第2話 絶望を希望に変えろ!! 3 ―タマゴの青い瞳はミルミルミルネ―
3
「ふぅ~! ここなら良いんじゃないかボッズー」
タマゴはボンを隠すのに最善の場所を見付けると、その場所にボンを下ろした。
「こいつ、本当によく寝てるなボズ。全然目を覚まさないボッズーね。でも、暫くはそうしてた方が良いぞボズ。大人しくしておけば、俺達が脱出する前にちゃんと下してやるからなボッズー。でももし、その前に起きちまったら……ひぇぇぇぇ~ドキドキだボッズー!!」
ボンの腹の上でタマゴはブルブルと体を震わせた。
廃工場のシャッターは開いたままで工場の中には二月の寒風が入り込んでくる。かなり冷える状況であるが、タマゴが震えた理由は寒さからではない。タマゴは眠るボンをおちょくったのだ。何故なら、タマゴがボンを置いた場所は工場の屋根の下を走る鉄の梁の上だから。もしもボンが目を覚まして下手に動いてしまえば、コンクリートの地面に向かって真っ逆さまに落ちてしまうだろう。そうなればボンは大怪我だ。しかし、おちょくりはしてもタマゴはボンに怪我を負わせるつもりはない。後に梁から下ろすつもりであるし、梁の上がボンを隠すに最善の場所と判断したのもタマゴがこの場所に用があったからだ。高さのあるこの場所からならば工場内を見渡せる、タマゴはこの場所で捕まっているもう一人を探すつもりなのだ。
「コレ、疲れるから本当はやりたくないんだけどねボズ……でも、約束は約束ボズ。バニラの為に頑張るんだボッズー! いや……世界を救う為だボッズー!」
工場内は暗い。暗いが、タマゴの"目"にかかれば工場内の暗闇など屁でもなくなり人探しなど容易になる。『やりたくない』と言いながらも、タマゴは早速と動き出す。タマゴはボンの体から降り、自らも梁の上に立つと工場内を見下ろした。
「はぁ!」
タマゴは大きく息を吸い込む。それから「むむむ……」と眉間に力を入れて、大きな黄色い瞳で工場内を睨んだ。
「ぐぬぬぬぬ……!! 更に更に、もっともっと!!」
タマゴは更に力を入れる。次第に口もへの字に曲がり、額にはピキピキと太い血管が浮かんだ。
血管が浮かぶと頭に被った卵の殻は大きく揺れて、工場内を睨む瞳には変化が現れ始めた。中央の黒目はそのままに、その黒目から瞳全体へ広がる様に瞳の色は黄色から青色へと変わっていく。
「ぐぐぐぐぐ……!!!」
タマゴはまだまだ力を緩めない。
青色は広がっていく。黄色は消える。
そして、一分足らずでタマゴの瞳は完全に青色へと変わった。
「んぅ~~!」
その青い瞳で工場内を見回し始め、
「あっ?!」
直後、タマゴは小首を傾げた。その瞳は工場内の一点を見詰めている。
「………ッ!!!」
タマゴは息を止め、更に瞳に力を入れる。
晴天の空の様な青さが更に濃くなってネイビーブルーへと変わる。
額に浮かんだ血管もドクドクと脈打つ。
睨む、睨む、睨む………
もっともっと! と睨む……
そして、暫くすると一度のまばたきを挟み「ぷはぁ……!!!」と大きく息を吸い込み、タマゴは一気に力を抜いた。
「やれやれ……ボズ。こりゃ三個じゃちと足りなかったかもなボッズー」
まるで枯れた花の様にだらけたタマゴは「ふぅ……」と息を吐き出すと 「聞こえるか……ボズ?」何者かに向かって呼び掛けた。
「どうだ? 何か分かったか?」
すると、何処からか声が聞こえた。それは少年の声。タマゴの呼び掛けに応じた少年の声は囁く様にとても小さい。
「うん……分かったぜボズ……疲れたでボズよ」
「ごめん、ありがとな。助かるぜ。で、どうなんだ何処に居るんだ?」
「ちょっと待ってろ、分かりやすい様に"まばたきして写真撮った"から、今からそっちに送るボッズー」
そう言うと、タマゴは瞼を閉じた。
―――――
少年は暗闇の中にいた。
部屋を出た後の少年は急いで一階へと下りた。それから息を潜めて工場の中を進んだ。工場は広かった。壁伝いに歩きながら、『永遠と続く暗闇の世界へと足を踏み入れてしまったのではないか』と錯覚してしまいそうになった程だ。工場の最奥部と思われる場所で突き当たりに出会った時、少年は安堵し、その場所で腰を下ろした。
「おっと……」
暫くすると暗闇の中に光が灯った。
それは少年の腕時計から発せられた光だ。
工場内を見ていた少年は、腕時計が光ると立て膝で座っていた体を反転させ、壁を向いてダウンの右の裾でその光を隠した。
光が隠れると、続けて少年は、立てた膝に腕時計の大きな文字盤を押し当てる。すると文字盤の中央には真っ直ぐな縦筋が走った。その縦筋を中心に文字盤は左右に開いていく。金色の縁に吸い込まれる様に文字盤が消えると腕時計には空洞が残った。その中から半透明の立体映像が飛び出してくる。飛び出した映像、それはタマゴの顔だ。映像は文字盤と同じくらいの大きさで、白く眩く輝き、まるで本物のタマゴが飛び出してきたかと思わせる程に立体的――
「どうだ? 何か分かったか?」
と、少年は映像に向かって聞いた。
「うん……分かったぜボズ……疲れたでボズよ」
少年が聞くと、立体映像のタマゴは答える。
「ごめん、ありがとな。助かるぜ。で、どうなんだ何処に居るんだ?」
「ちょっと待ってろ、分かりやすい様にまばたきして写真撮ったから、今からそっちに送るボッズー」
タマゴがそう言うと、タマゴの映像は腕時計の空洞の中へと吸い込まれていく。次に腕時計から飛び出した物は赤外線カメラで撮った様な写真。その写真は一つの部屋を斜め上から写している。
「ん? これは……」
写真にはリーダー格の男と思わしきシルエットと、もう一人が写っていた。
写っているもう一人は、手足を縛られ横たわっている。
少年はそのシルエットを見た瞬間に思った。
― 子供だ……
「もしもし、届いたかボズ? 聞こえてるかボズ?」
送られてきた写真はそのままに、腕時計からはタマゴの声が聞こえてくる。
「あ……あぁ、届いてるし、聞こえてる」
答えた少年の声は震えていた。その手もまた、拳を作って震えている。その理由は怒りだ。捕らわれた子供の姿を見た瞬間に、三人組の男達への怒りが込み上がってきたのだ。
「なら良かったボズ。お前、いま工場の隅っこにいるだろ? 俺の目では良く見えてるぞボッズー。その写真の場所はな、お前が今いるその場所の丁度反対側だボズ。そこから左に真っ直ぐに行った所に部屋があるんだけどなボッズー、そこに居るボズ」
「……あっちか」
少年はタマゴが教えてくれた方向を睨んだ。
「分かった、ありがとう。捕まってるのは子供だよな?」
「うん。お前の予想が当たったなボズ」
「そうだな……」
「これからどうしたら良いボズか?」
「この部屋に乗り込む事、出来るか?」
「俺がかボズ? うん、お安いご用だボズよ。お前は?」
「俺は、兄貴とチョウの二人をぶっ飛ばす! その間に、お前はこの子を助けてやってくれ!!」
怒りも露に少年は、歯を食い縛りながらタマゴに言った。
が、しかしタマゴは――
「お前が戦うのかボズ、それは駄目だボズよ……」
首を横に振った。
「え……なんでだよ?」
「なんでじゃないボズよ。 お前、勘違いしてるんじゃないのかボズ、相手は人間だぞボズ!」
「そんなの分かってるよ」
「いや、分かってないボズ!」
タマゴはピシャリと言い放つ。
「良いか、そうなるとお前はアイツらと"生身で"戦わなきゃならないんだぞボッズー!」
「そうだよ、分かってるって」
「だから、分かってないボッズー!」
腕時計から聞こえるタマゴの声は激しくなった。甲高い声が更に高くなっていく。
「相手が人間なら、例えどんな事があっても、お前は"そのままの姿"で戦わなきゃいけないんだぞボズ! 思い出してみろ、兄貴って呼ばれてる奴が持ってたナイフを……あの鋭い刃をお前はちゃんと見たかボズ? 俺は見たぞ! あんなのに刺されたらタダじゃ済まないぞボッズー!」
「そんなの大丈夫だって! お前は知ってるだろ、俺は"今日"の為に鍛え続けてきた! アイツなんかにやられる俺じゃ――」
「お前が頑張ってきた事は俺が一番分かってるつもりだボズよ!」
「だったら――」
「いんや、駄目だボッズー!」
タマゴは少年の主張を受け入れようとはしてくれなかった――当然だ、タマゴの中にも"確たるモノ"があるからこそ、首を縦には振らないのだから。
「良いか、今から言う事はこれからの戦いにも言える事だぞボズ! 絶対に自分を過信するな! 戦う相手は自分より強いと思え! 傲らず『もしも』を考えて行動しろボズ、そのもしもが起こす代償を頭に入れて行動しろボッズー! さっきまでのお前はそれが出来てただろボズ? なんでお前はいつも自分の事となるとそんないい加減になるんだボズ? まずは自分の事を一番に考えるんだボッズー! お前が怪我をしたらどうなる? お前には世界の命運がかかってるんだぞボッズー! 世界を救うのがお前の使命だボッズー!」
「分かって……」
三度目の『分かってる』、少年はそれを言おうとした。だが止めにした。『タマゴの言い分は何も間違っていない』と少年は思ったからだ。
― 世界を救うためには、俺はここを無事に脱出しなきゃいけない。もしも俺が怪我をしたら、いや……もっと言えば殺されてしまったとしたら、男達に捕まった子を助けるどころか、世界中のみんなの命が………はぁ、馬鹿だな俺は。分かっているつもりだった。昔から"今日"を"明日"へと繋げるために頑張ってきたのに……
自己犠牲のつもりは無かった、死ぬつもりもなかった。危険に晒された子供の姿を眼前に見て『早く助けなくては』と躍起になってしまっただけだ。しかし、タマゴからの言葉で少年は冷静さを取り戻した。少年はボンを倒した時の言葉をもう一度自分自身に語りかける。
― 焦ってはダメだ。慎重にいけ、慎重に……
そして、少年はタマゴが言った身震いする程の事実をもう一度頭に叩き込んだ。
― 俺には世界の命運がかかってるんだ。俺がやられたら、世界中の命が消える……