第3話 閉じ込められた獲物たち 1 ―愛の気持ちは曇天―
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コンコン……コンコン……
太い尻尾を揺らしながら、夜の輝ヶ丘を狐が歩く。
コンコン……コンコン……
"真っ赤な石"をばら蒔きながら、二本の足の大きな狐が……
そして、狐は呟いた。
「さぁ……準備は整った。輝ヶ丘よ、真っ赤に燃えろ」
―――――
昨日の愛は悩みを抱えたまま眠りについた。
質の良い睡眠は悠々とした心から生まれる。鬱々としたままでは極悪で、目覚めは悪く、愛の気持ちは更に曇った。
「寝た気がしない……頭も重い……最悪」
愛の気持ちは正に曇天、そろそろ大雨が降りそうであった。
「何時? まだ寝れるかな……」
一度開いた瞼を閉じて、右手だけを伸ばしてベッドボードに置いてあるスマホを取った。
取った瞬間に使い古した充電器のプラグが外れ、ベッドの足の横にポトリと落ちる。
ポトリと落ちる同時、愛は再び瞼を開いた。
「九時か……」
今日の予定は特にはない。けれど、もう一度眠れば次に起きるのは午前二桁台になるだろう。この事に気が引けた愛は「ダメか……起きるしかないか」と呟き、スマホのロックを解除した。
ホーム画面が開くと、メールアプリのアイコンをタッチした。緑色のアイコンの右上には赤いマークあった。届いたメールの数を知らせるものだ。数字が幾つだったかは見なかったが、寝ている間に複数のメールが届いていたらしい。
「あっ……先輩だ」
真田萌音からは、三通が届いていた。
「……」
愛はトークルームを開くのを躊躇った。嫌な予感がしたからだ。ほぼほぼ『確信』に近い『予感』が。
「やっぱり……」
トークルームを開いた直後、予感が正しかったと愛は知った。
萌音から届いていたメールは短文で、一つ目は『桃ちゃん、記事が出来たよ。読んで』、二つ目は『拡散お願いね』、三つ目は『https://◯✕△□』とURLが貼られていた。
短文であったから、愛は一目で三通とも読めた。
読み終わった愛は「う~ん……」と寝癖でボサボサになった髪の毛をかき上げながら起き上がる。それから、スマホをベッドの上に置いて、自室を出ていく。
愛の部屋は二階にある。階段を降りて一階に向かうと、キッチンに行き、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出した。
コップに入れて、二杯飲んだ。寝起きで喉がカラカラでもあったが、愛が水を欲した理由は、何よりも眠気を飛ばして頭をスッキリとしたかったからだ。
眠気が覚めると、今度は自分に対しての怒りが湧いてきた。
愛が悩みを抱えて眠った理由は『なぜ自分は英雄の力を得られないのか』と考え続けていたからであるが、悩み始めた理由は真田萌音が事件へ関わる事をやめようとしなかったからだ。そして、萌音は宣言通りに新たな記事を発表してしまったらしい。このせいで愛は自分自身に腹が立った。
― 昨日の私って、先輩を必死になって止めたかな?いや、そんな事ない。『何で私の言う事聞いてくれないの?』『何で私は英雄になれないの?』……そんな事だけを考えて、先輩を無理矢理にでも止めようとはしてない、それじゃあ悩んでる風だよ。何もしてないのと一緒、馬鹿みたい……
自分自身に対して辛辣な言葉を投げながら、愛は自室へと戻っていった。
部屋に戻ると、ベッドの上に座り、スマホを手に取る。一秒ほど黒い画面を凝視し、それからまた萌音とのトークルームを開く。
昨日会った時、萌音は襲われた日の事は既に記事にしてサイトにUPしていると言っていた。昨夜の内に送られてきていたものは、次に書くと言っていた不思議な石に関しての記事であろう。
昨日までの愛は萌音の記事を読むのを躊躇っていた。記事を読むと謂う事は、事件に関わっていこうとする萌音に直面すると同じ事だからだ。見て見ぬふりをするつもりもないが、読んでしまえば自分の悩みが更に深まってしまうと愛には思えた。しかし、読まぬままでいては『見て見ぬふり=逃げる』と同じであり、それが分からぬまま自己愛に耽って、悩んでいる風体のぬるま湯に浸かる桃井愛ではなかった。
トークルームを開いた愛は、送られてきたURLを無言でタッチする。
画面は切り替わり、萌音が記者を勤めるニュースサイトの『toR.NEWS』が開いた。
おそらく萌音が考えたものだろう、記事のタイトルが画面の中央に大きく表示されている。そのタイトルは『謎の赤い石を発見 王に選ばれし民と関連か?!』とあった。
「やっぱそうだよね。石に関してだよね」
画面をスクロールすると、タイトルのすぐ下から本文が始まった。
『2月✕日、前日の夜に夜更かしをしてしまった私を叩き起こしたのは弟の声でした。』
と始まった本文は、石を発見した経緯が、まるで日記の様に書かれた記事である。
『まだ目覚めたばかりの私に、弟は「お姉ちゃん、これ見て」と不思議な石を差し出した。それは、まるで宝石の様な赤い石でした。この石を受け取った私は「この石は危険だ。禍々しい物だ。」と直感しました。そこに証拠はありませんが、その日の夕方に私の家が放火にあった事は、この記事を読む方の多くが知っている事だろうと思います。そして、燃える家を見た時に私は察しました。あの赤い石が私の家を燃やしたのだと。恐らく弟が発見した赤い石は、私を脅すために王に選ばれし民が置いていった物なのでしょう。この見解にも証拠はありません。私の勘だと言えばそれまでです。しかし、私は自分の勘を疑わない。襲われた本人だからこそ分かる勘だからです。』
「先輩……」
ここまで読んだ時、愛は確信した。『この記事は客観性を捨てて、かなり主観的に書かれている記事だ』と。
真田萌音は事件の当事者であり、王に選ばれし民は人間の常識を当て嵌める事の出来ない奇怪な存在だ。ならば、客観的な事実を積み重ねて記事を書くよりも、主観的で証拠の無い記事になってしまうのは仕方のない事だと思われるが、後輩として萌音をよく知る愛は違和感を覚えた。
「私には散々、私的な感情があり過ぎると読者は逃げるよって言っていたのに……どうしたのこれ」
部活での日々で愛は何度も萌音に注意を受けていた。他人を思いやることの出来る心を持っている愛は、社会問題を調べて記事を書くと、すぐに当事者に感情移入をしてしまい、怒りや悲しみを露わにした文章を書いてしまっていた。だから愛は、何度も萌音に注意を受けていた。
憧れの先輩の言葉は、有難いお言葉だ、愛は萌音からの注意を忘れはしない。忘れていないから、愛は違和感を覚えた。
しかも、昨日の萌音が書いた記事の最後には、
『皆さんもこの石を見付けたら、すぐに警察に通報して下さい。あなたの行動は、非道な王に選ばれし民と戦うと同じです。私と一緒に戦いましょう。人間は王に選ばれし民には負けないと分からせましょう。』
……と、まるで扇動する様な文章と、赤い石を書いた絵も載っていた。
記事を最後まで読んだ時、愛は眉間に皺を寄せて溜め息を吐いた。
「先輩は完全に暴走してる……これはやっぱり私が止めないと」
ブラウザは閉じられた。愛は再び、萌音とのトークルームを開く。




