第6話 勇気の心を武器にして 12 ―勇気の心―
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稲妻が走った。
勇気の脳天には強烈な痛みが走り、視界は真っ白に染まる。
勇気は謎の声によって視界を奪われ、絶体絶命に陥ったセイギの姿を見させられていたが、その光景が揺らぐ。揺らぎ、稲妻が消えると、勇気の目の前には――
「も……桃井……」
「あっ! 勇気くん?」
愛が居た。
勇気は本来見えるべき自分自身の視界を取り戻したのだ。
「桃井……桃井だよな?」
最前まで見えていた光景が突然に崩れて、勇気の脳は混乱した――そんな勇気に愛が優しく微笑みかける。
「うん、そうだよ勇気くん! やっと目を覚ましたんだね!!」
「目を……覚ました? そうか……俺は戻ってこれたのか」
「いったい何があったの? 夢でも見てたの?」
愛が問い掛けると、勇気は首を傾げた。
「夢……?」
「うん、何だかよく分からないけど、勇気くん急に叫んでどこか別の世界に行ってた感じだったよ。『目を覚まして!』って言っても全然起きないし……だからちょっと叩いちゃったけど、ごめんね」
「叩いた……」
愛が真っ赤になった右手を見せると、勇気は「そういえば……」と左の頬を擦った。
頬は少し熱く、ヒリヒリと痛かった。この痛みに勇気は微笑む。
「なるほど、桃井が目覚めさせてくれたって事か……」
「うん! ダメだよ勇気くん、起きたまま寝たら! ビックリしたよ!」
「あぁ……すまなかった」
……と頭を下げるが、すぐに勇気は愛の腕を取った。自分自身のことだ、本当に夢を見ていたのではないと知っている。勇気は微笑みを消し、表情を険しく変えた。
「でもな、桃井。俺は寝ていた訳ではないんだ。俺の後ろへ回ってくれ。"奴"がいるから……」
「えっ、奴?」
「あぁ……」
勇気は頷くと愛の腕を引いて背後へと避難させた。それから前方を見据える。勇気には見えているのだ……。
「桃井、正義から聞いてはいないか? 俺の前に現れる、黒く禍々しい闇の塊の事を……」
「闇?」
「あぁ」
「あっ、そう言えばせっちゃんから――」
「聞いていたか。ならば話は早い。いま、俺の目の前には奴が居る……桃井には見えないだろうが、俺には確かに見える。奴なんだ、俺を惑わす者は」
自分の在るべき場所に戻ってこれたと知った直後から勇気には見えていた。愛の背後に、煙の様に浮かぶ"闇の塊"が……。
「今から俺は、奴と決着をつける。だから桃井、また俺がおかしくなったら、その時はもう一度俺をブン殴ってくれ……」
勇気はそう言うと、決意を宿した瞳で闇を睨んだ。
「え……? わ、分かった……」
辺りには殆ど人は居なかった――パトカーの避難要請を聞いて、皆足早に逃げていったから。
闇の眼前に立った勇気は、闇を睨み、問い掛ける。
「やはりお前が、俺を惑わそうとする謎の声の正体――で、合ってるよな? お前はいったい何者だ、俺の恐怖心なのか? それとも何処かからやってきた悪魔か……否、やはりこんな質問はどうでも良いな。それよりもお前は言ったな、今までの俺の人生は、常に死への恐怖と共にあったと――」
『そうだ、お前は恐怖の囚われ人、己の死に囚われた、恐怖の友』
闇が揺らぎ、答えた。
この答えを勇気は笑うが。
「成る程、囚われ人か……否、そうじゃない。そこは否定する。だがお前の言う通り、俺は自分が死ぬのが怖い――」
『ならば、』
「否、待て、喋るな。俺はまだ話し足りていない……良いか? 俺は、確かに死が怖い。だがな、死ぬ事を怖れない人間がいると思うか?」
闇に問い掛け、勇気は再び笑った。嘲笑いにも似た形の、闇に向けた"悪魔の微笑み"だ。
「断言する……そんな人間は存在しない。当たり前の感情なんだ、誰もが皆、死を恐れて生きているんだ。だが、この事に気付く前の俺は自分が恐怖心を持っていると認めたくはなかった。何故なら、恐怖心を持てば《勇気の心》が失われてしまうと思い込んでいたからな……『英雄として、恐怖心は抱いてはならない感情だ』と間違った考えに囚われていたんだ。それは、大きな勘違いだったよ――」
『詭弁を言うな、お前は、恐怖の、』
「惑わそうとしても、もう無駄だぞ。俺は自分が恐怖心を持っていると認めている。もうお前には惑わされない。そして俺は、自分自身と見詰め合い、何を一番恐れているのかも知った」
『一番恐れている、もの、だと、それは己の死だろう』
「いいや、違うな――あぁ、先ずは昔話をしようか。俺は幼い頃、ある出来事から友達を守りたいと思った事がある。その時の俺は考えていた、恐怖していたんだ。『大事な友達が殺されるかも……』とな。子供同士の喧嘩だ、今思えば死ぬなんて事はあり得なかったろう。しかし、その時の俺は本気だった。だから俺は友達を守ろうと考えた。友達の死が恐いから、俺はある心を燃やしたんだ。その時は理屈じゃなく、無意識にだがな――」
『もう、いい、講釈を垂れるな、我を、受け入れろ』
「話の腰を折るなよ……お前が俺の恐怖心ならば、もう受け入れているさ。俺は恐怖という感情を大事にしようと思うからな。分かったよ……お前にある言葉を教えてやろう。この言葉の意味がお前に分かるか?」
勇気はひとつ指を立て、「一に……」と語り出す。
「――恐怖心が無ければ自分の身に迫る危険を察知出来ない。二に、恐怖心が無ければ恐怖を感じる人の心を理解出来ない。三に、恐怖心が無ければ恐怖を感じる人達を助ける為に《勇気の心》を燃やす事が出来ない」
勇気は、三つ上げた指を下ろした。
「この言葉を知った時、俺は言葉に籠められた意味を完全には理解出来なかった。お前には分かるか? 否、分からないよな、だが今の俺には分かる。俺は自分の死よりも本当に恐れている物が何かを知ったからだ。それは"愛する人の死"だ。愛する仲間、愛する友、愛する人の命が失われる事……それが一番恐ろしい。そして、この恐怖があるからこそ、生まれるものがあるとも知った――」
『生まれるもの……何がだ、』
「やはりな、お前には言葉の意味が分からなかったか。生まれるもの、それは何か、それは、俺の"武器"になるものだ」
『武器、』
「あぁ……恐怖すればする程に、愛する命を守りたいという想いは強くなる。だからこそ生まれる。そして恐怖心が強ければ強い程に、俺の"武器"も強くなる。『恐怖心が無ければ恐怖を感じる人達を助ける為に《勇気の心》を燃やす事が出来ない』……この言葉の意味は、そういう意味なんだよ。愛する者の命を失いたくないと恐怖するからこそ、心に"武器"が生まれるんだ!!」
勇気は自分の胸を叩いた――
「その武器の名が分かるか、それは"勇気"だッ!!」
『ほざくな、愚か者よ』
「愚か者はお前だ!!」
胸を叩いた手で、勇気は闇を指差した。
「俺の心には《勇気の心》が存在していると、俺を惑わせようとしたお前自身が気付かせたのだからな!! ――さぁ、愚かな闇よ、そこを退けッ! もうお前には邪魔をさせない!! 俺は行かねばならない、《勇気の心》を武器にして《正義の心》を燃やしながら悪と戦う親友の場所へな!!」
『我を拒めば、お前には死が、待っているぞ……』
「いいや……待ちはしないさ!! 俺は生きる、正義と世界を守るんだッ!!」
勇気の拳が、浮遊する闇を殴った。
闇は揺らめく、
『愚か者、よ、いつか後悔するぞ、』
揺らめき、消えていく――




