第2話 絶望を希望に変えろ!! 4 ―正義の心で人を救え!―
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「分かって……たぁ、分かったよ」
「なんだボズ?」
「だから、分かったって。そうだな、その通りだ。お前の言い分が正しい。で、そうなるとどうする?」
「どうするって、そんなのお前の中でも既に答えが出てるだろ? 逆だボズよ、俺が男達と戦う、だからその間にお前が子供を助け出すんだボッズー!」
「でも、そうすると今度はお前が危険だろ?」
タマゴは笑った。鼻を鳴らす。
「何を言ってんだボッズー! 人間相手なら俺は無敵なのを忘れたのかボズ? どんなに鋭いナイフだって、俺に切りかかってきたらペキンッてへし折ってやるぜボッズー!」
「本当か?」
「本当だボッズー!!」
タマゴの鼻息は荒い。
この鼻息に少年は思わず笑みをこぼした。
「……そうかよ、お前の石頭ならそれも楽勝か!」
「その通り! ……って、石頭じゃないボズよぉ!」
「んじゃ、良いのか? 任せるぞ?」
「勿論ボズ! 俺がお前の代わりにアイツらをブッ飛ばしてやるよボッズー!」
タマゴがそう言うと腕時計から飛び出た写真は文字盤の空洞の中へと戻り、今度はまたタマゴの顔が飛び出した。
飛び出たタマゴは少年の目をじっと見詰めている。その顔は励ます様な、優しく微笑みかける様な、そんな表情をしていた。
「それにな、俺は思うんだボッズー。恐怖を抱えた子供を救うのは、俺よりもお前が適任だって。だって、お前は"正義の英雄"なんだからなボッズー!」
『正義の英雄』
この言葉を聞いた時、少年の体は震えた。
今度は怒りからではない、それは武者震いだ。
「正義の英雄か……」
「そうだボズよ! 正義の英雄の一発目の人助けだボッズー! でもな、暴走するなよ。怒りよりも、優しさや勇気、未来を夢見る心、そして愛! その心を大切にしろ。その心が、お前を強くするボズ。そして"正義"になるボッズー。絶望を希望に変えるんだボッズー! 正義の心で人を救え! お前なら出来る、正義の英雄のお前ならなボッズー!」
「正義の心か……」
少年はタマゴからの言葉を繰り返す。
それは心の中に刻み込む様に。
「へへっ!」
そして、いつも通りの笑顔をタマゴに向けた。
「なんだっけか? お前が付けてくれた俺のキャッチフレーズ」
「キャッチフレーズって言うなボズ! 『二つ名』だボッズー!」
「へいへい! で、なんだっけ?」
と聞いてはいるが少年は忘れていない。忘れる筈が無かった。
二人は声を合わせて言った。
「「正義の心で悪を斬る! 赤い正義!」」
「ッだボッズー!!」
―――――
それからすぐ、少年とタマゴは捕らわれた子供の救出作戦を開始した。
「もう少し、もう少しだボッズー」
暗闇の中、少年はタマゴに誘導されて子供が居る部屋へと近付いていく。左腕の腕時計から発せられる光を懐中電灯代わり出来たが、工場の外にはチョウがいる、もしも光を見られたら怪しまれる。少年はダウンジャケットのポケットに手を突っ込み、光は隠した。代わりに右手を壁に沿わせて足音を立てぬ様に静かに歩いていく。しかし足早に。急いで歩く。
「着いたボズよ……」
コツン……タマゴの声が聞こえると同時に少年の足の爪先が固い感触に当たった。
子供が捕まった部屋の外壁だ。
少年はその爪先の感触を頼りにして右手を部屋の外壁へと移動させた。
「ここから……どう?」
「シーッ……そっちは喋るなボズ。俺が誘導する。そこから、お前の足なら大股で五歩だボズ。五歩進んだら、そこに部屋の扉があるボズ」
少年は無言で頷き、タマゴの誘導通りに進み始めた。
壁に右手を沿わせ、一歩……二歩……三歩……四歩……五歩。
タマゴの指示通りの五歩目。
少年は右手で壁をまさぐった。どうやらタマゴの見立てよりも少年の足は短かった様だ。半歩先に扉があった。
「兄貴はまだ中にいるボッズー。俺が誘い出す。それまですぐ近くで待機しててくれボズ」
少年は再び頷くと、最前の動きを逆再生する様に三歩後ろへ下がった。
それから背中を壁につけて、顔を扉へ向ける。待機の姿勢は整った。
「兄貴の野郎……どうやら飯でも食ってるみたいボズね。椅子に座ってカップ麺でもすすってる感じだ」
タマゴがリーダー格の男の状況を説明すると、少年は左手をダウンジャケットのポケットから出して腕時計の光を右手で隠しながら顔に近付けた。
「あの子は……無事か?」
少年の囁くような質問。
「おっとと……喋るなって! うん、無事ボズよ。少しだけど動いてるボズ。縛られてるのは変わらないけど、大丈夫、まだ生きてるボズよ」
このタマゴの返答に、少年は思った。
― "生きてる"……こんな当たり前の事をなんで確かめなきゃいけないんだ
「少しだけ待っててくれボズな、まずはチョウの方に行くボズ。ちょっと面白いことを思い付いたんだボッズー。アイツを使って、兄貴を呼び出すボズよ! 大騒ぎを起こすボズ!」
タマゴが言うと腕時計の光は消えた。タマゴが通信を切ったのだ。
―――――
タマゴは少年との通信を切ると、梁の上から飛び立った。
向かうは工場の外。
少年の嘘に騙されて追い出されたチョウの所だ。
タマゴは急降下、一気に工場のシャッターへと近付く。
開きっぱなしのシャッターの脇に降り立った時、チョウの姿はすぐに目に入った。
リーダー格の男の車の荷台、時折首を捻りながら少年の自転車のサイドバッグを探っている。
チョウはまだ少年の嘘に気が付いていないらしい。サイドバックを探っては首を捻り、探っては首を捻りを繰り返している。
タマゴが耳をそば立てると、ボソボソと呟くチョウの声が聞こえてきた。
「何でないんだぁ~? あるって言ったのにぃ? こんな事してるの兄貴にバレたらまた殴られちゃう、どこだよぉ……あのガキにもう一回聞きに行こうかなぁ」
― おっと、危ない。疑い始めてたかボズ……行くか!
タマゴは急いで地面を蹴ると、リーダー格の男の車へと飛び乗った。
「なんだぁ?」
飛び乗った時にタマゴの足がコツンと鳴った。その音に反応したチョウがサイドバッグから顔を上げた。
「え……?」
タマゴと目が合った瞬間に、チョウの口が大きく開く。
「な……なんだぁ?」
『変なのがいる……』きっとチョウはそう思ったに違いない。それはそうだろう。車の上には、タマゴの様なそれとも鳥の様な妙な生き物が居るのだから。
「お前は馬鹿だボッズーね。いつまでやってるんだボッズー? ま、その方がこっちにとっては都合が良かったけどなボッズー!」
しかも喋るのだから更に驚いたろう。
タマゴを見詰めたまま、呆然とした表情でチョウは固まってしまった。
「ふんっ!」
タマゴはチョウの間抜けな顔を鼻で笑うと、再び飛び、次は少年の自転車のハンドルに留まった。
「アホ面だボッズーね! 空飛ぶのは好きかボズ?」
「空? ……飛んだことないから分かんないよぉ」
チョウは思考停止な顔をしている。目は点で、口先だけがパクパクと動いた。タマゴの質問にも条件反射で答えただけだろう。
「そか、なら飛んでみるんだボッズー!」
タマゴは再び鼻を鳴らしてチョウの背後に回り込む。それからチョウの肩を両手両足を使ってガシッと掴んだ。
そして、背中に生えた小さな翼がピクンと揺れる……かと思うと、小さな翼はみるみるうちに大きくなった。その大きさはタマゴの体の二倍程、翼が大きくなると――
「せーのだっ! ボッズー!!」
――タマゴは叫んだ。
「え! ひえっ……なにぃ! なにこれぇ~!!」
チョウも同じくだ。チョウは絶叫した。当然だろう。体が宙に浮いてしまったのだから――タマゴが大きな翼を使って飛んだのだ。
タマゴはそんなチョウを「ふん!」と笑い、羽ばたきを強くしてバッサバッサと音を立てながら空に向かって行く。
「ひぇっ!! なに? なにこれぇ~?」
混乱したチョウが手足をバタつかせながら再び叫ぶ。
「ドンドン叫ぶんだボッズーね! 大騒ぎだボッズー!」
それをタマゴが煽る。煽りながらタマゴは更に更にと高く高く飛んでいく。
「ひぇぇぇぇ~~~!!!」
「もっともっと叫べ! さぁ、ここからどうする? どうしたいボズ?」
「下ろしてぇ! 下ろしてよぉ!!」
駄々をこねる様な口調でチョウは言った。その顔は今すぐにでも泣き出しそうだ。
「なるほどぉ~~!!」
その言葉を聞いたタマゴは一拍ためて、
「それは、お安い御用だボズ!!!」
一気に急降下― ―
斜めに滑るように下りていって、チョウの足が地面に着くか着かないかの高さまで来ると、
「やっぱや~めた!!」
踵を返して再び工場の屋根が見える高さまで急上昇― ―
「ひぇぇぇぇ~!!!」
チョウの悲鳴は止まらない。
「どうしたんだ怖いのかボッズー?」
当たり前の質問にチョウは答えない。ただ泣き叫ぶだけ。
「下ろしてよぉ! 下ろしてくれぇ~~!!」
「ほいやっさ!」
タマゴは下りる。そしてまた上がる。
「ひぇぇぇぇ~!!!」
「ふぅ~、お前は本当によく叫ぶなボッズー! でもオペラ歌手みたいな良い声をしてるぜボッズー! その声、お前らの兄貴にも聞かせたくないか?」
再び工場全体を見下ろせる高さまで上昇するとタマゴは意地悪そうに目を細めてチョウに質問をした。
「ふぇ! あ……兄貴にぃ? ど……どうゆう意味ぃ?」
「ん? 分からないかボズ? それはね――」
タマゴはチョウを掴む手足にグッと力を入れた。
「こういう意味だボッズー!!!!」
ドゴンッ!!!! ――真っ昼間の空に、流れ星がふった。