第1話 血色の怪文書 2 ―輝ヶ丘は宝物―
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「ちょっと正義ちゃんに見せたい物があるんだよ」
もんじゃ焼きが残り少なくなってくると、山下佳代は店の奥にあるレジカウンター――と謂うよりも昔ながらの帳場と謂う方が適した雰囲気の場所を通り、二階へと消えていった。
二階は佳代の住居になっている。十年前に夫を亡くした佳代が独り暮らしをする、小じんまりとした住居だ。
そこから持ってきたのだろう、正義達がもんじゃ焼きを食べ終えた後、佳代は正義に一枚の新聞を見せてきた。
「ん? なにこれ?」
胡座をかいた足のすぐ横に新聞が広げられると正義は首を傾げた。すると――
「せっちゃん、なにこれじゃないよ。よく見て!」
正義の隣に座る愛が身を乗り出してきた。
愛は佳代が何故新聞を持ってきたのか、その理由を知っている様子で、身を乗り出すと新聞の紙面を指差した。
「見て、せっちゃん! お婆ちゃんだよ!」
「え?! バッチャン??」
愛が言う『お婆ちゃん』とは山下佳代のことだ。そして、そうなのだ。佳代が持ってきた新聞の紙面には、佳代の写真が載っていたのだ。それはモノクロ写真ではあるが、一頁の四分の一は使うくらいには大きな写真だった。
「どうしたのこれ、なんでバッチャンが載ってんの?」
正義が聞くと佳代は胸を張り「去年の今頃だったかねぁ。取材を受けたんだよ」と答えた。
「取材? バッチャンが? 凄いじゃん!」
正義は新聞を手に取り、興味津々に読み始める。まずは写真の右隣にある見出しから。
「輝ヶ丘は私の宝物、輝ヶ丘の老舗駄菓子店のおばあちゃんは語る……へへっ! スゲぇじゃん、バッチャン、格好良いじゃん!」
「だよね、せっちゃんもやっぱりそう思うよね? 格好良いよね!!」
「へへっ! あぁ、格好良いな!」
愛が同意を求めると正義は頷いた。
正義が頷くと、愛は佳代と同じになった。「でしょ、でしょ!!」と大きく胸を張って、満面の笑みを浮かべた。
それから愛は、正義の肩越しに新聞を覗き込みながら、記事に関しての補足を始める。その声は嬉々としていて、高まっていく。
「その記事はね【私の宝物】っていう連載なんだけど、輝ヶ丘に住んでる人に宝物を一つ紹介してもらって、宝物とのエピソードを交えて、その人の人生を振り返るって企画なの。でもね、お婆ちゃんは他の人とは違ったの! 『私の宝物は形の無いもの、この町自体が私の宝物だ』って言ったんだよ!」
「ほぉ~! 」
愛の補足に正義はフクロウの様に鳴いた。
その目は見出しから続く文章を追い掛け続けていて、鳴き終えた正義は、続きの文章を声に出して読み上げ始める。
「――お店の開店は1971年、五十年以上もお店に立ち続ける店主のお婆ちゃん、山下佳代さんは『お店に来る子供の目を見れば、その子が良い子か悪い子かすぐに見分けが付く』と語った。しかし、笑顔を浮かべながらこうも言う。『でも、本当の意味での悪い子は一人もいないよ。事情があって捻くれてしまっている子はいても、こちらが愛情をもって接してあげれば皆変わっていくのよ』と……か、へぇ~~バッチャンかっけぇ!!」
「でしょ! この後からは、輝ヶ丘や山下での想い出話が載ってるんだけど、それも全部が面白いんだぁ! お婆ちゃんの記憶力がスゴくって、若い頃から現在に至るまでのエピソードが豊富でビックリしちゃった! だから本当は、もっといっぱい載せたかったんだけど、紙面の関係で仕方なく厳選した三つのエピソードに絞る事にしてね、それがまた大変だったんだ。だってどのエピソードも面白いから全然決まらないんだもん、何を載せるのか決まったのは入稿のギリギリ! 私のイチオシは二十代の頃のお婆ちゃんが熊の親子に遭遇した話だったんだけど、それは残念ながらお蔵入り、あぁ~載せてほしかったなぁ~!」
「へぇ~~そうなのかぁ」
……と正義は頷き欠けるが、ふと疑問が生まれた。その首は頷かずに捻られる。
「ん? ちょっと待って、なんか妙に詳しくないか?」
「あっ、そっか、えっとね――」
「桃井、喋りたいという衝動が先走り過ぎて、かなり説明不足になってるぞ」
愛が正義の質問に答えようとすると、愛を茶化す様に勇気が笑った。
勇気の笑みはすぐに正義にも向けられる。腕を組んでいた勇気は、片手をひょいと上げて新聞を指差した。
「正義、何故桃井が詳しいのか、その答えは新聞の上の方を見てみろ、そこに『輝ヶ丘高校新聞』と書いてあるだろ」
「え……輝ヶ丘高校新聞? あっ、ホントだ!!」
確かに書いてあった。多少インクが滲んで読み難いが、確かに新聞の上部には『輝ヶ丘高校新聞』と書かれていた。
「え? じゃあこれ、校内新聞ってこと? ふぇ~~よく出来てんなぁ!」
そして正義は驚いた。何故なら、正義が以前まで通っていた高校の校内新聞は"正に校内新聞"といった感じで、頁数は少なく、新聞というよりもタブロイド紙に近い物だったからだ。
しかし、目の前の新聞は違った。枚数も多ければ紙面のレイアウトや記事も、本物の新聞と遜色のない出来である。
「でしょ、でしょ! よく出来てるでしょ! 今の部長の真田先輩が部長に就任した時に、紙面のレイアウトも、取り上げる内容も、全部作り直したんだよ! ほら、おばあちゃんを取材したのも真田先輩なんだよ!」
愛は記事の終わりの箇所を指差した。
そこには【取材者 真田萌音】と記載がある――その文字を見る愛の顔は誇らしげだ。
「あぁ、本当だ。あっ、でもでも、校内新聞にしたって、愛は詳し過ぎないか? バッチャンの想い出話を選ぶのが入稿ギリギリになったとか、なんで愛が知ってんだ??」
「それはね、愛ちゃんが去年まで新聞部にいたからよ。ねぇ、愛ちゃん?」
正義の疑問にいち早く答えたのは愛ではなかった。山下佳代であった。
「うん!」
『ねぇ?』と問い掛けられた愛は鼻を鳴らす。胸を張り、とても誇らしそうに。
―――――
「へぇ、じゃあこのバッチャンの取材の時も愛はいたんだ」
「うん、私はカメラ片手に補助みたいな、助手的な! まぁ、真田先輩のバディってヤツ!」
そう言う愛の顔はやはり誇らしげだった。誇らしげを通り越してドヤっとしている。『バディ』の『バ』も『バ』を通り越して『ヴァッ』っと爆発していた。
「カメラ片手にって事は、この写真を撮ったのは愛なのか?」
「うん! 見てよこのお婆ちゃんの表情、素敵だと思わない?」
「あぁ、良い表情してる。バッチャンの優しさが写真からでも伝わってくるよ」
正義は愛に向かって言うように、それでいて"バッチャン"に向かっても言うように、両者の顔を交互に見て答えた。
そんな正義に、愛がまた鼻を鳴らす。
「ふふん! でもお婆ちゃんのこの表情を引き出したのは、私じゃなくて真田先輩だけどね! 先輩はさ、記事を書けば名文だし、インタビューをすれば相手の話をスルスルと引き出しちゃうしで、本当にスッゴいんだ! ねぇお婆ちゃん!」
「うん、私も気が付いたら二時間以上も話しちゃってたよ」
「天才だと思うんだよね! あぁでも、お婆ちゃんに関してはお婆ちゃんも凄いよ、さっきも話したけど、エピソードが豊富でね、スッゴい記憶力っていうかぁ――」
愛の瞳は輝いていた。まるで自分の事を自慢しているみたいに。『真田先輩を尊敬している』と言葉にしなくても分かるくらいに。
「しかも、真田先輩は新聞部だけで終わる人じゃなかったんだよ! 先輩が自分のSNSにこの記事を上げたらね、スッゴい話題になっちゃって、今では高校生記者としてニュースサイトで連載を持ってるくらいなんだ!!」
そう言って愛は、スマホの画面を正義に見せた。
画面には『toR.NEWS』というニュースサイトが映っていて、そこには確かに真田萌音と名前があった。生活雑貨の記事らしいが『記者 真田萌音』という記者紹介の横には、涼しげな瞳をした美麗な女性の写真もある。
「へぇ~本当だ。凄い人なんだなぁ~、俺も会ってみてぇ!」
「うん! 私もせっちゃんに先輩会わせたい、先輩にはせっちゃんの話をいっぱいしてるし!」
「俺の話? どんな話だよ??」
「あんなことや、こんなこと――」
愛は嬉々とした表情で言う。
愛は真田萌音が大好きだった。真田萌音を新聞部の部長としてだけでなく、人間としても尊敬しているから。
「だから、どんな話だよ?」
「あんなことや、こんなこと――」
「いや、だから……」
幼馴染みの赤井正義と、大好きな真田萌音が出会う時を想像して、愛の瞳は輝き、彼女の声は更に高まっていく。




