばれた老婆は、拳の様に丸い杖の先端をセイギに向けた。
《魔女》の杖の色は変わる。より黒く、漆黒に変わる。
「セイギ!! 危ないボズッ!!!」
ボッズーは『何かが起こる』と感じた。
危険を感じたボッズーはすぐに動く。翼の形をビュビューンモードから二本の翼へと変形させ、右翼をセイギの体の前に下ろした。
盾のつもりだ。ボッズーはセイギを守ろうとしたのだ。
「あら、小賢しい鳥ちゃんだねぇ」
「ボッズー!! やめろ!!」
セイギは気付いた。ボッズーが自分の盾になろうとしてると。だが、制止するには既に遅い。老婆――否、《魔女》の杖からは猛烈な勢いで炎が噴き出したからだ。杖の先端から噴き出す炎も他と同じく黒かった。まるで墨で書いたかの様な炎だ。
「うわぁーー!!!」
魔女の炎がボッズーの翼を炙る。
「クソォォ!! 負けてたまるかボッズー!!!」
ボッズーは只者ではない、翼も同様に只の翼ではない。自然の炎であれば容易く焼かれたりはしない……が、魔女の炎も只の炎ではなかった。
「うっ……クッ……クソォ!!!」
噴きつける炎にボッズーの翼はジリジリと焼かれ始めた。炎に押さて、セイギとボッズーは巨大な薔薇に鎮座する城から遠ざけられていく。
「ボッズー、代われ!! 代わるんだ!! 俺が、この炎と戦う!! だから代われ!!」
セイギは叫んだ。仲間が、友が、自分を守る為に攻撃を受けている。そんな状況にセイギが堪えられる男ではない。
「た……戦うってどうやってだボズぅ!!」
「そ……それは!」
問い掛けられてもセイギの中にも答えは無かった。『どうにかしなくては!』という考えしか無かった。
「この剣の刃に、炎を吸収させて――」
「無理ボズよ! お前も分かってるだろボッズー!その剣は敵の攻撃を斬る事で、敵の力を己の力に変える剣だボズ! でも、元々の剣の力よりも敵の攻撃が強いと、斬る事は出来ないボズッ! この炎はお前の剣では斬れないボッズー!!」
「で、でも……じゃあ、どうすれば!!」
「このまま焼かれるしかないボズ! ボズボズボズボズボズボズボズボズぅーーー!! 焼き鳥になっちゃうボズぅーーー!! ケケケケケケケケッ!!俺だよ~~ッ!! ケケケケケケケケッ!!」
スクリーンの中からボッズーの口真似をする《ピエロ》の声が聞こえた。
「クソォーー!! 俺の真似すんなボッズーー!!」
「馬鹿にしやがってぇぇ!!」
自分達を嘲笑うピエロの声が聞こえても、現在の二人はスクリーンを睨めない。漆黒の炎に押さて魔女と距離が生まれても、炎の勢いは凄まじいままで変わらないから。
「フフフ……」
魔女が再び笑った。
「ピエロのボクちゃん、残念ながら英雄の坊やと、お友達の鳥ちゃんを焼き鳥にするのはまた今度だよ。今日はこの子達を殺せないから……」
「え!! なんでよ!! 焼いちゃってよ!! 焼かれて苦しむ声が聞きたいのにぃ!!」
ピエロは机を叩いた。
「あら、忘れたのかい。《王》の言葉を」
「《王》の言葉ぁ?? あっ……そっか そっか! もぉぉぉぉ食べたかったのにぃぃぃ!!!」
ピエロは足を踏み鳴らし、地団駄を踏んだ。その姿を見て魔女は微笑む。
「わざとらしいねぇ、本当は分かってるくせに」
「え?! そう? そう見える?? ケケケッ!!」
「フフフ……」
「ちきしょうッッ!!」
「クッソォ……ボッズーッッ!!」
炎に押され続けて距離が生まれた筈であるが、未だに魔女の嗄れた笑い声はすぐ耳元に聞こえる。
「フフ……それじゃあ坊や、また会いましょう」
魔女は突然別れを告げた。
炎も同時に消える――二人を城から遠ざける事が、魔女の狙いだったのか魔女の真意は分からないが、不敵な笑いを残して魔女は再び煙となり消えていった。
「ボッズー、大丈夫か!!」
「うぅ……うん、なんとかね。でも、これじゃ飛ぶのはちょっとキツいボズ……少し休ませてもらっても良いボズか、少し休めば、また行ける筈だから」
「あぁ、勿論だ! 今すぐどっかに降りよう!」
セイギを守ったボッズーの右翼は炭をまぶした様に黒く焦げてしまった。セイギは『今すぐに降りれる場所はないか』と町を見下ろす。
すると、すぐ下方に広い屋上のあるビルを発見した。
「丁度良い所があるぞ……真っ直ぐ下りた所にデカいビルがある、あそこに降りよう!」
ボッズーは「うん……」と苦しそうに頷き、片翼だけを使って慎重に高度を下げていく。




