第1話 血色の怪文書 11 ―悲劇は突然に……―
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放課後、二人は校門の前で待ち合わせをした。
「先輩の家にお邪魔するの、かなり久々ですよね!」
「そうだねぇ、一年ぐらい経つ?」
「えっ、そんなになりますか?」
「多分ね、ルキが反抗期に入ったのがその位の時期だからさぁ」
「そっかぁ~、一年ぶりかぁ」
萌音の家を訪れる理由は"《王に選ばれし民》に関連している可能性のある石を見せてもらう事"と理解しているが、愛は笑顔になってしまう。
『弟の瑠樹が反抗期になったから』という理由で暫く誘いはなくなっていたが、一年程前までは愛は萌音の家に頻繁に遊びに行っていた。
呼ばれなくなった時は寂しさを感じたが、その寂しさは今日の誘いで払拭されて、《王に選ばれし民》に関連する目的があったとしても愛は笑顔を止められないのだ。
横を歩く萌音も嬉しそうな表情を浮かべているのだから愛の喜びは更に高まり、笑顔も更に深まっていく。
「そういえば、お母さんは元気にしてますか?」
「うん、元気だよ。相変わらずな感じ。最近はさぁ、弟二人がよく食べるから『飯代稼ぎに!』って言って、風見のスーパーでパートを始めたんだ。朝から晩までずっとやってるから、今度会いに行ってみたら?」
「えぇ、風見のスーパー! それってピカリですか?」
「うん、そうそうピカリマート」
「そうなんだぁ~! 私、最近風見のピカリマートよく行くんですよ。輝ヶ丘のは休業中じゃないですかぁ、だからぁ――」
愛は萌音の母にも懐いていた。
萌音の母は娘と同じで優しくもありながらも豪快な所もある暖かみのある性格の人だ――体型は娘とは違い、背が低くて少し丸いが。
「因みに今日は、家には?」
「だからパートだって!」
「あ、そっか!!」
二人が向かう家は輝ヶ丘高校から歩いて十分程の住宅街にある。
愛が「残念だなぁ。会いたかったなぁ!」とボヤいていると、二人は横断歩道に差し掛かった。
この横断歩道を通れば、住宅街に入れる。
「あ、そういえば今日の先輩は歩きなんですね。もしかして、また自転車の鍵失くしましたか?」
「あぁ、違う、違う」
萌音の移動手段は昔から自転車と決まっている。
中学時代に陸上部に所属していても日常では走る事は滅多になく、どんな場所へ行くにも自転車に乗っていく。だが今日の萌音は歩きだった。
『違う、違う』と首を振った萌音は苦笑いを浮かべた。
「ただ単に自転車に乗るのを忘れて出発しちゃったから、そのまま学校に行っただけだよ」
「なんすか、自転車に乗るのを忘れるって戻れば良いじゃないですか!」
……と愛がツッコミを入れると、
「だって私の三大欠点て、忘れ物に落とし物にこの美貌でしょ? 自転車忘れても私らしくない?」
萌音はおどけた調子でウィンクを飛ばし、自分自身を指差した。
「うぇっ、"美貌"って普通自分で言いますかぁ? つか、先輩のもう一つの欠点って美貌じゃなくて朝寝坊ですから!」
「なにそれ! 褒めてんの、貶してのどっち!!」
「どっちもです!」
「なにそれ、ヒドォ!!」
二人はふざけ合い、他愛もない会話に花を咲かせた。二人で笑い合えば、二人の笑顔は萎むことなくふくらんでいく。
しかし《王に選ばれし民》が現れてしまった世界は彼女達に"楽しいだけ"の時間を許してはくれない。
数分後、愛はその事実を痛い程に知る事になる。
それは余りにも突然に、あまりにも絶望的に――住宅街へと入っても、他愛のない会話に花を咲かせ続けていた二人が、目指す家の建つ通りへと入った瞬間、突如爆発音が辺りを揺らしたのだ。
「えっ?!」
何事かと辺りを見回すと、メラメラと燃える激しい炎が家々の向こうに見えた。
― あれは……先輩の家の方向!!
愛は『もしかして……』と思うも、口には出さなかった。しかし、炎を見た瞬間に萌音が走り出す。
「あっ……先輩、待って!!」
愛は萌音を追い掛けた。
そして、萌音に追い付いた場所で愛は最悪の光景を目にする。
「嘘……」
二人が目的地としていた家が炎に包まれていたのだ。
まるで地獄の亡者が己の世界に生者を引き摺り込もうとしているかの様に、炎は家を鷲掴みにしていた――
「も……桃ちゃん……」
「せ……先輩……」
家の前で、萌音は膝を崩し、倒れていた。
愛が急いで駆け寄ると、萌音は頭を抱えて震え始める。
「あの石のせい……あの石のせいなの?」
「……」
愛は掛ける言葉が見付からなかった。ただ萌音の体を支えてあげるしか出来ない。
愛の中で無力感が甦り始める。
『何か自分に出来る事はないか……』と考えても消防へ通報するしか思い付かず、悔しさに唇を噛みながらスマホを取り出すしかなかった。
その時だ。
「ギギ……ギギギ……」
背後で異音がした。
それは朽ちた木を毟るかの様な音――
― なに……?
愛は顔をしかめて振り向いた。
「!!!」
直後、愛の背筋は粟立つ。
― まずいッ!!!
何故なら、背後には早朝のニュース番組で見た"灰色の怪人"が立っていたからだ
― 王に選ばれし民……ここに居たらダメだ、このままじゃやられるッ!!!
愛は声に出さずに叫んだ。叫ぶと同時に全身に力を籠めて、無理矢理に萌音を立ち上がらせる。
怪人は一体ではない、十体近くはいる。
怪人達は愛と萌音を取り囲もうとしていた。
動かなければ襲われるのみ。
「桃ちゃん……やっぱりあの石って……」
立ち上がった萌音も怪人を見たのだろう、その震えは増し、瞼が閉じていく。
「先輩、気絶してる場合じゃないです!!!」
愛は力一杯に萌音の頬を叩いた。
愛はやはり英雄に選ばれた者だ、自分自身が動き出さなければ愛する人が襲われると理解した瞬間、彼女の無力感は一気に消えた。そして萌音の瞼が見開かれたと確認すると、萌音の手を取って走り出す。
「サナダ……モネ……お前を……許さない……」
怪人の声だ。
木屑の様な物を地面に落としながら、怪人は二人を取り囲もうとする。だが、動きが鈍い。
「やっぱり先輩が狙いか! でもね、そうはさせない!!」
走り出した愛が向かう方向は敢えての敵の眼前であった。真後ろに立つ怪人の背後に見える道は愛がよく知る場所へと向かえる道だった。萌音の家を訪れた後に、愛はその場所へ向かう事も多かったから分かっている。
「ドリャア!!!」
自分自身が行きたい道へと向かう為には背後にいる怪人は退かさなければならない、愛は蹴りを繰り出した。
敵の背は高い、リーチならば怪人の方が有利だ。が、その有利を活かせない程に怪人の動きは鈍かった。
直後、辺りにドンッと重たい音が響く。
愛の蹴りが命中し、怪人が地面に倒れたからだ。
「先輩! ダッシュです!!」
愛は倒れた怪人を踏みつけて更に走った。
よく知る場所へと向かえる道へと萌音を連れて入っていく。
愛がよく知る場所、それは輝ヶ丘の大木だ。
愛は走りながら左腕に嵌めた腕時計の文字盤を右の肩に当てた。
そして、叫んだ。周りは無人ではない。異常事態に気付いた人達が、驚愕の眼差しを、二人や、怪人や、燃える家に向けている。
だが、愛は叫ばなければならなかった。
愛する人を守る為に、頼れる仲間を呼ばなければならないからだ。
「せっちゃん! 勇気くん! ボッズー!! 敵が現れた!! 早く来て!!!」




