第4話 王に選ばれし民 1 ―英雄に休息はいらない―
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「あぁ腕がパンパンだぜ……でも、まだ終わりじゃねぇ!!」
セイギはシードルの群れを倒して安堵しそうになる自分に更なる鞭を打った。
敵の本元は悪の王であり、シードルを倒しただけでは戦いは終わらないとセイギは知っている。
『2月15日の17時、空が割れ、世界に破滅をもたらす王が現れる』
悪の王は紅の穴から現れる。
セイギはシードルと戦っている間も紅の穴を見失いはしなかった。
現在、紅の穴はセイギから見て右下方にある。
セイギは首を傾け、紅の穴を見下ろした――空を割るとは何なのか、紅の穴は下から見ても上から見ても、大きさも形も変わらず、距離は全く掴めない。しかし、何処かで割れている事は確かであり、シードルをバグらせようと上昇している内に今では見下ろせる形になっていた。
「!!!」
紅の穴に視線を移した瞬間、セイギは目を見張った。
「なんだアレはボズ!!」
驚いたのはボッズーも同じくだ。
何故ならば、セイギとボッズーが紅の穴に視線を移した直後、紅の穴からは不思議な存在が現れたからだ。それは――
「アレは……蕾? ……薔薇の蕾か?」
――薔薇の蕾だ。
新たに現れた存在は、似ているとするよりも完全に薔薇の蕾の形をしていた。
大きさは紅の穴とほぼ同じ。
紅の穴と比較すると蛍や花の種に思えたシードルよりも明らかに巨大であり、色は白く、淀み一つもない。
薔薇の蕾を見付けて、セイギは思った。
「何だよアレ……禍々しい……」
巨大な白い蕾は、その形や色だけを取れば『美しい』とも謂えるが、セイギは吐き気をもよおす程の嫌悪感を抱いた。
蕾は悪の王が現れるという紅の穴から出現したのだから、セイギが抱いた嫌悪感の理由は蕾を敵と理解しているからか。否、違う、本能である。人間としての本能が、眼前の蕾がこの世に出現させてはならない悪魔の産物だと教えてくれているのだ――だから、セイギは止まらない。逃げようとはしない。
「ボッズー!」
「あぁ、分かってるボズよ」
ボッズーも同じく、彼も止まらない。世界を守る為にやらねばならぬ事を分かっている。
「行くボズよ!」
「頼む!!」
ボッズーは再び翼をビュビューンモードに変形させた。セイギは大剣を構え、二人は蕾に向かって下降を始める。が、二人が下降に転じたとほぼ同時――
「あっ……!!!」
――蕾が咲き始めた。
花弁が一枚、一枚、ゆっくりと捲られる。
……としても本物の薔薇と比べれば早い。動画を早回しする様に瞬く間に咲いていく。
そして、満開になった時に現れた物に二人は驚愕する。
「ボッズー! アレって!!」
「城……かボズ?!」
そう、蕾が開くと、花弁の中央には城があった。雄しべと雌しべの代わりに巨大な城だ。鋭く尖った幾つもの屋根が塔の様に並び立つ純白の城がそこにはあった。
「薔薇かと思ったら城かよ!」
「くそぉ、"ゾワゾワ"が来ないぞボッズー! こんな時こそ欲しいのに、肝心な時には何も思い出さない頭だなボッズー!!」
ボッズーは突然の城に"ゾワゾワ"を、自分の頭の中に眠る《王に選ばれし民》の知識を求めた。しかし、何も思い出せない。
「いや、ゾワゾワが無くても大丈夫だぜ! 敵は悪の王だ、王って事は城に住んでんだろ。あそこに居るんだよ、王が、王が率いる《王に選ばれし民》が! 俺はあそこに乗り込む!!」
「む~ん……そうだな、行くしかないよなボッズー!!」
「そうだぜ! 悪の王をぶっ倒しに行くぞ!!」
「ほいやっさぁ!!!」
《王に選ばれし民》の巣窟と思われる城を見てもセイギとボッズーの士気は下がらなかった。二人は下降を続行する。
「ん?!」
「何だボズ!!」
だが、城との距離を縮めている最中、再び二人を驚かせる現象が起こった。
鋭く尖った屋根の一つから煙が上がったのだ。
「何だアレは?! おい、こっちに来るぞ!!」
下降を続ける二人の眼前を『ヒュゥ~~~……』と音を立てて、灰色の煙が通り過ぎる。
「なんだボズ?!」
頭上に上がった煙をセイギとボッズーが目で追うと、
ドカーーンッ!!パラパラ……パラパラ……
煙は爆発し、突然、二人の頭上で花火が咲いた。
「えっ… はな……び??」
灰色の煙は火のついた火薬だったのか、真昼の空に打ち上げ花火が上がった。
― 何だよ……これ……?
セイギは思った。
花火自体もそうだが、それと共にその色に。
花火といえば色とりどりのきらびやな物だが、眼前の花火は色を持っていなかったからだ。花火の色は白い。モノクロで描かれた様な色の無い花火だった。
「……」
セイギとボッズーは下降を止め、体を翻した。二人は唖然とした表情で白い花火を見詰める。
花火は幾度も咲く、消えることなく幾度も。一つの花火玉でこんなに何発もの花火が咲くものなのだろうか。『まるで手品を見ているみたいだ』とセイギもボッズーも思った。
しかし、そんな疑問を持つも束の間。
突然、『ポンっ!』……と弾けるような音を花火は立てた。
「今度はなんだ!」
セイギが眉間に皺を寄せると、花火は雲に似た厚い煙へと変わった。
厚い白い煙は揺蕩いながら天へと向かい、すぐに消えた。するとその跡地に、それこそ正に手品だった。巨大な緞帳が現れたのだ。緞帳もまたモノクロ。緞帳が持つ色は白と黒だけ。
そして、緞帳の奥から……
「パンパカパーン♪ パンパンパン♪ パンパカパーン♪」
場違いな程に陽気な声が聞こえてきた。
「えっ?!」
「なんだボズ??」
セイギとボッズーの疑問に答える様に、緞帳はゆっくりと開いていく。
緞帳の奥には古びたスクリーンがあった。
ジーーッ……ジーーッ……
と、何処かで映写機の回る音もする。
「アッアー! 只今マイクのテスト中。只今マイクのテスト中」
スクリーンからは不愉快にガラついた甲高い声が古いスピーカーを通したような雑味のある音で聞こえてきた。と同時に、炙り出しの絵の様にスクリーンには映像が映し出される。
映るのは白黒の映像。映像の中の明るさのせいか、それとも真昼の明るさのせいか、白飛びと黒潰れが酷くとても見難い。
「な……何だよこれ……」
セイギは『何が映るのか見逃してはならない』と、目を細めてスクリーンを睨んだ。
「え……アナ、ウンサー?」
ぼやけた映像に映った者、それは黒縁眼鏡をかけて髪を七三に分けたスーツ姿の男だった。
七三の男は机を前にして座っているのか、胸から下を見せずに机の上で指を組み合わせている。
組み合わせた手の前にはマイクも見える。
男はマイクに向かってこう言った。
「こんにちは。ニュースの時間です」




