第3話 空が割れた日 5 ―魂の旅―
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時は少し遡る――
光と轟音が輝ヶ丘を襲っている最中、赤井正義は不思議な世界にいた。
それは、真っ白な世界、白だけの世界、白しかない世界……
「な……なんだよこれ!! ボッズー!! 希望!! どこだッ!!」
正義は叫び、辺りを見回した。
しかし、その世界には他には誰もいなかった。
正義しかいなかった……
時は更に遡る、14時12分、一度目の光と轟音が輝ヶ丘を襲った瞬間に――
「まさかこの音はっ!!」
赤井正義は轟音を聞いた瞬間に輝ヶ丘の大木の下から出て空を見上げた。
「嘘だろ! なんでだよ17時じゃねぇのかよ……まだ時間には早いだろ!!」
正義の目は捉えた、空に走る蜘蛛の巣状の光の筋を。
「うわっ!!」
直後、光の筋は激しく瞬き、正義を照らした。
光を浴びた正義は、咄嗟に顔を伏せて屈み込む。
両腕で顔を隠すと僅かに眩さからは逃れられたが、この時、正義は不思議な感覚に襲われた。
「え? な……なんだ!!!」
激しい風が足の先から脳天までを一気に吹き上げて、魂と肉体が切り離されそうになる――そんな感覚に。
「なっ!! クッ……クソッ!! 体が……体がぁ……重い!!」
それだけではない。
正義の四肢は重たくなり、動かなくなってしまう。まるで重力という逆らえない存在に押さえ付けられているかの様に。
「あ……あぁッッ!!」
魂ごと吹き飛ばされる程の激しい風を受ける感覚と、体の自由を無くす程の強い重力を受ける感覚、二つが同時に正義を襲う。
「うっ………く……うッ! うわぁぁッッ!!!」
正義は襲い来る二つの感覚を振り払おうと全身に力を込めた。
「うわぁぁ! うっ………うごぉ……けぇぇぇぇ!!!」
交差した両腕に全力を集中させると、右手の人差し指がピクリと動いた。
「もっとだぁ……!!!!」
更に中指、薬指と動き出す。
「もっと! もっとぉぉぉ!!!!」
右手の全ての指が動いた。同時に左手の指も。
正義は確信した。
― 行けるッ!!!
「どりゃぁぁぁぁぁ!!!」
爆発的に叫び上げながら正義は両腕を開いた。
すると、途端に体が軽くなる。
「はぁ……はぁ……」
自由を取り戻した正義がゆっくりと瞼を開いた時、
「えっ!! な……なんだよこれ!! 」
そこは輝ヶ丘ではなかった。
「ボッズー!! 希望!! どこだ……おいッ!」
正義は叫び、辺りを見回した。
しかし、そこには何も無かった。ボッズーも希望も、大木も、草原も、何もかもが無かった。正義の目に映る物のは、純白の世界。
「どこだここ……何が起こったんだよ! 何なんだよ……」
正義の声が、平坦で広大な世界に木霊する。
正義は髪の毛を掻き回しながら考えた。
「もしかして、『世界の破滅』ってこういう事なのか……それじゃあ、まさか― ― 」
「安心して下さい」
「えっ!」
突然、声が聞こえた。辺りには誰もいない筈なのに。
「――貴方の仲間も、町も大丈夫。無事ですよ。私が貴方をこの世界に転送させただけですから」
聞こえてきた声はまだ声変わりもしていない子供の声に聞こえた。
「だ……誰だ? 『転送』ってなんだ! 俺はこんな所に居るわけにはいかないんだ! 帰してくれ!!」
正義は声の主を探して辺りを見回す。
だが、誰も居ないには変わりない。
声だけが聞こえてくる。
「大丈夫、慌てないで、私は貴方と少し話しがしたいだけなのです。"ガキセイギである貴方"と……」
「え……!」
今の言葉に正義の眉がピクリと動く。
「ガキセイギって、何故それを!」
正義は驚いた。
『何故、俺の秘密を知ってるんだ?』と。だが、それと同時に『この声の主は敵ではないかも』とも思っていた。慰める様に話す口調はとても穏やかで、優しく心地の良い物だったからだ。そして声を聞いている内に、正義が感じた疑問はもう一つ、それは『もしかして、この声の主は子供じゃないのかも?』という疑問だ。正義は思った。『声の質は確かに子供みたいだけど、ゆったりと話す口調はとても大人びている。老人にだって思える』と。
だから正義は再び頭に手を伸ばす。
「なぁ……君は誰なんだ? どうして俺の秘密を知ってんだ? それに何処にいるんだ? 姿を現してくれ!」
正義は呼び掛けた。しかし、再び不思議な言葉が返ってくる。
「姿を……ですか。残念ですが、それは無理。私の体は、もう何処にも存在しないのですから」
「え? 存在……しない?」
「そうです。今の私は"声という形"でしか貴方と会えない」
正義は訳が分からず、五本の指で頭をガリガリと掻きむしった。
すると突然、声が笑った。
「……その癖、昔と変わりませんね」
「え……?」
正義の指は止まった。
「昔って……俺達、会った事があるのか?」
「えぇ、大分昔の出来事ですけど」
懐かしそうな口調で声は言った。
「む……昔か。いつ? 何処で?」
正義は心当たりを探すが、分からない。
「声だけでは分かりませんか。では、これならどうでしょう。瞼を閉じてみて」
「瞼を?」
「えぇ、この体験をすれば思い出してもらえる筈」
「体験? な、なんだか、よく分からないけど……」
正義は戸惑いつつも、声の言う通りにしてみる事にした。すると、不思議な事がまた起こった。
――――――――
「おいッ! 正義ッ!! 寝てる場合か!! 空が割れてしまうぞ!! 起きるんだボッズー!!!」
「正義さん!! 起きて! どうしたの!! 起きてッ!!」
――――――――
「うわっ!!!」
瞼を閉じた瞬間、正義の脳に猛烈な勢いで映像が流れ込んできた。
その流れ込んでくる感覚は、この世界に来る前に襲ってきた魂が抜ける様な感覚にも似ていた。
だが、正義が叫んだ理由は流れ込んできた感覚よりも、流れ込んできた映像の方にあった。映像の中ではボッズーと希望が正義の体を揺さぶっていたが、二人に触られる感触を実際に感じたのだ。しかも体に当たる草の感触や高台に吹く風の匂いも感じた。
そんな映像に『一瞬でこの世界から輝ヶ丘に帰ったみたいだ』と思い、正義は驚いたのだ――そして驚いた正義はすぐ瞼を開いてしまった。
「び……びっくりしたぁ。な、なんだ今の!!」
「今のは、貴方の魂を一度肉体に戻したのです。言ったでしょう。私は貴方をこちらの世界に転送させていると。これは魂の旅」
「た、魂の旅? んっ……それって!」
この言葉、正義は心当たりがあった。
「そう。私は貴方に会いたいと願いました。その願いは貴方の魂をこちらの世界に転送させるという形で叶いました。以前にもこういう体験を貴方はしましたよね? いえ、以前よりも今日の方が苦痛だったかも知れません……申し訳ない。以前は私が貴方達の所へ行き、私の魂を介して旅をしましたが、今回は貴方を私の場所へ呼んでしまった、そのせいですね」
「その話って……」
この時、正義は過去に経験した強烈な体験を思い出していた。その体験をさせてくれたある人物の事も。
否、体験も人物も、思い出そうとしなくても思い出せた。何故ならば、その記憶はいつも正義の頭の中にあったから。
それは今から六年前の記憶。
突然の雨に降られ、輝ヶ丘の大木の下へ駆け込んだ正義や友達は、不思議な男の子と出会ったのだ。その子は正義達に言った。
『君達に世界を救ってもらいたいんだ』
……と。
― そして、俺達は手を繋いで目を瞑った。それで知ったんだ。"今日"起きる出来事を……
『私を信じて。今からみんなで私と手を繋いで目を瞑って下さい。……魂の旅をしましょう』
「へへっ……そうか、魂の旅! なるほど、キミか!」
正義の中でやっと過去と現在が一致した。
聞こえる声はあの日に出会った男の子だと分かった。
「思い出してくれましたか? 声だけでは難しかったですよね」
「いやぁ、うん。そうだな、キミがまさか声変わりしてないとは思わなかった!」
「声変わり?」
「うん。だって、あれから何年経ったよ? それなのに全然声変わりしてないじゃん? あの時、キミは俺達と同い年くらいだったよね? だからどうしてもピンと来なくて」
「確かに……でも気にしないで。私は歳を重ねる事は無いのです。私にはもう年齢という概念は無いのですから」
「え? そうなの?」
不思議な回答だった。しかし、正義はもう戸惑わない。逆に笑顔を浮かべたくらいだ。
不思議な子は出会った時から不思議だったのだから『不思議な事が普通だ!』と正義は思ったのだ。
「そうなのです。私は、貴方達の常識とはかけ離れた場所へ来てしまっているから」
「そっかぁ、へへっ! まぁそうだよな、キミは昔から不思議だったもんな! へへっ、不老不死じゃん! ヤバイじゃん! でも、すぐに気付かなくてごめんな、まさか歳を取らないとは思わなくってさ! 久し振り、元気してた?」
「『元気してた?』ですか。まるで友達みたいに話してくれるのですね」
「え? だって俺達は友達だろ?」
「友達……私が?」
「そうだよ! あれ? 覚えてない? 俺達さ、雨ん中で鬼ごっこしたじゃん!」
正義は腕を振って走る真似をした。
「ありましたね。そうですか……私を友達と呼んでくれますか」
「あぁ、勿論! でもさ、俺達って馬鹿だよな! 雨宿りしに大木の下に来たのに、気付いたら鬼ごっこしててさ!」
「そうでしたね。あれは貴方が誘ってくれましたね。嬉しかったですよ……」
「へへっ! だってキミが寂しそうな顔してたじゃん? こっちは五人もいるんだ、誘わない理由はないよ! でも、その後が驚いたぜ! キミが未来から来たんだって知ってさ! へへっ、でも懐かしいなぁ~~! あっ、今度さ、勇気達も呼んで皆でダベろうぜ!」
「皆で……そうですね、"そうなる未来"を私も夢見ています。しかし――」
「ん? しかし? なんだ?」
顔が見えなくても微笑んでいると明白だった正義の旧友の声は『しかし』と言うと、途端に暗くなった。
そして、深刻な口調で旧友は言った。
「――時間です。この話を、貴方に話しにきたのです。私が知っている未来では空が割れる時間は17時でした。しかし……もう空は割れようとしています。このままでは《王に選ばれし民》が現れてしまう可能性が高いのです」
「《王に選ばれし民》、それって敵の名前だったよな?」
「そうです……強大な存在です。悪の王が率いる悪魔の集団です。奴等を貴方達の世界に出現させてはなりません。もし許してしまえば、世界が滅びてしまう。出現を防ぐ為に、今すぐ貴方たち五人は力を合わせなければなりません。しかし、時間はまだ14時、他の四人の方々はまだ現れていませんよね……これでは間に合わない」
「『空が割れる兆候が現れた時に俺達五人の力を合わせろ』って、六年前にキミは俺達に言ったもんな。でも、何でこんなに早いんだ? キミ、間違えちまったのか?」
「いえ、間違えてはいません。でも可能性として、私が貴方達に未来を教えてしまったから"今日"が変わってしまったのかも……」
「今日が変わった? 歴史が変わっちまったってヤツか?」
「えぇ、そうです。私が過去に干渉してしまったから。私のせいです。世界の滅びを変えようと思ったのに、これでは……」
正義の旧友は、暗く沈んだ声で答えた。
「へへっ!」
しかし、正義は笑った。
「え? 何故、笑うのです?」
「いやぁ、だってさ、キミは世界を救おうと思ったんだろ? だったらそんな暗い感じになるなよ!」
「ですが、このままでは世界の滅びは変わらずに人類は――」
「変わるよ! この世界は滅びない!!」
正義は言い切った。そして、左腕につけた腕時計を掲げる。
「キミが俺達にコレをくれたじゃねぇか! その時点で未来は変わってる! この腕時計は悪い奴等と戦う力を与えてくれる物なんだろ? だったらこの力を使ってやってやる!! これまで頑張ってきて防げないってのは悔しいには悔しいけど、だったら防げないんならブッ倒す!! 《王に選ばれし民》が、悪の王がなんだ!! 全員ブッ倒してやる!!」
「でも、それは奴等の出現を防ぐ為の力であり、現れてしまった《王に選ばれし民》に対抗出来るものとは……通用しても、奴等が人間や動物を使って生み出す"バケモノ"くらいかと。それ以上の存在、ましてや王になど通用するものでは……」
「現れた後と前だとそんなに違うのか? この腕時計から与えられる力は物凄い力だぜ! 俺は力を使ってずっと修行してきた、そんじゃそこらのヤツになんか負けないつもりだ!!」
「ですが、違うのです……現れてしまった後では手遅れになってしまう」
正義の旧友は断言した。
「でも、もう時間がありません。なす術も無い……私は何て事を」
……が、正義は意思を変えなかった。
「手遅れになるかどうかは俺が決めるよ。キミは俺達に未来を教えて、英雄に選んでくれた。だったら次に頑張るのは俺達の番だぜ!!」
正義は口を大きく開き、ニカッと笑った。
「逃げる術だってないんだろ? それに、今更自分達が滅ぼされるのを指を咥えて見てるなんて無理だ! 現れるってんなら戦うしか道は無ぇ! 敵は強大、上等じゃねぇか!! 俺は勝てる相手だから戦うんじゃない、勝たなきゃいけない相手だから戦うんだ!! キミがくれた英雄の力を、無い知恵絞って使い切って、どんな強敵にも勝ってやるぜ!! なぁ、俺を信じろ!!!!!」




