第3話 閉じ込められた獲物たち 6 ―キツネのお面―
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「英雄?? え……本物??」
正義と勇気の正面に居た、まだ十二、三歳だろう少年が、車内に瞬いた光に驚き、振り向いた直後には、電車内には既に《正義の英雄=ガキセイギ》と《勇気の英雄=ガキユウシャ》が立っていた。それほどまでに、二人の変身は一瞬の出来事であった。
ガキセイギとガキユウシャが電車内に居ると最初に気が付いたのは最前の少年であるが、彼が驚きの声をあげた直後には、他の乗客も振り向いていた。
「スゲェ! 本物??」
「本物っしょ! 本物!!」
警戒心の薄い子供達は声を出して分かりやすく反応した。大人は逆だ。驚愕して動けない人の方が多かった。
英雄は空が割れるという異常事態が起こってから出現した存在だ。正義達も英雄である事は秘密にしているのだから、正体も出自も知らない人の方が多い。そのために、大人の中には謎過ぎる英雄を警戒視している人も多く、《王に選ばれし民》と同等に見ている人すらいる。
驚愕で固まった大人の中には英雄に対しての警戒心で固まった人も居ただろう。しかし、多くの人は単に驚愕でそうなってしまっただけだ。子供達が「うわぁ~マジか!」とセイギとユウシャに近付いていっても止めようとする人はいなかった。
「ヤバァ! 本物っすよね?」
「握手して下さいよ!」
「写真撮っても良いっすか?」
最初にセイギとユウシャに気が付いた少年と、彼の友人たちがセイギとユウシャに向かって手を伸ばした。
珍しいものを見ると触りたくなる者もいる。彼らがそうだった。
「おい、やめろ、触るな……撮るなって……お前達、そんな状況ではないと分からないのか! はしゃぐな、退いてくれ!」
子供達に囲まれてたユウシャは、手で払う仕草を見せて、彼らを追い払おうとした。
隣に立つセイギは逆である。
「へへっ、まぁ良いじゃねぇか、怖がられるよりかマシだぜ!」
……と、仮面の中でいつものニカっとした笑顔を浮かべて「ほらほら、お前らどいてくれ、俺達は行かなきゃいけないんだ! 遊ぶのはまた今度だ!ほらほら、どけどけ!」と子供達の頭を軽く撫で、彼らに退くように促した。
「うわっ、俺、頭触られたぜ! 握手よりも貴重かも!」
「俺もう風呂入らねぇ!」
子供達はキラキラと瞳を輝かせると、セイギの願い通りに道を開けてくれた。
「へへっ、風呂は入れよ、風呂は! ほらほら、ついてくんな、ドアを開けんぞ、危ないぞ!」
セイギはドアの前に立ち、両手を使って開きにかかる。
「キミ達は車掌さんの指示があるまでは出ちゃダメだぞボッズー、外には悪いヤツがいるかもだかんなボッズー!」
ガキセイギは変身する前に、胸に抱えていたリュックを電車の座席に置いていた。その中から飛び出したボッズーがセイギとユウシャについていく。
車外に飛び降りた英雄の二人は早速と走り出している。ボッズーはセイギの背中に向かっていく。
―――――
街頭ビジョンからはノイズの様な音が聞こえた。
空に視線を向けた愛は、黒く染まった空を観察する時間すら貰えずに、すぐにその視線を移さざるを得なかった。
そして、愛は「あ……」と、驚きの声を漏らす。
最前まで街頭ビジョンに映っていた映像は、三月から駅ビルで行われるセールのコマーシャルだった。鮮やかな色をした桜の花びらが舞う中を、美しい笑顔を浮かべる男女が歩く、少し先の未来に待っている春を想わせる爽やかなものだった。
だが、愛が視線を移すと街頭ビジョンの映像は一変する。鮮やかなピンク色の花びらには、黒と灰色の砂嵐が混じり、美しかった男女の笑顔も歪に湾曲した。
― 何これ?どうしたの……
愛の心はザワついた。直後、
「コンコン……コンコン……」
街頭ビジョンから、今度は狐の鳴き声の様なものが聞こえてきた。
それは明らかに本物ではない。『狐の鳴き声の様なもの』でしかない。
抑揚のない、"ただ読み上げるだけの声"だ。明らかに、音声合成で作り出したものだった。
狐の鳴き声の様なものが聞こえると、続けて再びのノイズも聞こてくる。
ガガ……ガガ……ガガガガガガガ……
最初に聞こえたノイズよりも激しかった。街頭ビジョンに起こる映像の乱れも同じくだ。映像の中だけで大地震が起こったかの様にガタガタと揺れていく。
乱れている時間は長くはなかった。僅かな時間、ほんの一、二秒程だ。しかし、乱れがおさまっても、街頭ビジョンの映像は元には戻らなかった。春を感じさせる桜の花びらも、男女のカップルの姿も完全に消え去った。ノイズと乱れの後に残ったものは暗闇。画面は黒く染まった。
街頭ビジョンを凝視する愛は、映像が乱れていく内に、『街頭ビジョンには不具合が起きたんだ』と自分なりに答えを見付けていた。
街頭ビジョンが設置されているのは駅ビルだ。駅の構内には爆発が起こっているのだから、影響を受けても何らおかしくはない。
もしも、このまま真っ暗な画面が続くようならば、愛が抱いた心のザワつきも治まっていっただろう。
そうはならなかったが――
「コンコン……」
また、読み上げるだけの声が聞こえた。
「コンコン……」
もう一度。街頭ビジョンの画面は黒いままだ。黒いままだが、聞こえてくる。
「コンコン……」
五回目の鳴き声の後、黒い画面には変化が起こった。はじめは炙り出しの様にぼんやりと。それから、徐々に、徐々に……と、画面の中央が白く変わり、浮かび上がった白はその内に形を成していく。
「キツネの……お面……?」
愛は街頭ビジョンに映った物を、そう受け取った。
面長な面に、尖った耳、一本の黒い線で書かれたつり上がった目、口は波線の様に書かれていて、ニヤリと笑って見える。
首を傾げた愛に、誰かが答えを示さなくとも、その答えは明白だった。明白にも『キツネのお面』、それ以外にはなかった。
「輝ヶ丘に住む愚か者共よ、ご苦労様……」
最前まで『コンコン……』と鳴いていた抑揚のない声が、言葉を話し始めた。
―――――
萌音は震えていた。
愛と同じく輝ヶ丘駅前に居た彼女は『キツネのお面』が喋る出すと震え始めた。
赤い石を探していた人達も駅の構内の爆発から続けて起こった変化に足を止め、今は捜索を行なってはいない。
愛と同じで、皆がまずは駅の構内の爆発に目を向け、続けて黒く染まった空を見た。そして、今は街頭ビジョンの異変に目を向けている。もしも、人々の注目が街頭ビジョンに集まっていなければ、皆は萌音を異常なモノを見る様な目で見ただろう。それ程に彼女の震えは激しかった。
彼女は自分に起こった異変に気が付くと、すぐ近くに見付けたベンチに腰掛けた。自分自身を落ち着けたいという考えもあった。人の目を避けたいという考えもあった。だが、体を小さくしてみても、震えは意図して起こしているものではないのだから止められない。だとしても、震えを止めなければと、彼女は自分自身を抱き締めた。しかし、治らない。彼女の震えは寒さによるのものではないのだから、抱き締めても変わらない。
下唇も噛み締めている。右手も強く握っている。その反対に左手は地面に向かってダラリと垂らしてしまっている。左手には愛との通話の為にスマホを持っているが、暫くすれば地面に落としてしまいそうだ。
萌音の震えは、どうしても治らなかった。治らないどころか、『キツネのお面』が抑揚のない声で言葉を発する度に増していく。
増していってしまう……。




