第6話 勇気の心を武器にして 8 ―ルールはルールだ―
8
突然の爆撃を受けてセイギは墜落した。
全身を強く叩きつけられた為、呼吸は儘ならない。
「ちき……しょう!!」
だが、セイギは諦めない。体の痛みを気合いで圧して、立ち上がろうする。
「クソガキがぁ……」
デカギライもそうだ。セイギを睨みながらゆっくりと立ち上がった。
爆撃を受けたセイギよりもデカギライのダメージは軽い。立ち上がると、すぐに次の行動に出た。それは分身だ。夕闇が広まり始めた中に光輝く粒子を撒き散らしてデカギライは己の数を増やす。発生させた数は一体や二体ではない、十体以上の大量である。
デカギライとセイギの距離は落下する際に十m以上は離れてしまった。その距離を保ったままデカギライは分身を走らせてセイギを取り囲む。そして、セイギを取り囲んだデカギライは高笑いをあげた。
「フハハッ! 形勢逆転だな、クソガキぃッッ!!!」
「へへっ……」
しかし、セイギは不屈の男。
分身が生み出される瞬間を目撃しても、四面楚歌の状況に陥っても、彼は笑った。
「いや……これで良い。今日の俺には籠の中の鳥が丁度良いんだ……なぁ、ボッズー!!」
セイギはボッズーとも離れてしまっている。
セイギは何処か近くに居るだろうボッズーを呼んだ。
「ん?」
が、返事がない。
セイギは辺りを見回そうとする――
直後、セイギの笑顔は消える事となる。
「ケケケケケ!! そうだなぁバッブー! あっと、違うな、ボッズーかッ!! ケケケケケッ!!」
何故なら、背後からザラつきのある嫌な笑い声が聞こえたからだ。
「なに……!!」
セイギは仮面の中で冷や汗をかいた。
この声が誰のものかすぐに分かったからだ。
「まさか……その声はピエロッ!!!」
「おっと、動くなぁ!! コイツがどうなっても良いのか?!」
セイギの肩に何かが置かれた。
その"何か"が何かも、セイギはすぐに分かった――"彼"はいつもセイギの肩に留まるからだ。感触だけでもすぐに分かる。
「ボッズーッ!!!」
「ご……ごめんセイギ……」
セイギの耳元でボッズーの声がした。
力の無い声だ。ボッズーの姿を見なくとも、ボッズーが弱っているとセイギはすぐに理解する。
「この野郎ッ!! ボッズーを返せッ!!!」
セイギはボッズーを取り返そうと急いで肩に手を伸ばした。
「うわっと! だから動くなっての!!」
――けれど、セイギの手は空振ってしまう。
「アブネェ、アブネェ、後ろに跳ぶのがもう少し遅かったら奪い返されてたぜぇッ! ケケケ!! でもでも、そう簡単には鳥ちゃんは渡さねぇぞ!! 俺は、お前とデカギライの遊びをもっと楽しくしてあげようと思ってるんだから!!」
ボッズーを奪い返そうと手を伸ばしたセイギだが、ただ勢い良く振り返っただけになった。
振り返ったセイギの眼前に居た者はやはりピエロだ。そして、ピエロの手にはボッズーが居た。ピエロはボッズーの頭を掴み、ニタニタと笑っている。
「この野郎……いつの間に現れやがったッ!!」
セイギはピエロを追い掛けた。しかし、ピエロは素早く逃げる。
「おっとと、やめろって! 無理矢理奪い返そうとするならコイツの頭を握り潰すぞ!! 良いのかぁ?? ケケケケケケケケ!!」
「ぐわァァァァァ!!!」
「ケケケッ! ほらほら、鳥ちゃんが痛いってさぁ!!!」
体をくねらせてボッズーは叫んだ。
『握り潰す』というピエロの言葉には嘘は無いらしい。ピエロが掴むボッズーの頭の殻には稲妻の様なヒビが走ったのだから。
「ク……クソッ!!!」
痛みに悶えるボッズーの姿を見て、セイギは固まった。
「ケケケ!!」
その姿を見て、ピエロは腹を抱える。
「ケケケケケケケケ!! 滑稽、滑稽、にわとりコケコ!! ケケケケケ!! いいか、いいか、良く聞けよ! あっ……と、デカギライ、お前も動くな、 今から俺が"ルール"を説明するからなぁ!!」
動きの止まったセイギはデカギライにとっては格好の的だ、デカギライはセイギに向かって発砲しようとしていた。そんなデカギライをピエロは制しようとする。
だが、デカギライも簡単に言う事を聞きはしない。
「ルールだと……何だそれは! 俺に命令をするな!!」
「カーーーーッペッ! それは俺の台詞だぜ! お前みたいな雑魚が俺に逆らおうとするなッ!!」
ピエロはデカギライに向かって唾を吐き、睨みをきかせた。すると、デカギライはセイギに向けていた銃を下ろす。
ピエロの睨みは陽気とも取れる喋り方とは真逆で、冷たく、鋭い、命を奪う事に何の躊躇いもない存在だと物語っている。
「ケケケケケ! よろしい、よろしい、お前が物分かりの良い男で良かったよ――」
十数体にも分身したデカギライ達は皆、悔しそうに歯軋りをする。奇妙な場所に散りばめられた目もピエロを睨んだ――十数体いるデカギライ達の動きは一糸乱れぬもの。悔しさを表す表情も皆同じだ。
そんなデカギライを嘲笑うと、ピエロの残忍な視線は再びセイギに向けられた。
「では、馬鹿セイギ!! お前はどうだ、物分かりの良い男かぁ?」
「ボッズーを返せ……」
否、セイギはデカギライとは違った。
ピエロに睨まれても睨み返せる男であった。
「ケケケケケ!! 『バッブーを返せ……』かっ!
いいね、いいね、カッコいいねぇ!! でもな、返してほしければ俺の言う事を聞くのが一番だぞ!!」
「ふざけんな!!」
セイギは激昂した。
しかし、動けない。ピエロがまたボッズーを痛めつけると分かっているからだ。
「いいや、ふざけてねぇよ! 俺は本気だ! 本気でお前とデカギライの戦いを面白くしてやろうと思ってんだ! いいか、鳥ちゃんを助けたかったら良く聞けよ!!」
ピエロはセイギを指差し、鼻を鳴らした。
「お前に与えられる時間は三十分だ!!」
「三十分ッ?!」
「そうだ、三十分だ! 三十分以内にデカギライを倒すんだ!! 三十分以内にデカギライを倒せたら鳥ちゃんは解放してやる!!」
「ふざけっ――」
「ふざけてねぇって言ってんだろッッ!!!」
ピエロは金切り声をあげ、地面を足で叩いた。
叩かれた地面は割れた。
ボッズーの頭の殻に走ったものよりも大きな稲妻が走る――
「黙って聞けよ馬鹿セイギ……お前の大事な鳥ちゃんの頭もこんな風にされたいのか?」
ピエロは割れた地面を指差し、ニチャリと舌舐りをする……大口からは涎が垂れた。
「嫌だったらちゃんと聞けよ……デカギライ、お前もだ! こっからはルールに則って戦ってもらうからなぁ!!」
再びデカギライに睨みをきかせると、ピエロはボッズーを掴む手とは反対の手で顎に垂れた涎を拭いた。拭き取った涎はフリルの付いたズボンに擦り付ける。それから涎でビッショリと濡れたズボンのポケットをまさぐり出す。
「んしょ! んしょ! ぽんっ!!」
ポケットから取り出した物は風船だった。
それはまるで手品だ。小さなポケットの中から取り出した筈が『ぽんっ!!』と出てきたその時には、風船は既に膨らんでいる状態であった。
「ケケケ!!」
ピエロは邪悪に笑いながら風船に付いている糸をボッズーの首に巻き付け始める。
「良い風船だなぁ……しかぁ~~し!!! この風船は風船の様でいて風船ではないんだ!! じゃあ、なんだと思う? チクタク、チクタク! ブブーーー!!! 不正解!! 残念、正解はぁ……そう、爆弾だぁ!!! ケケケケケ!! ビックリだねぇ!! さてさて、さっきも言ったが馬鹿セイギ、お前に与えられる時間は三十分だ! お前がデカギライを三十分以内に倒せなかった場合、その時はこの風船はドカーーーンするッ!! 分かるか? 鳥ちゃんは焼き鳥ちゃんに大変身ってことだよッ!! ケケケッ! んで、三十分もかからずにお前が負けても一緒、風船はドカーーーンッ! 二人一緒に昇天、死んじまえってこと……ケケケケケケケ!! どうだ? 良いルールだろ? ケケケケッ!!!」
「良いルールだと……ふざけんな! ボッズーを人質に取っただけじゃねぇか!! 卑怯者がッ!!」
「おっと、卑怯者ぉ、おかしいなぁ? さっきお前はデカギライに向かって言ってたじゃないか! 俺はちゃんと聞いてたぜ! 『卑怯で結構だ』ってな!! ケケケケケ!! だったら俺が卑怯でも何も問題無いんじゃない? それに、俺はお前とデカギライの勝負にちゃんとルールを定めてあげてるんだぜ! 卑怯とは全然真逆だよぉ!! ケケケケケ!! だからなぁデカギライ、お前もルールを守れ! お前は鳥ちゃんにはゼッタイに手を出すな!! 考えていたんじゃないか? 鳥ちゃんを人質に取って馬鹿セイギを脅してやろうって……でも、そんな汚い手はダメゼッタイだぞ!! お前と馬鹿セイギは正々堂々と戦うんだッ!!! ケケケケケケケッ!!!!」
『ケケケッ!』と笑いながら、ピエロはボッズーから手を離した。
ボッズーは風船――否、爆弾と共に日が沈んだ空に向かって飛んでいく。
「セ……イギ……」
ボッズーの右手がピクリと動いた。セイギに向かって手を伸ばそうとしているのだ。
しかし、これもまたピエロによって制される。
「おっとと、動かない方が良いぞ、鳥ちゃん!!
お前はとにかく大人しくしていろ!! ルールはルールなんだ、お前が反抗したらソレはルール違反になる! ルール違反を犯せば、その時も風船が爆発するぜ!! つーか、俺が爆発させる!! 風船は俺のもの、爆発するもしないも俺の自由だ!!」
ピエロは自慢げに丸い鼻を擦った。
それからセイギに向かって唾を飛ばす。
「馬鹿セイギ、お前も変な事を考えるなよ! たとえばお前の剣で鳥ちゃんに括り付けられた糸を切ろうとしたら、それも俺はドカーンにするからな! 俺はこれから一時この場を離れるが、審判として遠くからちゃんと見てるからな! ルール違反は見逃さないし、許さないぞッ!! ルール違反を犯した瞬間に、俺はすぐに爆発させるぜッ!! 分かったかぁ~~~??」
「……」
「何だ? 分かったか? 答えろよ?」
セイギはピエロの問い掛けに答えなかった。ただ、空へと昇っていくボッズーを見詰めるだけ。
セイギはピエロのルールに従う以外でボッズーを助ける方法はないかと思案しているのだ。
― ジャスティススラッシャーを放って風船の糸を切れば……いや、俺がボッズーに向かって剣を振った時点でピエロは爆発させるだろうな……どうしたら、どうしたら良いんだ……
だが、思い付く全ての方法が自分自身に否定される。
頭を掻いても妙案は浮かばない。
「セイギ……ダメだボズ、ピエロの言う事を聞くな……」
「バカ鳥ッ! お前は喋んな!! 俺は馬鹿セイギに聞いてんだよ!! ケケ!! おい、ガキ馬鹿セイギ! お前は英雄なんだろ? だったら正々堂々勝負に勝ってお友達を助けろよ!! それが英雄ってもんだろ!! ケケケケケッ!!!」
「ちきしょう……」
セイギは拳を握った。
セイギの答えは決まった。しかし、その答えはピエロに煽られたから出した答えではない。『ボッズーを助ける為にはどうしたら良いか……』と考えに考えて出した答えだった。
「――分かった。やるよ……その代わり、俺が勝った時は本当にボッズーを解放してくれるんだよな?」
「ケケケ!! あったり前だろ!! じゃないとルールを作った意味がないぜ!! ケケケ!! さぁ、ガキ馬鹿セイギッ! 剣を出すんだ!! 勝負開始のゴングを鳴らすぞ!! さぁ両者、見合って、見合ってぇ……のこった!!」
セイギは腕時計を叩いた――
「ケケケ!! せいぜい頑張れよ!! ケケケケケケケケ!!」
ピエロは煙となって消えていく。




