第1話 血色の怪文書 15 ―カサカサ……ガサガサ……―
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駅前公園に到着したセイギとボッズーは、早速と被害にあった花壇に足を踏み入れた。
「くそぉ……ヒデェ事しやがって!」
立ち入り禁止のテープを乗り越えた直後、セイギは思わず拳を握ってしまう。
駅前公園の花壇は『太陽の花壇』という名称の直径七mにも及ぶ大型の円形花壇である。
輝ヶ丘のフォトスポットとしても有名な場所であると同時に、セイギにとっては幼い頃の想い出が詰まった場所でもあった。
「綺麗な花が咲いてんのを、ついこの間、勇気達と見たばっかなのに……」
『太陽の花壇』の名前の通りに、花壇には四季折々の花を使って"太陽"が描かれていたのだが、現在は見るも無惨、全てが灰だ。
「こんなの、母ちゃんが見たら悲しむぜ……」
セイギは拳を開き、花壇に向かって屈み込んだ。
セイギは幼稚園の頃、毎日駅前公園に来ていた。目的はそれこそ太陽の花壇を見る為だ。
その頃の正義はまだ三歳で、昆虫図鑑や花の図鑑に熱中していた。そんな正義に、本物の花や昆虫を見せたいと、母が連れてきてくれていたのだ。
そして正義の母、陽子は『あのお花は何?』『あそこにいる点々の虫さんは誰?』と正義にクイズを出した。『チューリップだよ!』『てんとう虫だよ!』と答える度に陽子は優しい笑顔を送ってくれた。
「くそぉ……」
想い出の場所が破壊されても、セイギには時間を巻き戻す能力はない。
出来る事は、灰の中を探る事だけだった。
「むむぅ……ここも難しそうだなボズ。時間がかかるなこれは……」
ボッズーが嘆いた。
花壇の広さは約五十平米はある。
「ミルミルミルネモードで全体を見てやろうと思ったけど、ダメだ……視界が霞んできたぞボズ……」
二人が調査を開始したのは深夜二時だった。それが既に四時を回っている。《ミルミルミルネモード》を使い続けたボッズーの限界は近かった。
「少し休むか? 俺、ジュースでも買ってくるよ」
まだまだ調べたいのが本音だが、ボッズーをよく知るセイギは、ボッズーの限界が近いとも分かる。
しかしボッズーは「ううん……」と首を振った。
「このまま最後までやるだボズよ……下手に休めば、逆に疲れがドッと出て、今日はもうミルミルミルネモードに変形出来なくなるかも知れないボズ。そんな事になったら、折角の調査が中途半端に終わるだボズよ。そんなの俺は嫌だボズ」
「本当に、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だボズよ。俺を信用しろ。その代わり、帰りにバニラアイスを買ってくれボッズー!」
ボッズーは《ミルミルミルネモード》の青い瞳を向けて小さく笑った。
「うん……分かったよ。お安いご用だ」
ボッズーが「三個だボズよ!」と付け足すと、セイギは仮面の奥で「へへっ!」と笑い、それからの二人は黙々と灰の中を探り始めた。
カサカサ……
風が吹いた。公園内を囲むように生える木々の葉が踊り、音を立てる。
カサカサ……
風は吹き続け、音は続いた。
黒い灰と黒い土しか見ていないセイギとボッズーは、暗闇に差した音を心地よいと感じて集中して捜索に当たれた。
セイギは思った。
『やっぱ自然と人間は友達なんだ』と。『木や葉っぱ達が、俺達に応援歌を歌ってくれているんだ』と。
しかし、
カサカサ……
カサカサ……
ガサガサ………
異音が混じった。
この音は二人の後方から聞こえたものだが、セイギもボッズーも特に反応はしなかった。
何故なら、木々の葉が揺れる音も、異音も、二人には自然が立てた音にしか聞こえなかったからだ。
だが、
「無駄だよ……」
「え?!」
背後から声がした。二人はお互いの顔を見合う。
「そんな所には何もありはしない」
また声がした。ガサガサと音が聞こえたのと同じ方向から。
「……ボッズー」
「……セイギ」
二人は石の捜索を止め、ほぼ同時に振り向く――すると、セイギ達の後方、目視で五mも離れてはいない場所に、規則的に並ぶ電灯の内の一本の下に、人影があった。
それは茶色のコートを着た、眼鏡をかけた男だ。
コートの下には灰色のジャケットも見える。
地味ではあるが、何処にでもいそうな男だ。
だが、男を見付けた瞬間にセイギもボッズーも不気味な雰囲気を感じた。
その理由は簡単だ。男が笑っていたからだ。二人を嘲る様な笑顔で。狐の様な吊り上がった目で笑っていたからだ。
「セイギ、アイツが手に持っている物ってもしかして?」
「あぁ……」
セイギは頷いた。
セイギもボッズーも男の笑顔の次に目を付けた物は同じだった。それは男が左手に持つ紙の束だ。そしてまた風が吹いた。男が持つ紙束が風に吹かれ『ガサガサ』と音を立てて捲れる。
「やっぱりボズ……」
「遂に現れたか……」
セイギとボッズーは頷き合う――ボッズーが言った『もしかして?』の答えは風が教えてくれた。捲れた紙にはあったのだ、"血色の文字"が。




