第1話 血色の怪文書 4 ―血色の怪文書―
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「みんな、大変だよ!!」
懸垂を失敗してから約三十分後、愛は英雄たちの秘密基地で正義や勇気やボッズーを前にして拳を握っていた。
その表情は怒りに満ちていて声も尖っている。
「なんだ?」
「何だボズ?」
「一体どうしたんだよ……」
時刻は二十一時過ぎ、夕方に分かれたばかりで何故夜になって再召集させられたのか、何故愛が怒っているのか、正義もボッズーも勇気も、誰一人分かっていない。
分かっていないから首を捻るが、そんな男達の態度に愛の怒りは更に燃えてしまう。
「何だじゃないよ、見てよコレ!!!」
愛は拳の中で握り潰していた赤い文字が踊る紙を、引き裂く様な勢いで広げると、秘密基地の中央にある切り株のテーブルの上に叩き付けた。
「んぅ……なんだぁ?」
叩き付けられた紙を正義は覗き込む。
ボッズーもそうだ。「なんだボズ?」と更に首を捻りながら。勇気も同じく。腕を組みながら。
紙を覗き込んだ三人共が、愛が叩き付けた紙に何が書かれているのかを、すぐには読み取れなかった。広げられたとしてもシワの付いた文字は読みにくいから。
「おいおい……何だよコレ」
が、見た瞬間に『禍々しい』という言葉が正義の脳裏に浮かんだ。
白い紙には赤い文字が引かれているが、その赤色がインクや絵の具の赤とは違っていたからだ。
赤色は僅かにどす黒く、"血の色に似た赤"……だった。
「なんか変な事も書かれてるぞ、『輝ヶ丘の住民は人類の為に』――って、おいおい」
色の禍々しさに驚いてから少し遅れて、正義は書かれた文字を読み取った。
「気色の悪い文章だな……」
勇気も、筆を使って書き殴られた様な文章を読んだ。その眉間には深い皺が寄る。それから勇気は小さく舌打ちをし、血色で書かれた文章を怒気を孕んだ声で読み上げ始める。
「輝ヶ丘の住民は人類の為に犠牲になるべきだ
英雄などと名乗る無能な奴等は今すぐ輝ヶ丘から出ていけ
死ぬべき存在を護る必要はない」
「何なんだこれはボズ!」
ボッズーは怪文書と謂える存在を見下ろし、吐き捨てる様に言った。
「何でこんな酷い事を書くんだよ……」
正義だ。正義の眉間にも深い皺が寄っているが、勇気やボッズーとは違い、彼は怒りの感情を露にはしなかった。口を開いた唖然とした表情で、切り株のテーブルから怪文書を取り上げる。
「ふざけた事書いてない? マジでムカつく!! しかもね、この紙は輝ヶ丘の至るところにばら蒔かれてるみたいなんだ、見て!!」
愛は怪文書を裏返す正義に向かって同調を求める様に言い、トレーニングの為に着ていたグレーのスウェットのパンツからスマホを取り出した。
スマホの画面には写真が映っている。赤文字の怪文書を写した写真だ。
「私、みんなに連絡してから、他にもこの紙を見付けた人がいないかをSNSで調べてみたの。そしたらドンドン出てきて――」
愛が画面をスクロールすると、怪文書を撮った写真が続々と出てくる。
「自宅のポストに入ってたって人もいれば、車に貼り付けられてたって人もいて、ばら蒔かれた場所も様々で――」
「悪質な悪戯だな」
正義が言った。
その顔からは唖然は消え、髪の毛を掻き回している。
髪の毛を掻き回す行為は、正義が考え事をしている時の癖だ。正義は「う~ん」と低く唸ると、怪文書に抱いた疑問を口にする。
「写真に映ってるヤツも、愛が持ってきてくれたコレも、筆跡は全く同じに見えるな、コピーかな ? だとしたら、愛が持ってきたコレが原本か。インク、それとも墨か……が裏側に滲んでるし」
正義は誰ともなくに問い掛けた。だが、愛にとっては目の前の怪文書が原本でもコピーでもどうでも良かった。
「原本でもコピーでもそんなのどうでもいいよ! それに悪戯って言わないで、これはそんな子供っぽい言葉で片付けられる物じゃないと思う! 私、絶対に抗議してやるから!!」
「抗議……書いた人間も分からないのにどうやって?」
口も語気も尖らせて、言い放った愛に対して、聞き返したのは勇気だ。
「それにな、腹が立つ気持ちはよく分かるが、こんな事をする人間は相手にすると増長するだけだぞ」
「あぁ、俺もそう思う。悔しいけど、こういうのは無視するのが一番だと思うぜ。なぁ、ボッズー?」
「う~ん……」
正義が問い掛けると、ボッズーは頭を捻った。
「そうなんだよなボズ。俺も愛と同じでモチロン怒ってるだボズよ。でも、コレが《王に選ばれし民》のやってる事なら別だけど、そうじゃないなら、下手に動いて俺達に注目が集まったら、皆が英雄だとバレてしまう可能性もあるだボズね。愛、暫くは静観するのが良いと思うボズよ、それでも悪戯が収まらなかったら――」
「三人とも何言ってるの! 怖じ気づかないでよ!」
愛はボッズーの忠告を遮り、正義から怪文書を引ったくった。
「――無視とか静観って、そんなのコレを書いた奴の思うつぼじゃん! 私は輝ヶ丘に住む一人の住民として、こんな悪行を絶対に許さないから! それに誰がやってるか分からなくても抗議ぐらいは出来るし!!」
「いや、でもな……愛」
「せっちゃん、でもじゃないよ! もういい! みんなが協力してくれないなら、先輩にお願いするから!!」
愛は怒鳴って、三人に背を向けた。
「先輩って、もしかして新聞部の真田先輩の事か?」
「そう!!!」
愛は吠えた。そして、基地の内部をぐるりと囲むイミテーションの木に腕時計を当て、大木の外に出る為のエレベーターを出現させる。
「愛、待てって!」
正義は追い掛けるが、無視された。
愛は怒りを抱えたまま、秘密基地を出ていく……




