第3話 閉じ込められた獲物たち 9 ―うねうねとブツブツ―
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「二人とも見えるか、あそこに隙間があるぞボズ! 中指と人差し指の股の所だボズ!!」
ボッズーはビュビューンモードのまま巨大な手に近付くと、極々僅かな隙間を見付けた。それは巨大な手からすれば極々僅かな隙間であるが、ガキセイギ達からすれば侵入するには充分な隙間であった。
「あぁ見えるぜ、絶好の場所だ! 早速降りようぜ!!」
「OKボッズー!!」
ボッズーはセイギの返答に頷くと、"上の翼"で取り込んだ風を、"下の翼"から噴射して、一気に中指と人差し指の上空へと進んだ。
それから一旦停止する。翼の形をビュビューンモードから変形させる為だ。
ビュビューンモードは翼を上下四本に分けた硬質の翼だ。着陸する時は、通常モードと謂える鳥の翼に似た二本の翼の方が適している。
「それじゃあ降りるぞボッズー!!」
ボッズーは翼の形を通常モードへと変形させると、大きな二本の翼をしなやかに振って、高度を下げていく。ゆっくりとではあるが、着実に。
「……ん?」
巨大な手に一番近い者は、セイギと手を繋いでぶら下がった形でいるガキユウシャだった。彼はボッズーが高度を下げていく間も、巨大な手から目を離さなかった。離さなかったが為に気が付いた。
「おい……セイギ、ボッズー、あそこを見ろ、何かが動いていないか?」
「えっ? どこ?」
ユウシャとは違って、セイギは何処かから邪魔が入ってくるのではと辺りを警戒していた。
ユウシャは「人差し指の下の辺りだ、ボッコリと盛り上がっている所があるだろ!」と返した。
巨大な手は、山の様に手の甲を盛り上げて、輝ヶ丘に覆い被さっている。その中でも一段と盛り上がっている箇所は、人差し指の中手骨の頭の辺りだった。ユウシャが指を差すと、セイギは「ボッコリ……何処だ?」と左手で頭を掻くが、『揺らすな!』とユウシャから注意を受ける前に見付けられた。「あぁ、あそこか」と呟き、続けて「ん? なんだありゃ?」と目を丸くした。
「どうした、何を見付けたんだボズ?!」
ボッズーは中指と人差し指の間に見付けた侵入が可能そうな隙間だけを見て、慎重に高度を下げていたのだから、二人が何を発見したのか分からなかった。
「なんか、うねうねしてるぞ……」
「あぁ、何かが手の中で蠢いている感じだ」
「だから、何を見付けたんだボッズー!!」
ボッズーは慎重さを捨てた。人差し指と中指の間から視線を動かす。すると、
「えぇ、何だアレはボッズー!!」
……と、口をあんぐりと開いてしまった。
蠢いていたからだ。手の甲が蠢いていたのだ。否、全体がではない、全体であればユウシャがわざわざ指を差す必要もなかった、セイギが頭を掻く必要もなかった、ボッズーが視線を動かす必要もなかった。極々範囲の狭い箇所だけだ。最前にボッズーが見付けた輝ヶ丘に侵入が可能そうな、中指と人差し指の隙間よりも狭い範囲だ。しかし、狭い範囲としても、それは巨大な手を軸に考えるとであって、人間の大きさを軸に考えれば、そうではない。セイギとユウシャが近くに着陸すれば、彼らの方が小さき者だろう。
そんな、巨大な手からすれば狭い範囲であり、英雄達からすれば大きい範囲の箇所が、蠢いていた。
うねうねと……巨大な手に皮膚があるのならば、その中で、何かが。手の甲の中に大蛇でも住んでいるのならば分かる動きだ。大蛇も一匹や二匹ではない、何匹もの大蛇が折り重なって蠢いている。
「キモい……キモ過ぎるぞボッズー! アレは一体何なんだボズ!!」
着実であるがゆっくりでもあったボッズーの下降の速度が更に下がった。
蠢く物は本能的に、『近付きたくない』と思えるものだった。
「確かにキモいな……でも気にしてる暇はねぇ! 人差し指と中指の隙間以外に入れそうな場所があるか? 無いなら行くしかねぇ、アレが何なのか分かる前に一気に通っちまうんだ!!」
セイギが言った。
が、ユウシャが首を振る。
「待て! 動きが速くなったぞ、下降するのはまずい。一度、手からは離れた方が良い!!」
「どっちだボズ! どっちにするんだボッズー!!」
ボッズーの下降は止まってしまった。その時だ、蠢きを速くしていたその箇所が膨れ上がった。
「あっと、なんで膨らむの! やっぱ近づくのはヤバいかも!」
……とセイギが口にした直後、コブの様に膨らんだ中にも蠢きが見えた。この動きも速い、速くはあるが、セイギ達が速いと認識をする前に事が起こってしまった。発生したコブが、中から針で刺されたかの様に破裂したのだ。
「あっ! アイツって……くそぉ、また出てきやがったのか!!」
「成る程な、生まれたのか」
破裂したコブの中からは、セイギにとっては四度目に目にするものとなる存在が現れた。だからセイギは『また出てきた』と思った。ユウシャはそうではない、コブから出てきたものは『誕生した』と思った。
「生まれた? 勇気、どういう意味だよ?!」
「だって、そうだろう? 巨大な手から出てきたんだ、また"新たな手"が……アレは手の子供じゃないのか?」
「ちげえよ、アレは子供なんて可愛いもんじゃねぇ! アレが普通のサイズだし、輝ヶ丘に覆い被さってるヤツが特別なんだ! 俺は二回も戦ってるから分かる!!」
「どちらにしろ新手の登場には間違いはないだボッズー! "手"だけにぃ〜〜!!」
破裂したコブの中から現れた存在は、"新たな手"だった。コブのサイズから判断するに、セイギの言葉が正しく、これまでピカリマートの屋上や駅前公園で邪魔をしてきた"手"と同サイズだろう。
"新たな手"は、空に向かって手のひらを見せながら、五指を不規則に動かしていた。ユウシャはこの姿を生まれたての赤子に重ねて『誕生した』と思った。が、セイギとボッズーは思い浮かべもしない。輝ヶ丘に覆い被さる巨大な手と比べれば小さいが、"手"が強敵なのは二人にとって常識になっていた。赤子の様に可愛くは思えない。
「しかもドンドン増えていく感じだぞボッズー!!」
ボッズーは嘆いた。
そうなのだ。一匹目の"手"の出現が合図になったのか、人差し指の中手骨の"蠢き"が増えたのだ。一匹目の隣が蠢き、更に隣も蠢き、ドンドンと増えていく。
そして、蠢いた箇所はすぐに膨らんでいく。遠目から見ると鳥肌の様になる。コブが大量になる、ブツブツと大量に。
「やべぇ増えてくぞ! これじゃあ、絶対に邪魔される、他の場所を探すしかない――」
「ケケケケケケ!! そうはさせないぜ!!」
セイギが撤退を決めると、不愉快な笑い声が聞こえた。
「ぺゅぅ!! この声って……」
「嘘だろ、今度はアイツかよッ!!」
笑い声の主が誰なのか、セイギとボッズーはすぐに気が付いた。 "手"と同様に、これまで何度も邪魔をしてきた強敵の声なのだから間違いはしない。
気付いた次の瞬間だった。大量に発生していたコブの一つが、破裂音を放ちながら破裂した。
「アイツかよって、なにさ、ナニさッ!! ケケケ!! そうだよ、俺だよ!! 俺様だよ!!! ケケケケケケケケ!!!!!!!!」
コブの中から現れたのは大きな唇をニチャリと歪ませた者。
白目を黒い血管で血走らせて、ザラついた笑い声をあげる者だ。
道化師に似てはいるが、己の笑顔のみを作る者……《ピエロ》だった。しかもその手には、
「うんとこどっこいしょ!! ドカーーンッッ!!」
――真っ黒なバズーカがあった。
「クソッ!!」
「ぺゅぅ!!」
「マジかよッ!!」
躊躇いもなく発射されたロケット弾は、空中で停止してしまっていたセイギ達に向かって飛んでいく。
放たれたロケット弾は花火玉の様な形をしていた。否、"様な"ではなかった。ロケット弾はセイギ達のすぐ真横まで来ると、大きな打ち上げ花火になったのだから。
「あぁ~~当たんなかったかッ!! クソッ、失敗だ!! ケケッ、でもキレイじゃん!! ケケケケケケケケ!!!」
花火ではあったが爆発には変わらない。真っ白な花火を見てピエロは笑うが、セイギ達は反対だった。
爆風の激しい衝撃を受けて、ボッズーはセイギの背中から手を離してしまい、セイギもユウシャも繋いでいた手を離してしまった。
「あぁ〜〜ッ!!」
「うわーーッ!!」
「うぅッッ!!」
ボッズーとセイギとユウシャは、散り散りになって巨大な手に向かって堕ちていく。




