第2話 絶望を希望に変えろ!! 5 ―絶望を希望に変えろ!!―
5
ドゴンッ!!!!
― 何だ? 爆弾ッ?!
少年は音が聞こえた方向を見た。
― 違う……隕石………か?
工場の屋根には大きな穴が空いていた。そこからスポットライトかの様に光が差し込んでくる。その光が落ちる先を見ると「あっ!」と少年は驚く……見慣れた顔、タマゴが居たからだ。タマゴは手足を振り回しながら泣き叫ぶチョウをぶら下げて、スポットライトの中に浮いていた。
「痛ぇ~! 痛ぇよぉ!!」
「ほらほら、泣くなって! 男だろボッズー!」
「うるせぇよぉ! ふざけんなお前! なんて事しやがんだぁ~~! 腕が! 腕が折れてるよぉ~痛ってぇよ~~!」
「いやぁ、腕が折れてたらそんな振り回せないだろボズ! ほらほら、もっと叫べ! 兄貴を呼ぶんだボッズー! 兄貴、助けてくれぇ~て!」
― なるほどな……大騒ぎってこういう事か
少年が声にせずに呟くと、タマゴに煽られたチョウが涙で汚れた顔をブルブルと震わせて叫んだ。
「うぉぉぉ~~あ!! もうヤダよぉ! 兄貴ぃ助けてくれぇ~~~!!!」
チョウの叫びは工場内に響いていく。
それは拡声器でも使ったかの様で十mは離れている少年の耳にもハッキリと聞こえた。
その時、
ガチャ……
ドアノブが回る音が聞こえた。
少年は息を潜める。天井の穴から差し込むスポットライトで工場の暗闇には白が混ざってしまった。部屋から出てきたリーダー格の男が少年がいる方向に顔を向ければ、少年の存在に気付いてしまうかもしれない。
だが、その心配は無用だった。
部屋から飛び出してきたリーダー格の男は天井の穴、そしてそこから差し込む光、そして何よりもタマゴの存在に驚いて、すぐそばに潜む少年に気付く暇も無かったのだから。
「な……なんだ……」
リーダー格の男は一瞬戸惑いを見せた。が、すぐに――
「なんだテメェーは!!!」
――怒号をあげてタマゴに向かって走り出した。
少年はリーダー格の男が走っていくと全開にされた扉が閉まる前にドアノブを掴んだ。
「頼んだぞ……」
チラリと後ろを振り向いて、騒ぎ続けるタマゴを見る。
少年は自分が入れるだけの隙間を開けて部屋の中へと侵入した。
―――――
部屋の中に入るとカビくさい臭いが漂っていた。
明かりは点いている。入口から見て右側にリーダー格の男が居た場所があるのだろう、そちらから弱々しくはあるが暖色系の明かりが入口の前までを照らしている。
入口のすぐ目の前は玄関の様になっていた。左側には木製の古びた下駄箱が置いてある。
明かりが灯っている方は入口のすぐ脇の壁がせり出ていて玄関を上がらないと見ることが出来ない。正面の壁には掲示板がある。黄ばんだ色が年数を感じさせる手書きの注意書きが数枚、その内の一枚に『休憩室には靴を脱いで上がること!!』と書かれていた。
どうやらこの部屋は工場の稼働時には休憩室として使われていたらしい――少年は注意書きを無視してそのまま玄関を上がった。
そして、明かりの灯る方を覗き込んだ。
扉は無く、すぐに全体を見渡す事が出来た。
そこは少年がいる位置から縦に長く、長方形の形をしている。
天井の中央には電球が一つぶら下がっている。その電球の下には長テーブルとそれを囲むようにパイプ椅子が六脚並び、椅子と壁までの距離は大人が一人通れるくらいで、そう広くはない。
テーブルの左奥には食べかけのカップ麺が一つあった。そのカップ麺が視界に入った瞬間に少年の鼻を香ばしい匂いがくすぐった。状況に似合わず腹の虫が鳴き出しそうになるのを腹を擦って静めながら、少年は"休憩室"の中に足を踏み入れた。
古い木床が軋む。
「あっちか……」と少年はタマゴが送ってきた写真を思い出しながら呟く。
少年が見るのは部屋の右奥。捕まった子供が居る筈の方向だ。だが、テーブルが邪魔をして今は確認出来ない。
「……」
少年はゴクリと喉を鳴らし、部屋の右奥へと進み始めた。
再び床がギシリと軋む。
「うぅ……」
その時、か細い声が聞こえた。
ー 生きてる……
声を聞いた瞬間に少年は思った。
思ったと同時に『またそんな当たり前の事に安堵するのか』と悔しさも覚えた。
少年の心には再び怒りが込み上がってくる。しかし、この感情は静めねばならない。タマゴからの教えだ。少年は額にかいていた汗を拭い、早足になって部屋の右側へと進んだ。
「!!!」
テーブルを回り込んだ時、少年の目が捉えた。それは手足を縛られた子供の姿……少年は息すら漏らせなかった。視界に飛び込んできた子供の姿があまりにも痛ましかったからだ。
縛られた子供の年齢は十歳前後、男の子だ。力無く横たわり、目隠しもされ、猿轡にしていたのだろうか口元には白いタオルが落ちている。耳を澄ますと「すぅ……すぅ……」と呼吸が聞こえた。確実に生きている。それだけは救いだった。
「この子に……何をしたんだ……」
少年の手がわなわなと震え出す。
少年には妹がいる、『妹とそう変わらない年齢の子が何故こんな目にあわなきゃならないのか』 『なぜ酷い思いを、なぜ痛い思いをしなければならないんだ』『何故だ? なんでだ? どうしてだ?』疑問が止まらず、抑えようとした怒りが再燃しそうになる。
「………ッ!!」
叫び出しそうになる自分を抑えようと少年は拳を握り、唇を噛んだ。目を瞑り、大きく息を吸う。そして吐き出す。目を瞑ったまま、もう一度大きく息を吸う。
― 怒りよりも、優しさや勇気、未来を夢見る心、そして愛。その心を大切にしろ。その心が、俺の正義になる。その心が俺の正義を強くする。自分を暴走させず、怒りを制して、絶望を希望に変えるんだ。あの子の絶望を、正義の心で希望に変えるんだ!!
少年は心に刻んだタマゴの言葉を自分自身に言い聞かせると、息を吐き出しながらゆっくりと目を開いた。
開いたその目には再び炎が宿っていた。
暗く淀んだ色の怒りに燃える炎ではない、真っ赤に燃える正義の炎だ。
― 俺はすぐにカッとなっちまう……まだまだ修業が足りないな。この子を助けるのに必要なのは、あの男達への怒りじゃない。この子を想う、優しさと、愛だ……
少年は握った拳を開いた。
男の子に近付いて、しゃがみこみ、男の子の肩にそっと触れる。
少年が触れた瞬間、男の子の体が震えた。
「そうだよな……怖かったよな。大丈夫、俺は味方だ。安心して、キミを助けにきたんだ。遅くなってごめん」
男の子の肩からそっと手を離し、少年は男の子の目隠しを外した。
目隠しが外れると、男の子の瞼が僅かに動く。久しぶりの光なのだろう、電球一つの弱い明かりでさえも眩しそうだ――暫くすると、男の子の目がゆっくりと開いた。
「あっ……へへっ!」
少年は男の子と目が合うと、太陽の様な大きな笑顔を男の子に見せた。
しかし、少年の笑顔とは反対に男の子の顔は恐怖に満ちている。そんな男の子に少年はもう一度「へへっ!」と笑いかけ、立ち上がる。
「よっと……手足も自由にしないとな。う~ん、こりゃかなり固く縛ってんなぁ。ごめんな、ちょっと痛いかも、なるべく優しくやるけど、ちょっと我慢してな」
男の子の後ろへ回り、少年は縄をときにかかった。だが、男の子の手足を縛る縄は固く結ばれていて目隠しの様にはいかない。
― どうしようか?
と、少年が縄の結び目を探っていると、
「かっ……かはっ……」
突然、男の子が咳き込んだ。
「おっ……おい、大丈夫か?」
少年が驚いて聞くと、男の子はコクリコクリと頷いた。その顔は苦しそう。少年は縄をほどく手を一旦止めた。男の子の背中を擦ってあげる事にしたのだ。
優しくゆっくり擦ってあげると、次第に男の子の咳は治まった。
「喉、乾いちまったか? ちょっと待ってな、すぐに助けるからな。したら、旨いジュースでも飲もうぜ!」
少年は男の子を励ます。すると、男の子が少年に向かって顔を傾けた。男の子は何かを言いたそうに口を動かす。
「え? どうした?」
少年が聞き返すと、男の子は絞り出す様な声で言った。
「本当に……本当に、味方?」
久しぶりに声を出したのだろう、男の子の声は痰が絡まり少しガラついていた。それでも男の子の表情からは恐怖は消えた。今は"ただ驚いている"そんな風に見える。
「へへっ! そうだよ、味方だ!!」
少年は男の子が喋った事に驚きそうになった。だが、それをすぐに笑顔で打ち消し、優しさを込めた目で力強く頷く。
この笑顔が男の子の頬を綻ばせた。
「へへっ! 笑えるんだな? ヨッシャ!んじゃあ、 こんなトコ早く脱出しちゃおうぜ! こんな所、いつまで居たって仕方ねぇ!!」
少年は手をパンッと叩き、勢い良く立ち上がる。
少年は再びニカッと笑って「ちょっと前を向いててくれないか?」と男の子にお願いをすると、左腕に巻いた腕時計の文字盤に手を添えた。
「すぐにその縄を取ってやるからな!」
少年が文字盤を叩いた瞬間、薄暗い暖色の明かりの中に目映い白い光が混じった――