第2話 狐目の怪しい男 3 ―ストーカー男が何をしたのか―
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「でも、今度は萌音ちゃんなんだよ……」
「え? 真田先輩??」
「そう……ストーカー男は今度は萌音ちゃんの周りをうろつき始めたんだ。でもね、今度のストーカー男は恋心で萌音ちゃんを狙い始めたんじゃなく、もっと酷いものだった。男は萌音ちゃんを逆恨みして動き始めたんだ」
佳代はそう言うと茶を啜った。湯呑みの中は殆んど空だ。
「あれは……アヤカちゃんの件が解決してから、どれくらいが経った頃だったかね」
湯呑みに手を添えたまま、佳代は考える様に首を捻る。それから、「そうだ、丁度萌音ちゃんが有名になり始めた頃だ」と呟く。
「毎日毎日忙しくしていた萌音ちゃんがね、『最近、誰かに見られてる気がする』って相談しに来たんだよ。その話を聞いた私は、あの子に変なファンが付いたんじゃないかって心配したんだけど、萌音ちゃんは『違うと思う』って言うの。『アヤカをストーカーしてた男をこの前見かけた。あの男だと思う』って言うんだよ。でもね、アヤカちゃんの時とは違って、留守電とか証拠になるものが無くてね。私達は暫く様子を見る事にしたんだよ。『何かがあればすぐに警察に連絡すれば良い』って思っていたからね。でも、それから何日くらいだったか、一週間は経ってないよ、たった数日だね、現れたんだよ、萌音ちゃんの前に、ストーカー男が――」
佳代は寒気を感じたのか腕を擦り、冷めきったお茶を飲み干した。それから机に置いていた急須に手を伸ばし、お茶を足す。
「その時の男はね、強盗が被るみたいなマスクを被っていたんだ。頭から被って目だけが見えるマスクって言えば分かるかな? それと、ナイフ……」
「ナイフ、マジかよ……!!」
正義の肌も粟立った。
佳代も萌音も無事でいるとは知ってはいるが、話の続きを聞くのが恐ろしくなる。
「場所はこの店の近くなのよ。萌音ちゃんは部活終わりで、帰宅前にウチへ寄っていたの……ストーカー男はその日も萌音ちゃんに付きまとっていたのか、それとも萌音ちゃんがウチによく来ると調べていたのかは分からないけど、ウチの近くで待ち伏せしていたのよ。この店の周辺って、十九時を過ぎると子供達も居なくなって静かになるだろう……そんな時刻だね。しかも運が悪い事に、その日の萌音ちゃんは徒歩だった。普段は自転車を使っているんだけど鍵を失くしちゃっていたんだ。自転車だったなら、男に何かされる前に逃げられたかもしれないけど、そうじゃなかった。ストーカー男は萌音ちゃんに向かってナイフを見せて、こう言ったって『アヤカを誑かしたのはお前か、俺がストーカーだって吹き込んだのはお前だろ』って」
「誑かしたに、吹き込んだって……大分逆恨みがヒドイなぁ」
ボソリと呟くと、正義の手は頭に向かっていった。
その目は机の上に束になって置かれた怪文書を睨み、髪の毛は掻き回される。男の凶行に話が及ぶと、正義の頭の中で思考がぐるぐると回り始めたのだ――
「それから男は、ナイフを振りかざしてきて、萌音ちゃんは急いで逃げたんだ。あの子は走って、来た道を戻ったの。この店に逃げ込んだのよ……」
「山下に?」
「そうよ、私は閉店準備をしていてね。逃げ込んできた萌音ちゃんに驚いちゃって、何があったのか聞いたんだけど、そのすぐ後にストーカー男も走り込んできたから、全部を察したよ。だから私は急いで萌音ちゃんを二階に逃がしたの――」
佳代はレジカウンター……と謂うよりも『帳場』の後ろに見える階段を指差した。
「それからの私は無我夢中だよ。ストーカー男に『今すぐここを出ていけ! 警察を呼ぶぞ!』って怒鳴りながら、向かっていったんだ。『萌音ちゃんを守る為になら何でもする』って気持ちだったからね。これでも昔々は柔道をやっていたから、今でも細身の男ぐらいは投げ飛ばせると思っていたんだ、でもダメだった。歳を取るのは嫌だね。男を投げるどころか、男に向かう途中で躓いてしまって私は倒れてしまった。そんな私にストーカー男は乗り掛かってきた……」
「えっ……!」
正義は想像の中で『バッチャンに何すんだ!!』とストーカー男に殴り掛かった。しかし、それは想像でしかなく事件現場には正義は居なかった。『それでは誰が助けたんだ?』と固唾を飲んで次の言葉を待つと、
「私は覚悟を決めたよ『これは殺られる』って。でも声がしたんだ。『カヨちゃんに何すんだ!』って声が――」
「えっ、その声って?!」
正義は想像の中の自分と似た台詞に驚いた。
「萌音ちゃんだよ、二階に逃げた筈のあの子が戻ってきたんだ。そして、私に乗り掛かろうと屈み込んだストーカー男の顔を、勢い良く蹴り上げたんだよ」
「真田先輩がバッチャンを助けたのか!」
「そうなんだ、蹴られたストーカー男も、正義ちゃんと同じで凄く驚いていたよ。蹴られた拍子に床に尻餅をついてね、被っていたマスクが半分まで捲れて、泡を食った顔が見えたよ……反撃されるとは思っていなかったんだろうね。それからストーカー男はすぐに立ち上がったんだけど、男が落としたナイフを私が拾って『この野郎!』って向けると、アイツはへっぴり腰になってね。すぐに捨て台詞を吐いて出ていったんだ」
「どんな捨て台詞?」と正義が聞くと、
「『お前への恨み、一生忘れない、覚えておけ』って台詞だよ」
……と佳代は教えてくれた。
「お前への恨み、一生忘れない……大分物騒だな」
ストーカー男の捨て台詞を聞いた正義は、いつの間にか握っていた拳を開き、また頭に伸ばした――が、その手はすぐに止まった。佳代が「その後すぐに、私と萌音ちゃんは腹を抱えて笑い合ったんだ」と言ったからだ。
「えっ、笑い合った? そんな怖い思いをしたのに?」
「そうだよ、だって萌音ちゃんが言うんだ。『私、カヨちゃんに助けてもらいたくて山下に来たのに、気付いたらカヨちゃんを助けちゃってた!』って、ビックリした顔をしてね。だから二人で笑っちゃったの」
その時と同じ笑顔だろう、佳代は大きな笑顔を見せた。
「あとで聞いたらあの子、二階に逃げようとした時にダメダメって思ったって言うの。『カヨちゃんも連れていかなきゃ』って、そして戻ってきたら私が襲われかけてて、気付いたら男を蹴っちゃってたって」
「へへっ! そっか、真田先輩って勇気のある人なんだね!」
正義はこれまで神妙な顔をして佳代の話を聞いていたが、少し表情が綻んだ。同じく神妙だった佳代が笑顔を見せたからだ。
「そうだよ。萌音ちゃんは、すごく優しい子だし、愛情もある子だよ。キラキラした目をしているんだ。あっ、正義ちゃんの目も同じだね。優しい目、キラキラしている目だね」
「俺の目も? 俺の目ってキラキラしてるの?」
「してるよ、良い子の目だよ」
「へへっ、良い子か! こりゃあ、照れちゃうなぁ!!」
「照れることないよ、だって正義ちゃんは良い子なんだから」
二人の会話は暫し脱線し、佳代は正義が良い子である証拠として、彼女が知っている正義の昔話を二つ、三つとあげた。
褒められた正義の笑顔はニカッとしたものから、照れ笑いへと変わり、頬も染まった。その赤みが少し消えてきた時、正義はやっと話の場所を元へと戻した。
「でぇ、バッチャン? ストーカー男の話なんだけど、その後男はどうなったの? 警察には通報したんでしょ?」
正義は当然に"そうしている"と思っていた。が、この質問に佳代は「いやね、それがしていなんだよ」と答えた。
「えっ、なんで?」
正義が首を傾げると、「萌音ちゃんの将来に関わると思ってね」と佳代は言った。
「この頃の萌音ちゃんは、夢に向かって第一歩を踏み出したばかりだったんだよ。現在のあの子はパソコンで見れるニュースで記者をやっているんでしょ? その誘いが来たばかりの頃だったんだ。だから、トラブルがある子だって思われると、折角の良いお話が立ち消えになってしまうかもって思って。警察にはいわないって、私は決めてしまったんだ。ストーカー男も痛い目を見たし、塾の講師をしていたくらいの男だから、頭は悪くない筈だろう? これ以上悪さをすれば、自分がどうなるか考えられると思ったんだ……でも、それは間違いだったみたいだね。まさか怪文書をばら蒔いて、また現れるなんて――」
佳代の笑顔は消えた。反省する様に体を丸め、暗い顔をして項垂れてしまう。
「バッチャンは悪くねぇよ、悪いのはストーカー男だ!」と正義は励ますが、「ありがとうね、正義ちゃん」と言うだけで、佳代の瞳は潤んでいた。
――佳代が知っているストーカー男に関しての出来事はここまでだった。
落ち込んでしまった佳代が心配ではあったが、話を聞き終えた正義は、程無くして山下商店を出た。「バッチャン、また来るからね。今日はありがとね!」と添えて。
そして、山下商店を出た正義はすぐに頭を掻き回し始める。
「怪文書の文面だけを見れば、新しいバケモノは無差別的に犯行をやってる様に思えるけど……でも、バッチャンの話を聞いた後じゃ、印象が違ってくるな。『お前への恨み、一生忘れない……』か。こりゃ、もしかしたら、始めから真田先輩を狙った事件なのかも」
頭を掻き回す正義は秘密基地へ戻ると、深夜からの活動で疲れた頭を冴えさせる為に仮眠を取った。
僅かな睡眠であったが、目が覚めた後、正義はすぐに動いた。
向かうは勇気の家だ。勇気の意見が欲しかったからだ。




