第2話 絶望を希望に変えろ!! 2 ―三個だボズ―
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「おうよッッ!! 仕方ないボッズーねッ! 今日はトコトンお前についていくだボッズーよ! お前を信じるボッズー!!!」
タマゴは威勢良く吠え、鼻息荒く頷いた。
「六年前にお前は『世界は俺が救う』って誓ったんだもんボッズーね! その戦いは既に始まってるんだボズ!」
「へへっ! そうだぜ! よく分かってんじゃん!!」
タマゴは少年の心を、正義の心を信じる事にしたのだ。
『顔も知らぬ誰かを助けようとする心、その心が世界を救い、その心を裏切れば世界は悪の手に堕ちる……もしも、この世界に本当に神様がいるのならば、今の自分にそう教えてくれている』とタマゴは思ったのだ。
「さぁ~て! それじゃあ何をするボッズーか? 勿論お前は俺にも何かやらせるつもりなんだろボズ? あぁ~でも、あまり疲れるような事はやめてくれよ! こう見えても俺の体は繊細なんだからなボッズー!!」
と言いながらも、タマゴの表情を見れば分かる。タマゴのやる気は満々だ。
「へへっ! 切り替え早ぇなぁ!」
対する少年は感激していた。タマゴが自分を信じてくれた事に、タマゴから感じる友情に。
「ほらほら、笑ってる場合じゃないボッズー! 俺達には時間が無いんだぞボズ! 何をしたら良いんだボズか、早く指示をしろボッズー!!」
タマゴは短い腕を組み、再び荒い鼻息を噴射した。
「へへっ! そうだな! んじゃあ、まずはこの坊主頭のボンをどっかに隠してもらいたい!」
「ほほん! 簡単だボズな! 隠すのはどこでも良いのかボズ?」
「あぁ、工場ん中は暗い、場所は任せる。チョウが戻ってきた時にコイツが気絶してるのを見付けたら厄介だからな!」
「ほいやっさ! 了解!了解ッ! そんなモン楽々だボズ!」
タマゴは気前良く返事をすると、ボンの胸の上へと降りていく。
「ほら、よっこいしょ!」
タマゴはボンが着たポロシャツの襟元をアヒルの足に似た足でむんずと掴むと『よっこいしょ!』と言いながらも軽々しく持ち上げた。
失神して手足をぶらりと垂らしたボンの体は少年の目の高さまで上がった。
ボンは小柄だが腕は筋肉質で胸板も厚い。ガッツリと鍛えている感じの体つきだ。そんなボンを体長三十センチ程のタマゴが宙に浮かせてしまう。しかし、タマゴの顔は汗一つかかない。いたって普通だ。
「んで、コイツを隠したら次は何をしたら良いんだボズ? まだ何かあるんだろ?」
タマゴはボンを持ったまま少年に尋ねた。
「うん、へへぇ……」
少年は頭を掻いた。頭を掻くのは少年が困った時や考え事をする時の癖だ。浮かべていた笑顔も苦笑いに変わる。その理由はこれから自分がする要求がタマゴにとって少しキツイ要求になるとタマゴをよく知る少年は分かっているからだ。が、よく知っているからこそ、今は"タマゴの能力"に頼るのが一番だとも少年は分かっている――だから、お願いをする。
「お前の"目"を使って、この工場に捕まってるもう一人の居場所を探してほしいんだ」
少年はタマゴを指差した。
「目ぇ! あぁ~やっぱりかぁ~~!!」
少年が要求すると、間髪入れずにタマゴは叫んだ。
「ソレがくるとは思ってたんだボズよね……んじゃあ、三個ね! 三個だボズよ!!」
「へへっ! やってくれるか!」
タマゴが言うと少年の顔に再びニカッとした笑顔が戻った。
続けて少年は「味はバニラで良いんだよな?」とタマゴに聞いた。
「うん! 勿論だボッズー!!」
タマゴが言った『三個だボズ』とは、少年の要求に対しての対価の請求だ。
『それは何か?』と聞かなくてもタマゴと付き合いの長い少年はソレが何かを分かっている。ソレはアイスクリーム。それもバニラアイス。食べても食べても飽き足らないくらいのタマゴの大好物である。
「三個も食えるのかぁ~!! ぐへへぇ~~楽しみだなボズぅ~~!!」
タマゴは瞳を輝かせ、ジュルリと涎を啜った。
「んで、探すのは女の人で良いんだボッズーね?」
「う~ん……やっぱ性別が分かってる方が探しやすいか?」
「そうだボズね。性別とか、年齢とか、体格だボズね。なんだボッズー、どうしたんだ? 女性の筈だろ? だって、お前がボンたちのリーダーを怪しみ始めたのは『仮面バイカーダンボールジョーカー』の人形を見付けた時からだろボズ? リュックの中に居たからって、そんくらいは分かってるだボズよ!」
「おっと、流石だな。その通り!」
「その怪しんだ理由はよく分かんなかったけど、お前の様子が変になったのは分かっただボズよ。そん時、お前は聞いたよなボズ『これはお兄さんのですか?』って、そしたらアイツは『この間乗せた女のだ』って答えたボズ。俺は全部聞いてたぜボッズー。だから、お前は女の人が拐われているって思ったんじゃないのかボッズー?」
このタマゴの質問に、
「う~ん……いんや……」
少年は考え込む様な表情で頭を掻いた。
「実はな、俺はその言葉を信用しなかったんだよ。まずな、俺が何で『ダンボールジョーカー』を見付けてアイツを怪しんだかって説明をするとさ、その『この間』って言葉なんだよ」
「それが変だったのかボズ?」
「うん、あの『ダンボールジョーカー』ってさ、コンビニくじの景品なんだよ。覚えてるか? 俺が去年あのくじめっちゃ買わされたの」
「うん、覚えてるボズよ」
昨年少年は『仮面バイカーシリーズ』が大好きな妹に再三再四とくじの購入をおねだりされて大きな出費を経験していた。
その事は間近で見ていたタマゴも知っている。
「だからさ、今年はいつ始まんのかなぁ~って前々から調べてたんだよ。妹って結構強引なとこあんじゃん? 去年だって『もう無理!』って言ってんのに、何度もねだってきてさ、結局俺のこずかい丸々注げ込むくらいになっちゃって……」
「うん、うん」
話を聞いている内にタマゴの脳裏では昨年の少年の姿が鮮明に浮かんだ。財布の中身を確認しては溜め息をつく少年の姿が。
「だから、くじの発売があんまり早いと困んなぁ~って。 "今日"の為のお金がちゃんと貯まんないんじゃないかなぁ~ってさ」
「で、それはいつだったんだボズ?」
タマゴは少年に答えを促した。少年の話が少し愚痴の方向に傾いてしまっていると思ったから。
「それなんだよ!」
が、別に傾いていた訳ではない。少年は説明をしていただけだ。少年はダウンジャケットのポケットに手を突っ込むと『ダンボールジョーカー』の人形を取り出した。
「コレの発売日、それさ "今日"なんだよ」
「へ? 今日ボズか?」
タマゴは目を大きく開いた。
足で掴んだボンを一瞬落としそうになる。
「あぁ、だから変だろ? あの兄貴って奴が言った『この間』ってのはさ。これ、今日からしか買えないのにさ。まぁ勘違いでそう言ったのかもとも考えたよ。でも男に探りを入れてみたら、トラックには『昨日の夜中からずっと乗ってる』って言ったんだ。おかしいだろ? 昨日の夜中からずっと乗ってて今日発売のこの人形が落ちてるなら、アイツが知らない訳がないんだ。いや、人形に気付かなかったにしてもさ、誰が落としたのかの心当たりは必ずある筈なのに、何故かアイツは『この間の女が』って答えた。まるで今日は誰もあのトラックに乗らなかったかの様にさ。だから、俺はアイツが何か嘘をついている。俺を騙そうとしているって思ったんだ」
これが少年がリーダー格の男の怪しさに気付いた切っ掛けだ。それはほんの少しのミス。男はたった一言の誤魔化しで、少年に疑われる切っ掛けを自ら作ってしまっていたのだ。
「じゃあ、アイツが言ってた『この間の女』とは違う人が捕まってるって事になるのかボズ?」
「う~ん……」と少年は人差し指で頭をポリポリと掻いた。
「咄嗟に嘘をつく時って、本当の真逆を言いがちじゃね?」
「う~ん……そうなのかボズ?」
「うん、そんな気がするんだ。それに――」
少年は手に持つ『ダンボールジョーカー』の人形を見詰めた。
「――やっぱ、『仮面バイカー』って子供のヒーローだろ? なんか、子供って気もするんだ」
「じゃあ、子供が捕まって?」
「うん、確証はないけどな」
「そっか、分かった。それじゃあ、とりあえず子供って事で探してみるぞボッズー!」
「あぁ、頼むぜ」とタマゴに向かってニカッとした笑顔を見せた少年は、それから自分のリュックに近付いていく。
「俺はこの部屋を出て、適当な場所に隠れるよ、だから発見したらこっちに連絡をくれ!」
そう言って少年はリュックの中から"金色の縁に白い大きな文字盤"がある腕時計を取り出した。
その腕時計の大きな文字盤の中には、小さな文字盤が無数にあり、秒針分針時針も多く、ねじ曲がった針や反時計回りをする針すらある。『時刻を知りたければ他を当たれ』と言いたげな妙な時計である。
「うん、腕時計にな! 分かったぜボッズー!」
そして『こっちに連絡をくれ!』と言われても、『腕時計にどうやって?』と思うのが普通だろうが、タマゴはその方法と意味を知っている。少年の言葉にただコクリと頷いただけ。
――それから少年とタマゴは部屋を脱出し、工場の暗闇の中に飛び込んでいった。