第1話 血色の怪文書 9 ―学校は社会の縮図―
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《王に選ばれし民》が現れてから二週間が経った。しかし、それでも社会が大きく変わる事はなかった。
二週間のうちに輝ヶ丘から去っていった者もいるが、それは少数派でしかなく大多数の大人は、そして子供も、自分自身の"生活"を維持する為に日常が壊されてしまった輝ヶ丘の中で生きていくしかなかった。
特別でない人間は仕事や勉強や家を自ら棄てる事は出来ない。誰かが支援をしてくれなければ逃げ出す事も出来ない。非日常の中で生きていくしかない。
輝ヶ丘に住む大多数の人は《王に選ばれし民》に怯える自分自身に慰めの言葉を掛けて、笑顔や誤魔化しの仮面を被るしかない。
しかし、無理矢理に被れば、仮面にはいずれは亀裂が入ってしまう……亀裂が入れば、閉じ込めていた感情は爆発する。
――愛が登校すると、教室の中から怒声が聞こえた。普段は穏やかなクラスメートでさえも騒がしく、教室内の空気は張り付めていた。
学校は小さなコミュニティの中で様々な経歴や性格を持つ者達が混在する社会の縮図と謂える。社会の縮図の中で、これまで圧し殺していた感情が爆発してしまっていたのだ。
「先生! 三年生の卒業式が何日だとか今はどうでも良いよ! 俺達、輝ヶ丘から逃げないと!」
ホームルームの開始直後、普段は大人しい佐久間が担任教師に向かって叫んだ。
「佐久間……座りなさい」
三月に行われる卒業式の日程を黒板に書いていた担任教師は佐久間を制止しようとする。
担任の顔には疲れが見える。何故ならば、担任教師の坂本が教室に入る前から、生徒間では佐久間が発した主張とそれに対抗する『それが出来れば苦労はしない』や『故郷を捨てて逃げるのは違う』という言い争いが行われていたからだ。
坂本は怒鳴り合う生徒達を黙らせたばかり。
止めたばかりの言い争いが再び始まる前に、坂本は佐久間を黙らせようとした。が、坂本の制止は火に油を注ぐと同じであった。
「座れってなんだよ! 俺は真面目に言ってんだよ!!」
佐久間は立ち上がり、机を叩いた。
坂本も「私も真面目だ――」と応じ、
「先生たちはキミ達がどうしたら安全に学校に来れるのか、どうすれば勉強に集中出来るのか、日々会議を重ねています。その話し合いの中には"休校"という言葉も出てきている。来年度に三年生になるキミ達には申し訳ないが、そうなってでも、キミ達の安全は私たちが守るから、だから今はホームルームを進めないか――」と、佐久間を宥めようとするが、命の危険を感じて叫んでいる佐久間の耳には、安易な慰めの言葉は届かなかった。
「先生が言ってるのはこれからの話だろ! 俺が言ってるのは現在なんだよ……先生だってニュースを見ただろ? 《王に選ばれし民》がまた出たんだよ!」
「そうだよ! 今度の事件は無差別的な放火だって! 次は犠牲者を出すって怪文書に書いてあったのを皆も見たでしょ?」
佐久間に同調する声が教室内に響いた。
その声は愛の友人の瑠璃の声だった。
瑠璃は涙ながらに坂本に、否……クラスメート達にも訴え始める。
「もしかしたら、今すぐでも、この教室が燃やされちゃうかもしれないんだよ……それなのに、卒業式とか授業とか、何の意味があるの!! 今すぐ偉い人にお願いして、何処かに避難所を作ってもらうとかして、皆で輝ヶ丘を出ようよ!! じゃないと私達、皆殺しにされちゃうかもしれないんだよ!!」
この瑠璃の訴えには「そうだよ、嘆願書を作るってのはどうかな!」と複数の同調者も現れた。だが、同時に反論する者も現れる。
「おい、皆……好き勝手に叫ぶのは、もうやめてくれないか! "何処かに避難所を"ってその考え自体が先生が言った休校と同じ考えだろ! 今すぐにはどれも無理なら、叫ぶ事自体が無意味だと分かれよ!」
瑠璃に反論をしたのは秀才で通る高橋だった。
高橋は「先生、騒がしい人達は教室から追い出してください」と締めるが、この発言は瑠璃に同調した複数の生徒の反発を招いた。
「騒がしいって、騒がしくして当然だろ! 自分の命が掛かってんだから!!」
「そうだ! 死にたいんだったらな、お前一人で死ねよ!!」
「死ねって……クラスメートに向かって、そんな酷い言い方しなくても良くない?」
高橋を庇う生徒も現れはするが、生徒間の言い争いは再発してしまい、教室内は喧騒に包まれてしまう。
「ちょっ……ちょっと、みんなやめようよ! 私達で言い争っても仕方ないよ! そうだ、ここは皆で話し合いの時間にしよう!!」
愛も声をあげるが、《王に選ばれし民》が現れてからの二週間、仮面を被って隠していた感情が、不安や恐怖や怒りが、新たな事件の発生で爆発してしまっていた。
愛の声は皆の叫びにかき消されてしまう。




