第1話 血色の怪文書 10 ―見せたい物があるの―
10
広大な白き空間に、同じく白い玉座が一つ。
座面や肘掛けは、玉座に座する事を許された唯一の存在に合わせた寸法であるが、背もたれの背後に施された装飾は、人か魑魅魍魎か定かではない存在の死体が幾重にも積み重なる形を取り、玉座の持ち主の威光を示す様に巨大だ。
玉座に座する者――《王に選ばれし民》の王は、己の眼前に平伏す部下に問い掛ける。
「芸術家よ……お前が……作った、新たなバケモノは、よく、働いている……ようだな」
喉を鳴らした声で訥々と問い掛けられた芸術家は、頭を垂れたまま笑みを浮かべた。
王の眼前であろうが、芸術家の歌う様な独特の喋り口調はそのままである。自分自身の手駒として生み出したバケモノを揚々と褒めながら、芸術家はバリトンの歌声を玉座の間に響かせた。
「そう通りでございますぅ~♪ 今度の子はデカギライよりも出来が良くぅ~~~♪♪ とてもとても素晴らしい芸術ですぅ~~♪ ですからぁ、こちらの芸術も差し上げましたぁ~~♪」
芸術家は白装束から小瓶を取り出した。
「それ……は……」
王は表情なく問い掛ける。
芸術家は頭を上げた。そこには満開の笑みが浮かんでいる。
「こちらは私の新作の芸術でございすぅ~~♪ ダーネと申しましてぇ~~♪ バケモノの傀儡となり働く存在ぃ~~い♪♪分身を操るデカギライから発想を得ましたぁ~~♪」
「そうか……新たなバケモノは、ダーネを、上手く使えそうか」
「はいぃ~♪ 勿論でございますぅ~~♪ 今回のバケモノはぁ♪ デカギライのサポートを失敗して謹慎になってしまったピエロさんに代わってぇ♪ 私がサポートを行っておりますゆえぇ~~♪ バケモノには的確なアドバイスを与えておりますぅぅぅ♪♪ なのでダーネの取り扱いはお手の物ですよぉ♪ ご安心をぉ~~♪♪ 今度こそ英雄達には最後の晩餐を味合わせてあげられると思いますよぉ~~♪♪」
「そうか……」
「はいはいぃ~~♪ そしてもう一つ、王様にご報告がぁ♪ 今回のバケモノには少々実験をしておりましてぇええ~~~ぇ♪」
芸術家は小瓶を白装束の中に仕舞い、代わりに筆を取り出した。その白い筆を指揮棒の様に振りながら、芸術家はくるりと舞い踊り始める。
「実験……とは何だ」
「それはですねぇぇぇ~~♪」
―――――
どんよりとした暗い雰囲気を纏ったまま、輝ヶ丘高校は昼休みへと入った。
クラスメート達の言い争いを止められなかった愛は、一人孤独に教室を出て、校庭へと向かっていく。
三月を目の前にしても今日は冷え込む日だった。そして、愛の心も同じく冷え込んでいた。
言い争いをするクラスメート達に英雄に選ばれた者として希望を与えたかったが、未だに英雄の戦う姿になれない自分では掛ける言葉も見付からず、愛は無力感に苛まれて落ち込んでしまっていた。
落ち込んだ愛が出来る事といえば溜め息を吐く事と、先に英雄として覚醒した勇気にアドバイスを求める事。
勇気は悪天候の日でなければ昼食は必ず校庭のベンチで取る。だから愛は教室を出て、校庭へと向かっていたのだが、
「あっ! 桃ちゃん!!」
弁当箱の入った巾着袋を手に持って、二年生の教室がある二階からコツコツと一階へと向かって階段を下っていると、階下から真田萌音の声が聞こえた。
萌音は階段を上ろうとしていたのか、一つ目の段に足を掛けている。
「先輩!」
萌音は憧れの存在だ。
落ち込む気持ちと共に足下に向けてしまっていた顔を上げて、萌音の姿を瞳に捉えた瞬間、落ち込んでいた愛の心に再び熱が宿った。
愛の口許は自然と綻ぶ、落ち込む気持ちと比例して重たかった足の運びは軽やかになる。
「丁度良かったよ、桃ちゃん。私、桃ちゃんに会いに行こうと思ってたの!」
階段を駆け下りた愛に向かって萌音が言った。
「私に?」
「うん、ちょっと話があってね……一緒に昼メシでもどう?」
萌音は購買で買ったのだろう、メロンパンと牛乳を見せた――
「だからね、一時間目はほぼ遅刻! 卒業式を前にして久々に先生に怒られちゃったよ!」
「先輩、笑って話す事じゃないですよ……」
輝ヶ丘高校の一階には下校時間になるまで生徒達が自由に使える多目的ルームがある。結局愛は校庭には行かず、多目的ルームで萌音と昼食を取る事にした。
「まぁそうなんだけどさぁ、卒業前のこの時期って学校に来ても殆んど何もする事ないじゃん? 授業って言っても自習か寝るかの二択しかないし、だから最後の最後に先生に怒られて、また一個思い出が増えたかなぁ~って!」
「はぁ、そうなんですか……」
萌音からの遅刻の報告を受けて愛は苦笑するしかないが、そんな愛に向かって萌音は「まぁ、遅刻したのは寝坊したのだけが原因ではないんだけどね……」と告げた。
同時に萌音の顔は、メロンパンの三口目を頬張りながらも笑顔から真剣な表情へと変わる。
「他にも何かあるんですか?」
と愛が聞くと、萌音はコクリと頷いて牛乳とパンをテーブルの上に置いた。萌音は正面に座る愛に向かって前のめりになる。
「うん、ちょっとね……桃ちゃんに見せたい物があるんだ。それがもう一つの原因」
「見せたい物……ですか?」
声をひそめた萌音に合わせて愛の声も小さくなると、萌音は頷いた。
「うん、弟が見付けた物なんだけどさ」
「弟? ルキくん?」
「ううん、ソラの方。あ、いやルキが最初に見付けたのか……まぁとにかく、ソラから見せてもらった物なんだけど。なんか不思議な石なんだよね。それがあって家を出るのが遅れたの……でね、これは根拠はないし、私が勝手に"そんな感じがする"って思ってるだけなんだけど、その石、王に選ばれし民が関係してそうな物なんだよね――」
「え……! 王に選ばれし民?!」
愛は驚き、ひそめた声が一瞬高くなる。
対して萌音は「根拠はないよ、本当に私がそう思うってだけだから」と慌てた調子で言い、話を続けた。
「だから桃ちゃんにも見てもらいたいの。もし桃ちゃんもそう思うなら、警察に届けるとかしないとなって思うし……まぁ出来れば記事にもしたいんだけど」
萌音は唇を噛みながら「するには根拠が無さすぎるかな……」と悔しそうに呟いた。
「それで? その"石"って何処にあるんですか? 見たいんですけど!!」
愛も弁当箱をテーブルの上に置いた。唇を噛みながら体を引いた萌音に向かって今度は愛が前のめりになる。
愛は萌音に会えた事で無力感からも完全に解き放たれた。『英雄に選ばれた者として事件を追わなければならない』という使命感を持ち、愛は萌音に聞く。
「今、持ってますか?」
この質問に萌音は「ごめん」と答えた。
「今は持ってない。学校に持ってくるのは少し怖かったから家に置いてきたんだ……だから、もし良かったら桃ちゃん、学校が終わったら久し振りにウチに――」
「勿論です、行きます!!」
愛は食い気味に答えた。




