第1話 血色の怪文書 1 ―駄菓子屋 山下商店―
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昼食とするには少し遅く、夕食をとるには早過ぎる午後三時、愛と正義と勇気の三人は駄菓子屋 山下商店へ来ていた。
店の隅にある畳敷きの小上がりに座り、三人は机を囲んでいる。
その机は鉄板が敷かれた机だ。
山下商店の店主、山下佳代が作るもんじゃ焼きを食べる為の机だ。
「はい、正義ちゃん。ベビベビもんじゃのベビーマシマシ、お待ちどうさま」
もんじゃ焼きを食べる為の机を囲んでいるのだから、三人のお目当ては勿論もんじゃ焼きである。
山下商店は駄菓子屋だが、五十年以上前の開店当初からもんじゃ焼きも扱っている。
五目もんじゃに、明太もちもんじゃ、海老とタコのもんじゃ、チーズカレーもんじゃ等々、種類も豊富にあり、もんじゃ焼きは山下商店の名物である。
そして、正義のお気に入りのメニューは駄菓子を混ぜたベビベビもんじゃであった。
「ありがとう、バッチャン!!」
久し振りのベビベビもんじゃとの再会に――否、店主のバッチャン=山下佳代との再会に、正義はニカッとした笑顔を浮かべた。
正義が山下商店に来るのは五年振りだった。
五年経っても山下商店は昔と何も変わらない。ウマウマ棒もあれば、ガリガリちゃんもあり、店内に漂う木造の建物独特の仄かな木の香りもそのままで、正義を迎え入れた山下佳代も昔と何も違わずで優しかった。
正義はその懐かしさに感動し、笑顔を抑えられていない。
「相変わらず正義ちゃんは元気だねぇ、その笑顔にお婆ちゃんも元気になっちゃうよ!」
笑顔の正義に山下佳代も嬉しそうに笑った。
山下佳代の微笑みは七福神の布袋様にそっくりだ。笑えば丸い顔が更に丸まり、人の心を安心させる。
「へへっ! バッチャンを元気に出来て良かったぜ!」
「それで、正義ちゃんは今回は旅行なの? それとも、もしかしてこっちに戻ってきたのかい?」
佳代はエプロンで手を拭きながら、小上がりの端に腰掛けた。そんな佳代に、正義はまた「へへっ!」と笑い、「さすがバッチャンだ、鋭いね!」と答えた。
「その通り! 俺、輝ヶ丘に帰ってきたんだぜ!」
「あらぁ~そうなの。それじゃあ二人とも楽しくなっちゃうわねぇ」
佳代が視線を向けたのは正義の隣に座る愛と、その向かいに座る勇気だ。
正義達三人を幼い頃から知っている佳代にとって、三人が仲良しなのは当たり前だ。年齢が八十歳に近付いても、佳代の記憶力に衰えはなく、幼いの頃の三人のエピソードは佳代の頭の中にいっぱい詰まっている。
小二の頃の正義と勇気が店の入口で睨み合ったあの日や、幼稚園の頃の正義が野良猫のリーダーと喧嘩をして顔に傷を作りながらウマウマ棒を買いに来た日も、『パンダ公園に咲いた花にジュースをあげるんだ』と愛がオレンジジュースを買いに来た日も覚えている。
「う~ん、楽しいっていうか、騒がしいかもね! 今日だって、折角の休みなのに連れ回されちゃうし!」
愛が、麦茶を飲みながら答えた。
山下商店ではもんじゃを頼むと麦茶が付いてくる。昔々から続いてる佳代からのサービスである。
「連れまわ……って、なんだよその言い方ぁ~~!」
「だってそうでしょ?」
「やれやれ……お婆ちゃん、すみませんね。騒がしい二人で。さぁ、桃井、正義、焼くぞ!!」
勇気は『やれやれ』と言いながらも笑顔だ。机の上に置かれたもんじゃ焼きのタネが入った器を手に取ると、山下佳代のお手製もんじゃを鉄板に注ぎ込んでいく。
――デカギライとの決戦から数日が経った。天気は快晴、気持ちの良い土曜日は正義をジッとはさせない。朝早くに愛と勇気を呼び出して遊びに飛び出していた。勿論、ボッズーも連れている。連れているが、山下商店に来てからは正義のリュックの中に居る。リュックの中で、窮屈そうに、退屈そうに人形のフリをしている。
「学校はどうするの? 二人と同じ輝ヶ丘高校に行くの?」
焼き役に回った勇気が具材で"土手"を作っていると、山下佳代が正義に聞いてきた。
「うん、そのつもりだぜバッチャン! いやぁ、それにしても輝ヶ丘高校の転入試験てメチャクチャ難しいのな!」
輝ヶ丘高校は数年前に校長が代わり、進学校への道を進み始めている。以前通っていた高校で受けた転入試験は相当難しいものであった。
「"そのつもり"って事は、合格はしたの?」
「勿論だぜ、バッチャン!! 前の学校の担任にさ『引っ越したら輝ヶ丘高校に通いたいんだ』って相談したら、『だったら赤井、お前は生まれ変わらなきゃならん』って猛勉強させられちゃってさぁ! 授業中は居眠り出来なくなるし、半年間くらいかなぁ、毎日補習を受けさせられちゃって……へへっ、でもそのお陰で合格は勝ち取れたぜ!!」
「そうなのぉ、良く頑張ったわねぇ正義ちゃん」
山下佳代が正義に拍手を送っていると、「勉強嫌いな正義がなぁ、マジで驚きだ……」と勇気が唸った。
正義の成績は前の学校では良い方ではなかった。否、"前の"ではない。"昔から"そうだった。だが、正義の勉強嫌いは食わず嫌いに似たもので、苦手意識を持ってしまっていただけである。その苦手意識の切っ掛けは、小学三年生の時に分数の授業を全く理解出来なかったからであるが、『勇気や愛と同じ高校に通いたい!』という一心で苦手意識を克服し、正義は輝ヶ丘高校の転入試験の合格を勝ち取ってしまったのだ。
「で、いつから通うの? 週明けから?」
「いやぁ、それがさぁ。色々あってさ、まだ母ちゃん達がこっちに来れてないんだ。だから、学校はその後になっちゃうかなぁ~~」
香ばしい匂いが食欲をくすぐり始めると、愛がヘラと小皿を皆に渡し始めた。その二つを受け取りながら正義は佳代に首を振った。
「色々かい?」
「うん、元々俺だけが先にこっちに来るって予定ではあったんだけど、ほら、変な奴等が現れたでしょ? それで引っ越し業者からキャンセルくらっちゃってさ、母ちゃん達は遅れちゃってんの。一応知り合いがトラック出してくれるって事にはなってんだけど、すぐには都合付かないんだって」
「そうなのかい……」
デカギライを倒した翌日、正義は勇気からスマホを借りて母に連絡を取っていた。母の陽子と妹の華が輝ヶ丘に来れるには、まだ一週間はかかるらしい。
「おい、正義、出来たぞ!」
勇気によって、正義の小皿に熱々のもんじゃが盛られた。
――勇気の焼き加減は絶妙であった。キャベツの旨味は出ているし、ベビベビの駄菓子の食感が良いアクセントになり、おこげも良い案配で生まれていた。
正義達は「旨い、旨い」と満面の笑みを浮かべてもんじゃを楽しんだ。
味が良いのは勿論、山下佳代の味付けが良いからである。「旨い、旨い」と食べる正義達を佳代は優しい笑顔で見守った。
佳代は輝ヶ丘の子供が大好きだ。
否、輝ヶ丘に住む人々が大好きだ。
輝ヶ丘の全てが大好きである。
佳代は六十年近く前に遠方から嫁いできた。六十年も経てば町の姿は大きく変わる。昔は自然ばかりだった輝ヶ丘も、土地開発が行われて現在ではビルばかりが建っている。
巨大なスーパーマーケットも建って便利にはなったが、時代の変化に寂しさも感じる。だが、そうだとしても佳代は輝ヶ丘が大好きだ。
子供達の遊び場に職場を構え、常に子供達を見ていると分かるからだ。子供達の笑顔や元気さに、町の形は変わっても住む人々の心は昔と変わず豊かなままだと知れるから。
だから佳代は思う。
『輝ヶ丘が大好きだ』と。
『輝ヶ丘は私の宝物だ』と。




