第1話 血色の怪文書 12 ―走れ!愛!!―
12
輝ヶ丘の大木へ向かう道へ入れても愛の足は止まらず、萌音の手を引いて必死に走った。
愛がこの道を選んだ理由は大木に少しでも近付く為だ。一歩でも大木に近付ければ、"仲間"が来てくれる時間が一秒でも縮まると思えたから。
住宅街から大木までは一本道では当然に行けず、距離も遠い。だが愛は、英雄に選ばれた者として単にガムシャラに逃げ回るよりも自分自身も大木に近付き、愛する萌音を助ける"一秒"を掴み取りに行くべきだと考えた。
大木へ行くには灰色の怪人を蹴り倒して走り込んだ道をまずは二十m程直進し、次に右に曲がらなければならないが、曲がろうとした時だ、萌音が「キャッ!!」と叫んだ。
「あっ、先輩!!」
愛が振り向くと萌音の背後には灰色の怪人がいた。炎に包まれた家の前に現れた存在とはまた別の怪人だろう。家の前に現れた十体近くの怪人は未だ十mは後方にいて、のっそりとした動きで愛達を追い掛けてきているのだから。
「このぉ!! 先輩に触るなッ!!」
愛は萌音の手を強く引いた。
新たに現れた怪人は萌音に向かって手を伸ばしてきていたが、掴み損ねて前のめりに倒れていく――
「先輩、こっちです!!」
怪人が倒れると愛は萌音の肩を抱き、行くべき道を曲がった。
「!!!」
……が、角を曲がるとそこには再び怪人がいた。
怪人は害虫と同じなのだろうか、一体現れると数体は必ず現れるのだろうか、愛と萌音が角を曲がると、彼女達の目の前には二十体……否、三十体以上にはなる怪人の群れが、灰色の体を揺らして立っていた。
「なんなのコイツ等、神出鬼没なの?!」
住宅街に走る道路は狭い。
車一台のみが走れる車道と、大人二人が通るのがやっとの歩道で出来ている。
三十体以上はいる怪人の群れは、歩道も車道も関係なしに、灰色の体を揺らして愛と萌音に迫ってくる。
「サナダ……モネ………お前を許さない」
「サナダ……モネ………殺す」
「殺すって、ふざけんなッ!!」
萌音に向かって吐かれた言葉に愛は激怒し、怪人が伸ばしてきた手を振り払った。
現在、愛が立つ場所はT字路だ。右への道が塞がれたのならば、左への道もある。愛は萌音の肩を抱いたまま方向転換をして、反対へ進もうとする。
「サナダ……モネ………逃がさない」
「あっ……!!」
方向転換をした直後だ。愛の左足が、そして萌音の右足が掴まれた。
掴んだ者は二人が道を曲がる前に萌音を掴み損ねて倒れた怪人である。この怪人は鈍い動きながらも芋虫の様に地面を這い、二人に近付いていたのだ。
「先輩……」
「桃ちゃん!!!」
足を掴まれた二人も地面に倒れてしまった。
動きが鈍い反面、怪人は怪力だった。
ギリギリと足首を締められて激痛が走る。
「桃ちゃん……ごめん、私のせいで」
「先輩、諦めちゃダメです!!!」
愛は萌音を鼓舞しながらも自分自身には怒りを感じていた。英雄に選ばれし者であるにも拘わらず何も出来ずにいる自分自身に怒っていた。
「このぉ……放せぇ!!!」
愛の怒りは痛みを凌駕する。
愛は怪人に向かって怒鳴り、その手から逃れようと踠く。が、しかし――
「サナダ……モネ………捕まえた」
「サナダ……モネ………逃がさない」
「サナダ……モネ………殺す」
怪人達は愛と萌音に覆い被さってこようとする。が、しかし――
「テメェらの相手はこの俺だ! デェリャッ!!」
俯せに倒れる愛の頭上から、快活な少年の声が聞こえた。
直後、愛と萌音に覆い被さろうとしていた怪人数体が粉微塵の木屑へと変わる。
愛と萌音の足を掴んでいた怪人もそうだ。木屑に変わり、地に落ちた。
「待たせたな! 愛!!」
「せっちゃん!!!」
怪人の捕縛から逃れた愛は顔を上げる。すると、愛の顔には笑顔が戻った。
何故ならば、彼女の眼前には太陽の光を背に受けた真っ赤な英雄が立っていたからだ。
―――――
「愛、後は任せろ! その人を連れて、早く逃げんだ!!」
ガキセイギは片手で愛と萌音を起き上がらせると二人を逃がした。
彼のもう片方の手には大剣が握られている。二人が逃げ出すと、すぐにセイギは振り返り、背後の怪人に斬りかかった。
「ハァッ!!!」
群れの先頭を歩いていた怪人数体が木屑に変わった――最初は斬られた部分が、直後に他の部分も木屑に変わり、地に落ちる。
「ボッズーの言ってた通りだ! コイツらマジで"木で出来た人形"だぜ!!」
「そうだろボズ!! ミルミルミルネモードで見たんだから間違いはないだボッズー!!」
ボッズーはセイギの背中にいた。
ボッズーは「ミルミルミルネはとっても疲れるモードだボッズー、間違えて堪るかボッズー!」と言いながら、セイギの背中から離れると、怪人達の頭上に向かって飛んでいく。
「お前に頼まれてミルミルミルネで透視したら、コイツ等の体の中は空っぽだったボッズー! 木で出来た人形だ、木偶人形だボズ!!」
ボッズーと共に飛んできたセイギは屍人の様にノロノロと動く怪人を見てバケモノとは違う存在とすぐに勘付いた。
バケモノは心に闇を持つ人間や動物が《王に選ばれし民》によって異形に変化させられた存在、己の意思を持って悪事を行う者である筈だが、怪人からは己の意思を感じられなかったからだ。
そして、ボッズーに頼み、暗視や透視を行える形態である《ミルミルミルネモード》で怪人を見てもらえば、怪人は人形であるとすぐに見抜けた。
「だから、容赦なく倒して良い奴等だボッズー!!!」
ボッズーは怪人の群れに向かって羽ばたき《羽根の爆弾》を飛ばした。
《羽根の爆弾》はボッズーが飛ばした羽根が、ボッズーの意思で爆弾に変わる、ボッズーの武器である。
ボッズーが羽ばたいた直後、爆発が起こる。
セイギから見て群れの後方にいる怪人達が一斉に木屑に変わった。
「確かに……デカギライとは強さのレベルが全く違うな。木偶の坊か」
セイギの背後から声が聞こえた。
その声は青き英雄のものだった。
セイギの背後に現れたユウシャは、二丁拳銃を腰のホルスターから取り出し、レーザービームを発射した。
蒼白く光るレーザーが飛んでいく方向は群れに向かってではない、それはセイギから見て右方向、燃えた家がある方向だ。
愛と萌音を最初に襲った怪人達は、のっそりと歩き続けて、T字路の曲がり角に残り五mと迫っていたが、曲がり角に辿り着く前にユウシャのレーザーによって木屑と化す。
その姿を見て、ユウシャは呟く――
「こんな雑魚を出してきて、王に選ばれし民は一体何を考えているんだ……」
呟き終わるとユウシャは跳んだ。
「セイギ、肩を借りるぞ!!」
「うわっ、イテェ!!」
怪人に立ち向かっていたセイギの肩を蹴り、ユウシャは更に高く跳んだ。
ユウシャは怪人の群れの上空を、捻りを入れた前宙で通過しながら二丁拳銃の引き金を引いた。
蒼白いレーザーが群れの胴中に突き刺さり、再び爆発が起こる。
「まぁ、何を考えているにしろ……コイツ等を操る者――恐らくバケモノがこの近くに居る筈だ。セイギ、ボッズー、サッサとコイツ等を始末し、ソイツを探すぞ」
木屑が舞う爆風を背に受けて、ユウシャは地に降りた――彼の二丁拳銃は直ぐ様、怪人の群れへと向けられる。
「わーってるよ!! つか、俺は跳び箱じゃねぇぞッ!!」
ユウシャの前宙の為に一瞬よろけたセイギだが、すぐに持ち直し、大剣を横薙ぎに振るい続けた。
セイギは次々に怪人を始末していく。
「バケモノを探すかぁ……もしかして、またミルミルミルネモードを使う事になるか? こりゃ、王に選ばれし民にバニラアイスを五百個は奢ってもらはないと割に合わないだボッズーね!!」
ボッズーもそうだ。
ボッズーは《羽根の爆弾》を放ち続ける。
―――――
セイギに助けられた愛は萌音を連れて走り続けていた。怪人は明らかに萌音を狙っていた。『先輩をもっと遠くに連れていかなきゃ!』と愛は足を回し続ける。
「桃ちゃん……ごめんね、私のせいで、ごめんね」
愛に手を引かれて走る萌音は謝り続けていた。
息が上がりながらも、萌音は止めない。
「先輩……謝らないで、先輩のせいじゃないから!」
愛は萌音に謝られる度に首を振り続けた。
― 謝るのは私の方だよ……先輩
……と思いながら。
愛は英雄に選ばれた者であるにも拘わらず何も出来ない自分を『申し訳ない』と思っていた。
しかし、この気持ちを伝えれば、自分が英雄に選ばれた者だと教える事にもなる。
伝えたいが伝えられぬ歯痒さに、愛は唇を噛むしかなかった。
怪人に道を塞がれてしまったせいで、愛は大木へと向かえる道を取れなかった。代わりに行けた道は輝ヶ丘の中心部へと向かう道。
暫く走り続けた愛は、馴染みの場所を見付ける――
「あっ……あのマンションって」
自分自身への怒りや、萌音への贖罪の言葉ばかりが頭に浮かび、色で謂えば黒に近くなっていた愛の心に安堵の色が差す。
「先輩……あそこのマンション、昔よくサボった駐車場がある場所ですよね……行きましょう、そしたら、ちょっと休みましょう……」
愛は視界に入ったマンションを指差した。
そのマンションは、愛と萌音が陸上部に所属していた中学生の頃、輝ヶ丘の町内を走り続ける長距離走の練習中に何度も逃げ込んだ駐車場があるマンションであった。
練習を抜け出す時は大体が萌音からの誘いであり、萌音はマンションの近くに来ると『桃ちゃん、そろそろ自主休憩取ろうよ……』と愛の肩を叩いてきた。
まさか三年後に、しかもこの様な形で、自分が萌音を誘う事になろうとは知らず、当時の愛は辟易とした態度を見せながらも、萌音と共に練習を抜け出していた。
『あの場所に行けば、もう大丈夫』愛は漠然とそう思った。確証はない。それは帰巣本能の様な物なのかもしれない。『馴染みの場所に行ければ、100%の安心を得られる』と愛は思った。
駐車場は地下にある。入口を下り、薄暗い構内に入っても愛は萌音の手を離さなかった。やっと手を離せたのは最奥部に着いてからだ。昔、二人で"自主休憩"を取った場所に着いてからだった。
「先輩……お茶、飲みますか? 飲みかけですけど、良かったら」
愛はバッグの中からペットボトルを取り出して萌音に差し出した。
「うん、飲む。ありがとう……」
萌音は飲みかけであろうが躊躇なく受け取り、壁に背中を預けて、冷たいコンクリートの上に体育座りに似た形で座った。
当たり前に元気はない。顔を伏せて、灰色の地面を見詰めている。
「はい……桃ちゃん。桃ちゃんも飲みな」
萌音が飲んだのは二口だけ。
「あ、良いですよ。全部飲んじゃって……私、大丈夫ですから」
愛は首を振るが、
「ううん……桃ちゃんも喉乾いてるでしょ? 飲みな」
……と、愛の手にペットボトルを握らせてくる。
「ありがとね、助けてくれて」
萌音の声は細い、だが愛の手を握る力は強い。その強さは萌音の優しさだと、愛には思えた。
「先輩……」
自宅を焼かれて最も怖い思いをしたのは萌音だと愛は思う。しかし、それでも萌音は優しい。『この優しさを受け止めるべきだ』と愛は思った。
「それじゃあ……いただきます」
萌音からペットボトルを受け取ると、愛は一口、二口と喉を潤した。
喉を潤せば、更に『もう大丈夫』と思える気持ちは高まった。
高まると少し心配が生まれた。
それは『先輩は何も言わないけど、私がせっちゃん達を呼んだ事をどう思っているのかな……』という心配。
人目も気にせずに正義達を呼んだ時、愛は大分焦っていた。敢えてだが、冷静な判断を捨てていた。
― 何も聞かないって事は、何も思ってない? 自宅が燃やされてショックだっただろうから、気付きもしなかった?
俯いている萌音の姿からは、どちらとも読み取れない。
「桃ちゃん……」
「え……?」
愛はビクリとした。『聞かれるのかな?』と思ったから。
だが違う。萌音は「今日は疲れたね……すっごく疲れたね。ごめんね、私のせいで」と謝るだけだった。何も聞かなかった。
そして、萌音の瞼はゆっくりと閉じられていった。




