第3話 空が割れた日 1 ―終焉の鐘は誰が鳴らしたのか―
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2月15日、14時12分、目映い光が瞬き、耳をつんざく轟音が鳴り響いた――輝ヶ丘の住民は、始めはそれを嵐の前触れかと思った。
しかし、そうではないとすぐに分かった。何故ならば目映い光は雷よりも激しく、町全体を、空全体を、白一色に染めたからだ。
そして、鳴り響いた轟音はとても禍々しく、どこか底冷えのする音色だった。誰かが言った。『これは、死に直面した人間の叫び声に似ている……』と。
―――――
桃井愛は、轟音と光を校舎の一階に足を踏み下ろした瞬間に聞き、そして浴びた。
「え……これって?」
愛はすぐに気が付いた。この光が、轟音が、何を意味するのかを。
それは勇気も同じくであった――
彼は、愛と待ち合わせをしていた裏庭で轟音を聞き、光を浴びた。
「なに……!! この光は……この音は……!!」
そして勇気も気付く。光と轟音の意味を。
しかし、光は一瞬の瞬きの後に消え、轟音も耳の底に残響を残して、すぐに消えた。
「消えた……のか?」
光と轟音が消えると、勇気は辺りを見回す。
「桃井!!」
勇気は校舎の中に愛の姿を見付けた。
愛は、唖然とした表情で立ち尽くしている。
「桃井、おい! 大丈夫か!!」
「勇気くん……」
勇気が窓から校舎の中へ戻ると、愛は首だけを動かして勇気を見た。
彼女の顔は驚愕に染まっている。勇気が開いた窓から、校舎内に冷気が入り込んでいるにもかかわらず額からは大粒の汗が流れている。
「ねぇ……勇気くん……これって?」
窓の外を見詰めたまま、愛は勇気に問い掛けた。
この質問は『いったいこれは何? 何が起こったの?』こんな何もかも理解出来ずに投げ掛けた質問ではない。何が起こったかを理解している者同士だからこそ"言葉足らずで投げ掛けられる質問"だった。
「あぁ、どうやらそうみたいだな……」
愛の質問の意味を理解した勇気は、小さく頷き、彼もまた窓の外を見た。
轟音が鳴り止んだ今、勇気の目に映る景色はいつもと何も変わらぬもの。日常と同じだった。裏庭の花壇に咲く色とりどりの花たちが風にそよがれて揺れている。
「早いよね……?」
「あぁ……」
愛が再び問い掛けると勇気は唇を噛んだ。声はくぐもり、血がふき出る。
驚愕のせいで、噛み締める力の加減は忘れてしまっていた。
「早過ぎる、あまりにも……しかし何故だ、"2月15日の17時"、その筈だろ……」
唇から血がふき出ても勇気は痛みに気が付かない。
この時、勇気の心臓の鼓動は高鳴り始めていた。まるでハンマーで叩かれる様な激しい鼓動が胸を打ち、鼓動の速さは脈打つ度に上がっていく。
この時だ………
再び光が瞬き、二回目の轟音が鳴り響いたのは。
「あっ!!」
「うわっ!!」
校舎に入り込んだ目映い光が二人の目を眩ませた。
「桃井、伏せろ!!」
「勇気くん!!」
二人は咄嗟に屈み込み、両手で顔を隠す。
轟音に混じって、ガガガガガッ……と窓が揺れる音が聞こえる。
「ク……クソッ……!!!」
勇気は歯を食いしばった。食いしばって戦った。何と戦うか、それは全身の震えだ。しかし、大地が震えている訳ではない。起きているのは鳴り響く轟音と目映い光だけ。では何故勇気は震えているのか、その理由は物理的なものではない。彼の心の中に眠る感情のせいだった。
― な……何故、俺は震えている!! ま……まさか……俺が!! まさか……!!
勇気は己を震えさせる感情に気付くも、だが認めたくはなかった。
― 嘘だ……嘘だ!! 俺が……そんな……!!
否定したいが、体の震えが教えている、
― 嘘だ……嘘だ!! 俺が……英雄に選ばれた俺が!!!
『お前は恐怖に震えているのだ』と。
「うわぁぁぁぁ!!!!」
勇気は勝てなかった。震え続けた体はバランスを崩し、冷たい床の上に倒れてしまう。
「ク……クソッ……!!!」
勝てなくとも、勇気は諦めようとはしない。再び立ち上がろうと窓枠に手を伸ばす。
「あぁッ!!」
……が、震えのせいで窓枠を掴んだ手が滑っていく。
― 俺の体だ……何故、俺の自由にならない!! 震えるな……震えるなぁぁぁあ
「あ……あぁぁぁぁッッッ!!!」
勇気は抗った。震え続ける体と、自由を奪おうとする負の感情と。
勇気は目を開き、もう一度窓枠に手を伸ばす。しかし、目映い光が目に刺さる。
「う……うぅぅぅ……な……何なんだ!!」
その光の中に、勇気は見た。
「何なんだ……何だ、お前は!!」
それは、煙の様に浮遊する"闇の塊"。
「お……お前は、まさか……まさか!!!」
勇気はソレが何かすぐに理解出来た。己の事だから分かるのだ。ソレは"恐怖"そのものであると。
― 恐怖の化身……なのか? いや、ま……まさか……そんな!! 俺は英雄だぞ、俺は世界を救うために選ばれた英雄なんだ……なのに、何故、お前みたいな奴が!! 俺に……俺に取り憑くんだ!!
「邪魔をするな!! 俺の邪魔をするなぁ!!!」
勇気は拳をつくり"恐怖"に向かって勢い良く振った。
「勇気くん!!」
愛が、叫び続ける勇気の名を呼んだ。瞼を閉じる愛には勇気に何が起こっているのか分からない。いや、瞼を開いていたとしても分からなかったろう。何故ならば、愛には見えないからだ。勇気が戦う"恐怖"が――"闇の塊"が――愛の瞳に映る事はないのだから。
「うわぁぁぁ!!!」
勇気の拳は空を切った。
人間が実体を持たない"恐怖"に触れられる事など出来ない。
「来るな!! 来るな!!! ……えっ?」
触れられはしない。しないが、立ち向かう事は出来るのかもしれない。
勇気の拳が空を切った直後、煙の様に浮遊していた"恐怖"はそれこそ煙の様に分散して消えていったのだから。
それはまるで、幻だったかの様に。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
勇気の"恐怖"が消えると同時、ニ度目の轟音も鳴り止んだ。目映い光も共に消えた。
そして勇気の胸を打つ激しい鼓動も、体の震えも消えていた。




