第3話 閉じ込められた獲物たち 7 ―閉じ込められた獲物たち―
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「さぁさぁさぁ!! 輝ヶ丘に向かって飛ぶぞボッズー!!」
セイギの背中を掴んだボッズーは、英雄の二人に向かって言った。
「今から二人同時に連れていくぞボズ! さぁ、セイギ、ユウシャ、手を繋げボッズー!!」
「うぇっ! 手ェ?」
「マジかよ……」
『手を繋げ』という指示に対して二人は明らかな態度を示した。走りながらセイギを見たユウシャは「いやいや……」と首を振り、同じく走りながらユウシャを見たセイギは「ゲェっ!」と言ってシッシと手を振った。
そんな二人をボッズーが叱る。
「バカヤロー、嫌がっている場合か!! 輝ヶ丘に戻るのは飛んでいくのが一番だろ、早くするんだボッズー!!」
セイギの背中から一瞬離れたボッズーは二人の頭を叩いた。
「痛っ! う、う~ん……わ、分かったよ!」
「クソぉ……仕方がないか」
溜め息が二つ吐かれると、二人の手は結ばれた。
「最初からそうしろボッズー! さぁ、準備は良いな、一気にブッ飛ぶぞボッズー!!」
セイギの背中を再び掴んだボッズーは翼の形を変化させた。鳥の翼にそっくりの二本の大きな翼から、飛行機の翼に似た上下四本に分かれた硬質の形へ。
ビュビューンモードに変形したボッズーは早速と"上の翼"に風を取り込んでいく――
ビュビューンモードの飛行は素晴らしい。目的地まで一気に飛んで行けるモノだ。三人は一気に輝ヶ丘の上空まで戻ってきた。
「芸術家の野郎!! どうやったら、こんなにデカいのを描けるんだよ!!」
輝ヶ丘を包んでしまった巨大な手を目下にしながらセイギは叫んだ。
今度出現した手は滅茶苦茶に巨大だった。電車に乗って離れた場所に居たセイギ達が『あれは手だ』と気付けた程に。
そして逆に、輝ヶ丘に近付いたセイギは『これは芸術家が作り出した手だ』と認識しているから、そうだと認識出来ているが、最初からいま見下ろしている場所で発見していたならば、あまりにも巨大過ぎるせいで全貌が見えずに『――手だ』と認識出来なかっただろう。
「こんなのとどうやって戦えば良いんだ!!」
セイギは左手で頭を掻いた。右手はユウシャと繋いでいる。ボッズーが背中にいるから空を飛んでいてもセイギは安定しているが、ユウシャはセイギの手にブラ下がっているだけだ。「おい、揺らすな!」と下方から注意を受けてしまうが、それでもセイギは頭を掻きたかった。巨大な手は輝ヶ丘に覆い被さっていて、今にも押し潰してしまいそうに思えた。
「いや、俺はコイツとは無理に戦わなくても良いと思うぞボズよ!」
背中からボッズーが言った。
「うぇ?! 何でよ?」
「これは俺の勘だ、勘でしかないけど、この手自体が輝ヶ丘に攻撃をしようとしてるってよりも、隠しているっていうか、輝ヶ丘を籠の中に閉じ込めたって感じに見えるだボズよ!」
「そうだ、俺にもそう見えるな」
ボッズーの発言にユウシャも同意した。
「コイツが現れてから何分が経った、コイツ自体が攻撃を仕掛けようとしているならば、とっくに実行されている筈だ……しかし、一向にその気配がない。という事は《王に選ばれし民》は、輝ヶ丘を覆い隠して、町の中で何かをしようとしているとは考えられないか?」
「だったら、なんとかして町の中に戻らねぇと! そうだ、指と指の間はどうだ? ちょっとした隙間が空いてるかもしれねぇぞ!!」
「そうだな、試してみるかボズ!!」
ボッズーは旋回した。巨大な手の指へと向かっていく。
―――――
「輝ヶ丘に住む愚か者共よ、ご苦労様……」
街頭ビジョンに映った『キツネのお面』は抑揚のない声で話し始めた。
口は動かない。仮面ではあるが誰かが被っている気配もない。画面の中央に生首の様に仮面が大写しにあるだけだ。だが、街頭ビジョンを見る人は誰しも『キツネのお面が喋った』という認識を持ち、『キツネのお面は《王に選ばれし民》だ』という認識も持っていた。
空が黒く染まってから次々に起こった現象は、その認識を持つには十分な現象だったからだ。そして勿論、愛もこの認識を持っていた。
「何を喋るつもりなの……」
街頭ビジョンを見詰める愛の眼差しは鋭くなる。遂に己の敵が目の前に現れたと、愛は思った。爆発しそうな怒りが心に湧き、怒鳴り出してしまいそうになるが、下唇を噛んで抑える。
ボソリと呟いた愛の声に反応する様に、『キツネのお面』は「ハハハ……」と抑揚なく笑った。
「どうだ、石の捜索は楽しいか? まるで宝探しみたいだろう? こちらも楽しいよ、お前達が馬鹿みたいに一喜一憂する姿を見るのはな……」
『キツネのお面』が言葉を発すると、街頭ビジョンを見詰める人達がザワザワと騒ぐ。
「どういう意味だ!!」や「馬鹿にするな!!」と騒ぐ。
「怒ったか? そうだろうな。お前達の感情の移ろいなんて手に取るように分かるよ。良いぞ、もっと怒れ。お前達を滅亡させようとする敵が目の前にいるのだ。怒って当然だ、もっと怒れ、人間はもっと感情的になって良い。人の目など気にしなくて良い、もっと怒るのだ」
「何言ってんの……」
言われなくとも既に怒りを抱いている愛の下唇からは血が出そうだった。
右手は強い力で握られた。左手には萌音と通話をしていた為に、スマホを持っている。左手では拳を作れないが、スマホの機体からはミシッと音がした。
「輝ヶ丘の愚か者共よ、お前達の怒りは当然のものだ、受け入れよう。しかし、お前達が死ぬべき存在だという考えを、私は変えるつもりはない。お前達も俺が送った数々の手紙や真っ赤な炎を許せないだろう? それと同じだ、俺も輝ヶ丘が許せないんだよ。輝ヶ丘は俺にとっては存在してほしくない場所、滅ぼしたくて堪らない場所なんだ。お前達と俺は混じり合う事が出来ない。だから、戦おうじゃないか。戦って決着をつければ、勝った方が正しいという事になるだろう? 俺が勝てば、やはりお前達は死ぬべき存在であり、お前達が勝てば、お前達は生きる価値のある存在になる。お前達に生きる価値があるのならば、俺は潔く敗けを認めて、自ら命を絶とうじゃないか。どうだ、良い提案だろう?」
「戦い? 何を言ってるんだ!!」
「戦うって何だッ!!」
「何をすれば良いッ!!」
街頭ビジョンを見詰める群衆の中から、再び怒鳴り声がした。怒りにかまけて叫んでいるというのではなく、『キツネのお面』の発言に疑問を抱いたからこその叫びだった。否、人々は『戦おう」という発言に危険も感じただろう。
この反応を見ているのか、『キツネのお面』は再び抑揚のない笑い声を発した。
「戦いの内容が気になっているのだろう? 手に取る様に分かるよ、戦いの内容は至極簡単だ。俺は昨夜までに、輝ヶ丘の中に三億個もの赤い石をばら蒔いた。お前達はそれを全て見付けるのだ。どうだ、シンプルで良いだろう? 今日お前達が行なっていた事を、ただ続けるだけなのだから。お前達は間違っていなかったんだよ。しかし期限は設ける、制限時間は三日だ。お前達は七十二時間以内に、全ての石を見付け出さなければならない。見付け出せれば、お前達の勝ちだ。簡単だよ、二十四時間で一億個ずつ見付け出せば良いのだから」
『キツネのお面』は簡単というが、皆はそうは思わなかった。
「簡単って……そんなの無理だよ! 三億個なんて多過ぎる!!」
今度叫んだのは女性だった。この声は怒鳴るというよりも、嘆きに近かった。声の中に絶望が見える。
彼女の嘆きが敵を甘くさせる事はないが……。
「無理だと嘆く者がいるのならば、その者は自ら命を断てば良い。でなければ、火炙りになる運命を待つだけなのだから。そう……七十二時間以内に全ての石を見付け出せなければ、輝ヶ丘は炎の海に溺れる。焼け野原になるのだ」
「炎の海……」
「焼け野原……そんな……」
『キツネのお面』の言葉に、嘆く人の声がまた増えた。
『キツネのお面』は「俺が合図をすれば戦いは始まる」と告げた。
「ギブアップも試合放棄も無し、お前達は戦うしかない。逃げ出そうとしても無駄だぞ、空を見ろ、黒い空が見えるだろう? 何故、夜でもないのに空が暗いのか、その理由は俺が設置した檻のせいだ。どんな檻なのか、檻の中のお前達が知る術は無いから教えてやるよ。アレは"手"だ。ニュースを見た者は知っているのではないか? 《王に選ばれし民》の芸術家が作る"手"を。ピカリマートの屋上を破壊した"手"と同じ物だと言えば、より分かるだろう? あの手よりも更に巨大な物が、輝ヶ丘を取り囲み、空を遮り、太陽の光を奪ったものの正体だ。そして、分かるだろう? 誰か一人でも輝ヶ丘から逃げ出そうとしら、巨大な"手"がお前達を一人残らず叩き潰す。探すしかないのだよ、お前達は……」
「そんな……俺たちが何をしたっていうんだ」
今度聞こえてきた声は叫びにもなっていなかった。声の中に絶望が見えるどころか、絶望一色の声だった。自分勝手な無茶なルールを敷かれて、絶望し切った声だった。
「檻の中にいるのだから、外部からの助けは期待できないぞ。助けを呼ぼうにも無理だしな。巨大な"手"には電波を遮断する効果もあるらしいからな。現在の輝ヶ丘では、全ての通信機器が意味を成さないと思ってくれ」
「電話も……」
愛は漸く気が付いた。萌音との通話が切れている事に。
耳に当てるとツーツーと音がする。
「さっき爆発音がしただろう?輝ヶ丘駅は破壊させてもらった、地下鉄の線路も封じられた筈だ。外部からが無理なら、内部からはどうだ……それも無理だ、駅と同じだ。消防署や警察署も、駅と同時に破壊させてもらった。これでお前達の助けになる者は大分少なくなったな、いるとすれば英雄か。しかし、奴等に対しても策を打っている」
「策を打った? せっちゃん達に何をしたの……」
愛と正義達は秘密基地で会えなかった。
正義達が何処にいるのか愛は知らない。行方不明と同じだ。『キツネのお面』の言葉に、愛の肌は粟立った。
血の気が引いた理由は正義達の身を案じたからでもあるが、自分の立場が何処にあるのかを考えたからでもある。『キツネのお面』は警察署も消防署も破壊し、地下鉄も封じたと言った。輝ヶ丘駅は連絡駅であり、地下鉄だけでなく地上を走る電車も通っているが、地上は巨大な檻が封じている――『キツネのお面』を止められる者は自分しかいないと、愛は考える前に直感していた。
「さて、それではそろそろ始めようか」
『キツネのお面』は「私の仮面がお前達の前から消えたら、それが合図だ」と告げた。
戸惑いを隠せない人々も、愛も、置いていく。
「さぁ、私かお前達か、どちらが生きるべき存在なのか、決めようじゃないか……」
『キツネのお面』は周りの黒に侵食されていった。現れた時と逆だ。徐々に、徐々に、白い仮面が黒く染まっていく。
街頭ビジョンの画面が黒一色に変わるまで五秒程がかかった。
この五秒の間で『キツネのお面』は最後の捨て台詞を残すが、その言葉を聞いていた人は何人いたのだろうか。
仮面が黒く染まり始めると、暴動の様に人々の感情が爆発したからだ。「石を探すんだ!!」と走り出す者もいれば、泣き叫ぶ者、ただ怒鳴るだけの者もいて、駅前は喧騒の波に飲まれていった。
愛さえも『キツネのお面』の最後の言葉を聞いていなかった。彼女は画面が黒くなり始めると、急いで腕時計を叩いていた。正義達が何処でどうしているのか知りたかったから、正義達が無事でいるのか知りたかったから、正義達に助けを求めたかったから。しかし、檻の中では腕時計でさえも使えないらしい。正義達に通信を送る事は出来なかった。
駅前に居る人物の中で『キツネのお面』の捨て台詞を聞いていた者は一人だけだ。
それはベンチに座って、震え続けていた萌音だけだった。両手に顔を埋め、止まらぬ震えに耐えていた彼女は『キツネのお面』が何を言ったのか分かっていた。
「あの時の怨みは忘れていないぞ、俺はお前に受けた頬の痛みを忘れていない。輝ヶ丘が滅びるのも全てはお前のせいだ、せいぜい後悔をしながら死ぬといい」
こんな言葉を『キツネのお面』が残していったと、彼女は知っていた……。
―――――
「なんて事だい……」
帳場に座る、山下佳代は呟いた。
帳場に置かれた小さなラジオに向けた、その眼差しは険しい。佳代も聞いたのだ。『キツネのお面』の言葉を。それは最後に発せられた言葉まで全て。
『キツネのお面』が映った物は、又は声が流れた物は、駅ビルの街頭ビジョンだけではなかった。輝ヶ丘にあるテレビや、PC、スマホ、ラジオ……電波を使用する物の全てに流されていた。
佳代は仕事中は常にラジオを点けている。その為に、彼女も『キツネのお面』の言葉を聞いてしまった。
「お前に受けた頬の痛み……今の言葉って……」
『キツネのお面』の最後の言葉を聞くと、佳代の手は震え出す。
茶を飲んで気持ちを落ち着けようとするが、湯呑みも震えてしまって上手くはいかない。
捨て台詞を残すまでの『キツネのお面』は『お前達』と言っていた。その発言の対象は、輝ヶ丘の全ての住民であったと捉えられる。だが、最後の言葉だけは違っていた。『お前』と言って、たった一人に向けられた発言と思えるものだった。
その相手が誰なのか、佳代には分かった。だから、佳代の手は震える。震えて、止まらない……。
「萌音ちゃん……」
佳代は思い出していた。
ストーカー男が、萌音を狙って山下商店を強襲した日を。
事件の当事者である佳代には、『キツネのお面』の捨て台詞が、かの日の出来事を言っていると理解出来たからだ。




