第2話 狐目の怪しい男 7 ―正義の昔話―
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愛が佳代の話を聞いている時、正義はまだ勇気の家に居た。
「おっ、この花壇! 懐かしいなぁ~~」
「ん? あぁそれか。ミニトマトとか植えたよな」
「うん! うん!」
二人は小学校の卒業アルバムを見ていた。正義は小学五年生で転校してしまったから、輝ヶ丘小学校の卒業アルバムは持っていない。アルバムに載っている数々の写真を見て、懐かしさに浸っていた。
「ミニトマトも植えたけどさ、小一の頃に、えっと何の花だったかな?それは思い出せねぇな。とりあえず、この花壇にめっちゃ綺麗な花が咲いてたんだよ!」
「ほぉ……そうなのか」
「前年に卒業した六年生が育ててた花らしいんだけど、めちゃめちゃ綺麗でさ。休み時間になるといっつも見に行ってたんだ」
「お前が? 花を愛でるなんて、そんな繊細な気持ちを持っていたのか?」
勇気が皮肉たっぷりな笑顔を向けると、正義はテーブルの上に広げたアルバムから顔をあげた。
「おいおい、あるよ、ありますよ! これでも昔は、花の図鑑とかめっちゃ読んでたんだぜ!」
「図鑑を? お前が? お前の部屋にそんな物はなかったぞ?妹の華ちゃんの部屋にはあったと思うが?」
「それは俺が華にあげたヤツ! 勇気が転校してきた頃には、俺の部屋には無かっただけ……って、そんなのどうでも良いわ。とにかく好きだったんだよ、花壇に咲いてた花が!」
「ほぉ、そうか、そうか。それじゃあ、そのまま育てば今みたいにガサツにならずに済んだのにな、とても残念だ」
「おい~~! 茶化すなってぇ!」
正義が牙を剥く様な表情を見せると、流石に勇気も「すまん、すまん」と口にした。
「からかい過ぎたな、冗談だよ。……そっか、その花はお前にとっては想い出の花なんだな?」
「あぁ……あっ、いや、待て。そうだ、そうだった、あの花には苦い想い出つーか、黒歴史つーか、好きなだけじゃなかった想い出があったんだった」
正義はバツの悪い顔をした。それから、ポリポリと額を掻く。
「好きなだけじゃない? なんだそれは?」
「えっとな、俺、その花が好き過ぎて、好き過ぎて……ハサミで切っちまったんだよ。茎の部分をチョキンって切って、花の所だけを持ってかえっちまったんだよ」
「はぁあ? おい……何でそんな事を?」
「う~ん……そりゃそんな顔するわな。そりゃそうだよ。今思えば俺もおかしいと思う。でも、当時の俺は今よりももっと馬鹿でさ、ピカリマートに並んでる商品と花壇に咲いてる花を同じに考えてたんだよ。ハサミで切っても、また明日には元通りになってるって思ってたんだ。いや、マジでさ。で、何がしたかったかって言うと、好きな花を母ちゃん達にもプレゼントしたいって思っちまったんだ……」
「プレゼントか、まぁ子供らしい考えと言えばそうか」
「袋に詰めて、隆とか友達に配って、それから父ちゃんと母ちゃんに、華にも配って回って、んで……愛の所に持ってった時だな。俺、バチンッてビンタされちゃってさ」
「桃井に?」
「あぁ……愛にだ。んで、すげぇ剣幕で怒鳴られたんだ。『これじゃあ、お花が好きだった人がもう見れないじゃん』って、『せっちゃん以外にもいたのを知らないの』って。『蝶々がお花の蜜を吸いに来てたの知ってる? あの子たちが可哀想だよ』ってさ……。他にも、『お花を育ててくれた卒業生が知ったら悲しむよ』って……」
正義は話している内に記憶だけじゃなく、その時に感じた感情も鮮明に思い出していた。その日にした猛省が甦ってくる。
「『お花が死んじゃったって分からないの? 死んじゃった命はもう戻ってないんだよ、お花の命も人の命もおんなじなのに、なんでそんな簡単に可哀想な事ができるの』って」
「叱られたんだな……大分」
勇気も愛と長い付き合いだ。話を聞いているだけで、愛の剣幕を容易に想像出来た。言葉の言い方も、声の大きさも、声の高さも、具体的に。
「あぁ、大分な。コテンパンだよ……でも、当時の俺は馬鹿過ぎたから、馬鹿な自分をすぐに認められなくてさ。愛に言い返しちまったんだ、『お前にあげるために持ってきたのになんでそんな言うんだよ!』ってさ……で、更に叱られた。『わたし、せっちゃんが好きだから言ってるのに、なんで分かってくれないの?』って。『せっちゃんは友達だから言ってるのに、このままじゃせっちゃんが悪い事続けちゃうかもって心配してるから言ってるのに』ってさ……」
正義は頭をガリガリと掻いた。
「申し訳ねぇなぁ……結局、その時の俺は自分の非を認められなくてさ。すぐにごめんって言えなかった。次の日まで延ばしちまったよ」
「でも、次の日には言ったのか」
「うん……したら、『わたしに謝るんじゃなくてお花に謝って』って言うんだよ。『お花のお墓作りに行こう』って俺の手を引いてさ。花をあげた人達の所に行って、回収して回ってさ。最後は花壇に墓を作って、花を埋めたんだ」
「そうか……」と勇気が相槌を打ちつつ頷くと、正義は「マジで最悪だよ……当時の俺は。でもさ、俺はその時に思ったんだ」と返した。
「誰かを……いや、人間だけじゃない、この世にある全ての命を愛する事が出来る人って、きっと愛みたいな人なんだろうなってさ、スゲーなぁって」
「そうだな。彼女はそうだな。俺も、彼女が愛情深い人物だと認識したのも、花に関連する出来事だったしな」
「え? そうなのか?」
「あぁ、お前はいつも遅刻ギリギリで学校に来ていたから、何も知らないだろうけどな」
「え? 何それ? 教えろよ」
「いいや、『せっちゃんには秘密』と当時言われたからな」
「えぇ、何それ! 気になるぁ!!」
「いやぁ、ダメだ。それより、成る程な。お前が前に言っていた、桃井から《愛の心》を教わったというのはその時の事なんだろ?」
「へ? あ……あぁ、そうそう! まぁ、まだまだ他にもあるんだけどな、アイツとのエピソードで、こういう事って事欠かねぇし! へへっ、 あっそうそう因みにさ、ビンタされた場所ってのは、あそこだよ、山下のチョコとか並んでる棚の所! あそこでバチンッてさ!!」
そして、正義はアルバムのページを捲った。
「あっ! 山田だ! 山田、元気にしってかなぁ?」




