第1話 血色の怪文書 7 ―深夜に蠢く影―
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真田萌音が記事を投稿すると、SNS上で大きな話題を呼んだ。
そして、彼女が書いた怪文書に関する記事は、すぐにテレビ等の他メディアでも取り上げられるようにもなり、投稿から僅か三日の内に、怪文書をばら蒔いた人物への批判と、輝ヶ丘の住民に向けた同情の声が、日常でもネットの世界でも常に聞こえるという状況へと変わっていった。
ここまで大きな話題になった理由の一つに萌音が記事を投稿した媒体がある。
萌音は自分が連載を持つニュースサイト、『toR.NEWS』に記事を載せた。その理由は『SNSよりもニュースサイトの方が信頼性が高い』と判断したからである。
信頼性を高める為に、萌音は記事の内容にも拘った。
怪文書の写真を投稿していたSNSのアカウントを愛から教えられると、萌音はアカウントの持ち主に直接取材を行い、発見時の状況や心境を事細かに聞き出して記事へと落とし込んだ。更には怪文書を発見した現場にも赴き、その場所の空間感すらも文章に変えた。
出来上がった記事は臨場感を持った物に仕上がり、読む者に怪文書の発見者の気持ちを追体験させる記事となっていた。
だが、萌音の記事が信頼性の高いものになった理由は、記事の具体性や投稿された媒体がニュースサイトであったからという理由だけではない。一年程前に萌音自身が"時の人"に成れていたからでもある。
萌音は昨年、山下佳代を取材した校内新聞を自身のSNSに投稿した。その校内新聞を、当時はまだ萌音と関わりの無かった『toR.NEWS』の編集部が発見し、彼女にインタビューを行った。『女子高生記者と老舗駄菓子店の店主のキズナ』と題された記事に萌音のインタビューは載せられたのだが、記事にはインタビュー時に撮られた写真も添えられていて、彼女の美貌がネット上で話題になったのだ。
ネットで話題になれば、その他のメディアもすぐに飛び付く。朝のニュース番組から取材を受けたり、断りはしたが週刊誌からはグラビアの依頼すらもあった。
美貌が話題になるだけでは萌音も歯噛みをしたかもしれないが、容姿の話題に続けて、『toR.NEWS』が記事にリンクを貼ってくれていたお陰で萌音のSNSにも注目が集まり、佳代を取材した記事の構成力等々にも次第に称賛の目が向けられていった。
この話題は僅か二ヶ月程度で収まりはしたが、この時の縁で『toR.NEWS』での連載を持てる事にもなり、萌音は"時の人"="名の知られた存在"に成れていたのである。
名前を知らない人物の言葉よりも、知っている人物の言葉を人間は信頼する。
怪文書への抗議の記事は、投稿者が真田萌音であったからこそ高い信頼性と共感をもって迎えられたのだった。
そして、怪文書は全国的な話題となり『怪文書の作成者は何処にいるのか、それは一体誰なのか』……そんな話題へと変わっていく。
だが、この状況に不敵な笑みを浮かべる人物がひとり――
「愚鈍な奴等ばかり……もっと喚け、好き勝手に喚き続ければ良い」
月明かりを背に嘯く人影は、憶測ばかりが飛び交うスマホの画面を閉じて、"ある人物"の自宅の前に立った――『真田』と表札がかかった家の前に。
日付は変わったばかり、二月の夜闇は深い、視界の先には街灯が一つだけ、街灯は薄暗く辺りを照らしている。
「本当の始まりは、ここからだ……」
辺りには誰もいないと確認し、人影は羽織ったジャケットから小瓶を取り出した。
それは手のひらに隠れる程の小さな瓶。瓶の中には直径一cmにも満たない花の種に似た灰色の粒が幾つも入っている。
「さぁ……行け」
不敵な笑みを更に深くして、人影は小瓶のコルクを外し、辺りに灰色の粒をばら蒔いた。
パラパラと辺りに蒔かれた灰色の粒は、地面に落ちると形を変える、大きくなっていく。
その形は膝を抱えた人間に似た形。否、似ているのではない。ソレは確かに膝を抱えている。男なのか女なのかの判別はつかない、どちらにも取れる形。だがソレは確かに"膝を抱えた人間"の形をしている。
「フッ………」
灰色の粒から変化した存在は、一m程の大きさになるとのっそりと立ち上がった。
その姿に人影は歯を見せて笑い、それから指示を出す。
「ダーネ……初仕事だ、しっかりと働け」
人影がソレを《ダーネ》と呼ぶと、
「ギギ……ギギギ……」
《ダーネ》と呼ばれたソレは『ギギギ……』と鳴きながら、ゆらりと体を揺らして動き出す。
《ダーネ》には表情が無い。
瑞々しさの欠片も無い枯れた木に似た肌を持つ顔には、目の代わりに丸い穴が二つと、口の代わりに薄く裂けた線が一つある。頭部は割れた木の様にギザギザと不規則に尖り、手足は長く、体躯は二m近くある。
小瓶からばら蒔かれた粒と同じ数のダーネが人影の周りには現れたが、個体差は無い。皆が同じ顔、皆が同じ体格をしている。
「ギギ……ギギギ……」
動き出したダーネの歩きはぎこちない。
まるでゾンビの様に、ふらふらと、ゆらゆらと、左右に揺れて、辺りに散っていく。
「役に立てよ……傀儡め、さて――」
そして、傀儡が去っていくと、人影は小瓶をジャケットのポケットの中へとするりと仕舞い、真田萌音の自宅の前に宝石の様に煌めく石を落としていく。
「明日が楽しみだ……」




