第3話 閉じ込められた獲物たち 4 ―ストーカーの居場所は何処ですか?―
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相川塾は雑居ビルの一階にある。
「すみませーーん!! 誰か居ますかぁ~~!!」
自動ドアが開くと共に、正義は呼び掛けた。
正義は音痴だが声量だけはある。呼び掛けるとすぐに、受付のカウンターの奥にある扉からブラウンのカーディガンを着た三十代くらいの男性が現れた。
「どうも、どうも!」
正義はいつものニカっとした笑顔を浮かべながら、カウンターに近付いた。
「どうなさいましたか」
カウンターに置かれたペンを取って男性が聞くと、正義は「俺、この塾に勤めてる人に助けられた事がありまして、その人に会いたいんです」と答えた。
昨日、相川塾にストーカー男の居場所を聞きに行こうと決めたあと、正義と勇気は作戦会議を行なっていた。
勇気がこう言ったからだ。『塾にとっては講師をしていた男がストーカーになった事は汚点だろう、ストーカー男の情報を教えてくれと行って、果たして教えてくれるだろうか』と。『知らないテイで行かないか?』と。
そして、正義はこう答えた。『だったら、俺が男にお金を貸してもらった事にしよう』と――
「俺、二年前まで輝ヶ丘に住んでまして、それで引っ越す時に財布を落っことしちゃったんすよ。駅前でどうしよ、どうしよってしてたら、この塾に勤めてるっていう人が、お金を貸してくれたんです」
「そうなんですか、ウチの塾の人間が」
「はい、二年も経っちゃったけど、お金を返したくて、その人が何処に住んでるかとか教えてくれませんか?」
「なるほど、どんな感じの人でしょうか?」
正義が早速と"でっちあげた塾に来た理由"を伝えると、カーディガンの男性は信じた様子。
首を傾げて、「名前が分からなければ、見た目の特徴でも」と聞いてきた。
「えっとですね、まずは眼鏡を掛けてる人です。細身で、身長は俺よりちょっと高いくらいで、多分、175センチいかないくらい。髪型はあんまり特徴のない感じです。短くて、下ろしてて、長さは眉に届かないくらいかな? 一番特徴的なのは目です、キツネみたいな感じ、細い目で吊り上がってる感じです!」
正義がストーカー男の容姿を思い出しながら伝えると、塾の男性は「う〜ん……」と頭を捻った。
「細身で眼鏡、身長がそのくらいの人は居ますけど、細い目で、吊り上がってる……う〜ん、残念ながら、いま在籍している者の中には、その様な人物は居ないですね――」
「あっ、ちょっと待ってください。コイツが男と会ったのは二年前です。辞めている方の中にはいませんか?」
勇気が助け舟を出した。
ストーカー男の情報を知りすぎていると変に思われると考え、正義も勇気もストーカー男が既に塾を解雇されていると知りながら、知らないつもりで話をしていた。退職した人物の中にいないかと問われた男性は、また「う〜ん……」と呟いて頭を捻った。
「居ませんか? 居ない筈なんですけど?」
正義は前のめりになるが、「二年前は、私はまだ勤務していませんし……」と言って、男性は困惑した表情を浮かべてしまう。
「どうかしたかな――」
すると、カウンターの奥から嗄れた声がした。
「何かお困り事でもございましたか?」
扉が開いて現れたのは、白髪の老人だった。
―――――
「なるほど、その特徴ならきっと柏木くんだね」
「柏木さんですか?」
「うん、二年前ならまだ彼はウチに勤めていたし、間違いない筈だよ」
老人は縁のない眼鏡を掛け直し、正義に向かって微笑んだ。
「そうか、そうか、彼が人助けをねぇ。色々あって辞めてもらった彼だけど、心の根っこまでは荒んだ人間ではないと信じていたが、やはりそうだったか」
老人は独り言を呟いて「うん、うん」と頷くと、「それなら、彼の住居がある場所をキミ達に教えよう」と言った。
「塾長、しかしそれはぁ……」
個人情報を勝手に教えるのはマズイのではないか? と謂う風にカーディガンの男性は言うも、老人は首を振って返す。
「住所や電話番号を教えるなんてしないよ、退職者リストを金庫から引っ張り出すのも面倒だからねぇ。でも、住んでいる場所を教えるくらいなら良いだろう? それに、現在の柏木くんがどうやって生きているかは分からないが、この子たちが会いに行く事で、少しでも彼の心に光が差すと私も嬉しいんだ。さぁさぁ、キミたち、メモは取らないで良いのかい?」
老人はカーディガンの男性をいなすと、正義と勇気に向かって筆を振る仕草を見せた。
カーディガンの男性は「大丈夫かな……」と不安そうに呟き、吐息を漏らすが、正義はリュックからノートとペンを取り出した。
「数年前の忘年会の帰りに、酔い潰れた柏木くんを自宅まで送っていった事があるんだよ。その時から引っ越していなければ、彼の自宅は本郷の五丁目にある」
「本郷の五丁目、マンションとかっすか?」
「いいえ、マンションというよりアパートだね。二階建てのアパート」
「名前は記憶していますか? アパートの……」
勇気が聞くと老人は首を捻った。
「何だったかな、忘れてしまった。でも、アパートのすぐ近くに中華料理店があったのは記憶しているよ。確か、店名は"キノシタ"だったか
な」
「中華料理店の『キノシタ』っすね?」
正義がメモを取りながら聞き返すと、老人は頷き「そう、樹木の『木』と上下の『下』の間に『ノ』が入る、『木ノ下』だ」と答えた。
「美味しそうなお店だったから記憶しているよ、いつか食べに行きたいなと思ってはいるんだが、医者からは血圧がどうと言われるし、妻からも七十にもなってラーメンなんてと馬鹿にされるしねぇ、まだ行けていないんだよ。自分だって、暇さえあれば饅頭にケーキにと甘いものばかり食べているくせに、私のラーメンくらい許してくれたってねぇ」
老人は年寄り特有の自分語りを添えてから「それじゃあ柏木くんに会えると良いね」と微笑んだ――
「ありがとうございました! 助かりました!」
正義は自動ドアが閉まる直前まで、頭を下げて、塾をあとにした。
「マジで助かったな! 塾長さんイイ人で良かったよ、なぁ塾長ってことは、あの人が相川さんなのかな?」
「さぁな……」
勇気は首を傾げた。
隣を歩く正義とは違って、勇気の表情は晴れてはいない。
送り出される前に塾長の老人から言われたことが気になっていたからだ。
「それより、"彼が今どんな生活をしているのか分かったら教えてくれ"……と、塾長は俺達に言ったが、果たして教えられる生活を送っている男なのかどうか、俺はそっちの方が気になるよ」
「確かに、塾長さん達に話した事は全部嘘だからな、ストーカー男に助けられたなんて出来事はなかった。いったら逆だ、アイツは輝ヶ丘に怪文書を撒き散らしてるし、俺とボッズーは襲われもした。男に助けられたって言ったら塾長さんは喜んでる感じだったのに、なんか嘘ばっかで、悪い気してきた」
「だな……しかし、柏木って男の居場所を知る為には仕方がない行動でもある」
二人は話しながら駅に向かって歩いた。自分達がついた嘘を反省しながらも、ストーカー男=柏木が住んでいるという本郷へ向かう為だ。
本郷へ行くには輝ヶ丘駅から電車に乗るのが近い。
日曜日だからか、駅前には大勢の人が居た。何処か別の町へ、遊びにか、逃げる為か、向かおうとしている人達も居れば、集団になって赤い石を探し歩いている人達も居る。
正義と勇気は相川塾でついた嘘を反省している内に、自然と黙り、俯いてしまったが為に気が付かなかったが、この人混みの中には彼らの友人も居た――桃井愛だ。
しかし、どちらも気が付かないまま、正義と勇気は駅の構内へと入ってしまう。
英雄達は再びすれ違ってしまった……。




