第2話 絶望を希望に変えろ!! 7 ―"バケモノ"みたいな男―
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扉を開くと少年は目に入った光景に驚いた。
天井から差し込むスポットライトが一つから二つに増えていたからだ。
二つ目に空いた天井の穴は、少年が連れ込まれた部屋の近くに空いていた。
少年はその二つ目を見上げながらボソリと呟く。
「やっぱり、アイツがまた穴を空けたみたいだな」
「アイツ?」
男の子は首を傾げた。
「あぁ、俺の友達だよ。さっきちょっと話したろ?」
「とも……だち……?」
男の子は不思議そうな顔をして天井の穴を見上げた。それはそうだろう『天井の穴を空けたのは友達』と言われても『どうやって? どんな友達?』と思うのが普通だろう。
「あぁ、そうだぜ。スゲー奴なんだ、でも何処に行っちまったんだ?」
少年は辺りを見回しながら二つ目の穴の下まで移動する。すると、
「ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ!」
騒がしい声と共に二つ目の穴の外からタマゴが現れた。そして、
「あっ!!! 良かったぁぁぁ!!!! 助かったんだボッズーねぇぇぇぇぇ!!!」
少年と男の子の姿を確認すると、更に騒がしい声を轟かせて少年達に向かって飛んできた。
「うわっとと、どうしたんだよ、そんなに慌てて」
少年は聞く、その胸に抱かれた男の子はポカーンと口を開けている。タマゴは不思議な生き物だ、そんな彼に驚いているのだ。
「慌てるよぉ~~! あ、アイツは? リーダー格の男は?? 」
タマゴは男の子に驚かれていると気付かぬまま少年に聞いてくるが、少年が答える前に何故だか嘆いた。
「あぁ~~~違うボズ! 違うボズぅ! 『リーダー格の男は??』じゃないボズぅぅ!!! 本当にごめんだボッズぅぅぅぅ! お前達を危険にさせたのは、俺のせいだボッズぅぅぅー! !!」
「お……おい!! ちょっと待て、落ち着けって! 何がお前のせい何だよ?」」
嘆き叫ぶタマゴに少年は訳が分からない。困った顔をして聞き返す。
聞かれたタマゴは「うぅぅぅ!!」と呻き、呻き終わるとやっと訳を話し出した。
「チョウと兄貴の二人を俺が相手するって言ったくせに、失敗してしまった事だボッズぅぅ! お前の所へ行かせてしまったぁ! 謝っても謝り切れないボズぅ……俺はお前に過信するなとか大それた事を言ったけど、結局俺も未熟者だったボズぅ! 頭で分かっていても、どこか相手を甘くみてしまっていたんだボズねぇ……馬鹿ボズ! 馬鹿ボズ! ごめんボズぅぅぅ!!!」
タマゴは早口で捲し立て、言い終わると少年に向かって頭を下げた。
「そ、そうなのか? で、でも謝んなって! 俺はお前の『絶対に自分を過信するな』って言葉でちょっとは成長したって思えてんだからさ! 謝られると調子が狂っちまうぜ!」
と少年が励ましてもタマゴの表情は晴れないまま。
「ううん! 反省しかないボズよ! 俺はアイツの……あの兄貴って奴の、心の中の"悪"があんなにも強かったなんて思っていなかったボズよぉ! 甘くみていたボズ! もっと慎重に、人間じゃなくて"バケモノ"の相手をする時みたいに考えるべきだったボズぅ!!」
「お、おい……"バケモノ"って、それっていつもお前が俺に話してるヤツの事か?」
タマゴはコクリと頷いた。
「そうボズ! 悪に心を乗っ取られ、人間である事を捨てたバケモノだボズ!」
「バケ……モノ? 何それ?」
二人の話を聞いていた男の子が呟いた。顔には疑問符を浮かべている。男の子にはタマゴが言う"バケモノ"という言葉が『獣の如く』や『幽霊みたいに』という様な比喩表現には聞こえなかったからだ。男の子には、タマゴも少年もバケモノという存在を確かに知っていて、その知っている"何か"について話していると思えた――だが、タマゴを相手にする少年は男の子が疑問符を浮かべている事に気が付かなかった。
「リーダー格の男は自分の為なら他人の命を奪っても良いと思っていたボズ……それが、仲間の命だってボズ! その考えはまさに"バケモノ"だボズ!!」
このタマゴの言葉に、少年の眉がピクリと動いた。
「まさか……アイツ、チョウを?」
少年の問いにタマゴは再び頷く。
「殺そうとしたボズよ……アイツは部屋から出て来て、俺を見付けると素早く事態を把握したんだボズね。懐から銃を取り出して撃ったんだ! でもそれは俺に向かってじゃなかったボズ! チョウに向かってだったんだボズ! アイツは言ってたよ『お前は何度俺の邪魔をすれば気が済むんだ!』って……」
話を聞いているうちに少年の表情は曇り始めた。
「じゃあ、チョウは? チョウはどうなったんだよ?」
「大丈夫ボズ。撃たれる前に俺が助けたボズよ………俺はアイツが銃を撃ってくると、またチョウと一緒に飛んだボズ。でも、アイツも俺達を追い掛けて来て――」
ここまで話すとタマゴは天井近くを見上げた。
少年と男の子もそれに合わせて視線を上げる。
「――あそこに見える梁の近くまで来た時だボズね。俺はあそこの梁の上に気絶してたボンを置いていたんだけど、俺が近くに来たら、いつの間にか目を覚ましていたボンが俺に向かって跳んだボズ!」
タマゴの目はその時感じた驚きを再現するかの様にカッと開かれた。
「でも、ボンの場合は兄貴とは違ってチョウを助けようとしたんだボッズー。悪党なりの仲間意識がボンにはあったんだボズね。『コノヤローッ! チョウを離せッ!』ってボンは叫んだんだボズ。でも、ボンの跳躍力じゃ飛んでる俺に届く事は出来なくて地面に落ちてったボズ」
タマゴの視線は一気に下がって、今度は地面を見た。
その動きに合わせて少年も視線を移す。
「!!」
少年の目に血溜まりが映った。
「足を挫いたボンはその場に倒れて、兄貴に助けを求めたんだボズ。でも、アイツはそれに応えるどころか……ボンに向かって発砲したんだボズ。そして、ボンの肩に弾が当たって……」
「うっ……」
男の子が小さな悲鳴をあげた。ボンが撃たれた光景を想像してしまったのだ。
「……んで、ボンはどうなった」
少年は驚愕しながらも表情は変えなかった。ただ地面の血溜まりを睨み続けている。
「それから俺は急いでボンを拾い上げて――」
タマゴは二つ目に空いた穴を見上げた。
「天井から二人を連れて逃げたボズ。片手で一人ずつ持つのはちょっとキツかったけど、そんな事も言ってられないボズ。急いでボンを病院に連れていかなくちゃ、ボンの命がどうなるか分からなかったからボッズーね」
「それで? 病院には?」
「連れていけたボズよ。この町にはデッカイ病院があるみたいだボッズーね。空に上がったらすぐに見付かったボズ。俺の姿を見られたらマズイから病院の入り口に二人を置いて、俺はすぐにこっちに戻ってきたけどなボッズー。因みにチョウの奴も精神的に限界が来たんだろうボズ。俺と飛んでるいる内に気絶してしまったボズ。でも、今頃二人は治療を受けられている筈だボッズーよ」
「そうか……なら良かった」
少年は安堵し表情を和らげた。やっと血溜まりからも視線を外した。が、タマゴの表情は晴れないまま。
「……でも、本当にごめんボズ。俺の甘い考えのせいで二人を危険にしちまったボッズー」
「いや、まさか仲間を殺そうとするなんて、そんなの想像出来ねぇよ。あの野郎はマジで異常だ。お前がバケモノ級だって言うのも分かったよ。絶対このまま野放しにしちゃダメだ! 今すぐ警察に電話しよう!」
少年は男の子の体から一瞬だけ右手を離し、ジーンズの右ポケットからスマホを取り出した。それから男の子に向かって「へへっ!」と笑いかける。
少年に笑顔を向けられると、男の子も少年を真似て「へへっ!」と笑った。
男の子は何故少年が笑いかけたのか、その理由をすぐに理解したからだ。
「もう大丈夫! 僕、自分で歩けるから下して良いよ!」
少年はタマゴの話を聞いている間も男の子を両手で抱えたままだった。十歳前後の男の子を抱えるには両手でないと重過ぎる。だが、電話を掛けるには片手は空けなければならない。だから少年は『もう下ろしても大丈夫か?』の意味を込めて男の子に笑いかけたのだ。
男の子から『もう大丈夫』と許可を貰った少年は、再度「へへっ!」と笑い、「そっか! んじゃ、下ろすぜぇ!」と男の子を地面に下ろした。
「んじゃあ……電話をかけますかねぇ~~! 110番、ひゃくとぉーばんっ……と!!」
タマゴと男の子が見守るなか、少年は警察に通報しようとスマホを構えた。
その時――
「!!!」
銃声が工場内に響いた。