第6話 勇気の心を武器にして 5 ―衝動が体を突き動かす―
5
「そろそろ魔法の果物の味にも飽きてきたなぁ」
「そうかぁ? 俺はこの味好きだけどなボッズー!」
「いやぁ……俺は、ボッズーよりも食ってんのよ。願いの木にもっと具体的に願えば、味とか変えられんのかなぁ?」
「う~ん、多分出来るんじゃないかボッズー?」
正義は切り株の椅子に座りながら、魔法の果物を食べていた。
魔法の果物の味は林檎やプラムに似ている見た目の通りに、林檎やプラムに似ていて美味である。だが、正義がここ数日間で食べた魔法の果物の数は、両手両足の指を全て使っても数え切れない数であり、正義は食べ飽きてしまっていた。
「そっか、じゃあ今度やってみよっかなぁ~~」
「どんな味にする気だボズ?」
「う~ん……もっと甘い方が良いな。餡子味とかどうだ?」
「それはキモいだボズ……」
特訓で疲れた二人の体は、魔法の果物で癒された。そこに愛からの通信が届く――デカギライ出現の知らせだ。
「分かった……了解!!」
腕時計を叩いて愛からの通信を切ると、正義は立ち上がった。
「ボッズー! 行くぞ!!」
「早速かボズ」
「あぁ、決めるぜ!!」
―――――
デカギライの声を聞いた愛が店を出ると、大通りには人が溢れ返っていた。それは歩道も車道も関係なく。皆、逃げているのだ。
逃げる人の波を愛は逆走していく。その先にデカギライがいる事が明らかだったからだ。
そして、愛の後ろには勇気もいた。
勇気は何故自分が愛と共に走るのか、自分自身でも分かってはいなかった。ただ衝動的に『デカギライが現れた場所へ行かねばならない……』と思った。ただそれだけだった――
「フハハハハハハッ!! 雑魚雑魚雑魚雑魚!!!」
デカギライが現れた場所は勇気と愛が居たカフェからそう離れてた場所ではなかった。カフェと同じく輝ヶ丘の中心部に建つ、輝ヶ丘警察署であった。警察官を消滅させる能力を持つデカギライにとっては獲物の巣穴とも謂える場所だ。
「フハハッ! 次は誰にしようかなぁ!!」
警察署の敷地内に立つデカギライは、警官に囲まれながらも余裕綽々に高笑いをあげていた。
デカギライの周囲には幾つも青い制服が落ちている。既に数名、被害者が出ているのだ。『次は――』の言葉の通りに、たった今も一人を消したばかりだ。
「ハハッ……次はお前にするか」
自分を囲む警官達を見回していたデカギライは、警察署の入口近くに停車するパトカーの陰に隠れる若い警官に目を付けた。
「BANGッ!!!」
デカギライが銃声を口にすると、右手に生えた銃から弾丸が発射される。
ラッパの様に広がった銃口から放たれる弾丸はラグビーボール程の大きさをした巨大な弾丸だ。その狙いは正確である。ボンネットの向こう側に僅かに見えていた若い警官の頭部にズレる事なく命中し、警官は自分の死を受け入れる間さえ与えられなかった。
「フハハハハハッ! 刑事共よッ! 弱過ぎる、弱過ぎるぞぉ!!」
若い警官が一瞬にして消滅すると、デカギライの高笑いの声は更に高くなった。
デカギライの顔面はまるでキュビズムの絵画の様に、目も口も鼻も奇妙な場所に配置されているが、右頬に置かれた口が警官達を嘲笑って大きく歪む。
「残念だなぁ、俺が今まで忌み嫌っていた奴等はこんなにも雑魚だったとはなぁ! 俺は人間である事を棄てたんだぞ!! お前等ももっと強くあれッ――おぉ、何だそれは、そんな物で俺を閉じ込めたつもりか?」
デカギライが突如驚いた理由は、大勢の仲間を失った警官達がパトカーを使って警察署の前にバリケードを作ったからだ。
しかし、警官達は発砲はしない。デカギライ出現からの数分間で自分達が持つ銃ではデカギライに傷一つ与えられないと判明しているからだ。
本庁へSIT出動の要請は掛けている。SITの武器も通用するかは分からないが、現在輝ヶ丘警察署の警官達が取れる策は"デカギライを閉じ込めて応援の到着を待つ"……これしかなかった。
「フハハハハッ! 囲んだだけで撃ってはこないのか? そうだよな、お前等の銃は俺には通用しないからなぁ! 良い判断だよ、根性無しが! だがなぁ……だったらお前等が隠れている内に、こっちに居る奴等をブチ殺してやるよッ!!!」
デカギライはバリケードとなったパトカーから視線を反らし、警察署の建物を指差す。署内にはまだ大勢の人が居る。デカギライはニヤニヤとキュビズムの顔を歪ませ、入口へと向かっていく。
「やめろッ!!!」
その時だ、何者かが叫んだのは――
「おっと……ひとりくらいは俺と戦う根性のあるヤツがいたか?」
「いい加減にしろ……これ以上、命を奪うなッ!!」
デカギライは声が聞こえた方向を振り向いた。
だが、デカギライを止めようとする者は警官ではなかった。
警察署の前に設置されたパトカーのバリケードの向こう側に立ち、デカギライを睨んでいる者がいる。
「ん……確か、お前は?」
デカギライを睨む者は拳を握り、声の限り叫ぶ、
「命を弄ぶなッ!! 俺は貴様等を……王に選ばれし民をッ!! 絶対に許さんッ!!!」
デカギライに向けた怒りを爆発させ、声の限り、青木勇気は叫んだ――
英雄を辞めると決めた筈であるのに、何故自分はデカギライの蛮行の現場へと走ったのか、何故デカギライに向かい叫ぶのか、その理由を勇気は自分自身に問い掛けるが答えは分からない。
ただそこにあるものは"衝動"、体を突き動かす"衝動"だ。
「お前……この前山の中で会った奴か?」
デカギライは勇気を覚えていた。
銃口を勇気に向ける。
「やめろ! 下がるんだ、少年!!」
勇気の近くで警官が止めるが、しかし、勇気は下がらない。
「フハハッ!! ついこの前も似た様な場面を見たなぁ! おいクソガキ、お前はまた同じ過ちを繰り返すつもりか? この前もそうやって、お前の暴走が刑事共の死を招いたのを忘れたのか?」
デカギライは勇気を脅すが、勇気は引かない。理屈ではない衝動が勇気を突き動かしているからだ。
勿論、勇気はデカギライを怖いと感じている。
『相変わらず、恐怖を抱えた臆病者だな……』と自分自身を蔑む言葉が脳裏に浮かぶが、デカギライ以上に怖いものがある。それは、デカギライの殺戮を見過ごす事だった。目の前で奪われそうになっている命を見棄てる事の方が勇気は怖かった。
「忘れていないさ、俺の過ちは許されない……だから俺を殺れよ! この人達の命が救えるのなら、俺はそれでも構わない、俺を殺して、お前はここを去れ!!」
勇気は『自分の命を賭してでも、デカギライを止めてやる』と考え、言葉を紡ぐ。
「何だそれは……取り引きになってねぇなぁ!! 刑事共を殺す楽しみと、お前を殺す楽しみが同等だとでも思っているのか? お前が"ガキナントカ"だとか名乗っているクソガキなら別だがなぁ!!」
「そうだと言ったら――」
「はぁあ?」
「俺がそのガキセイギだとしたら!!」
勇気は咄嗟に切り返すが、デカギライはガキセイギの正体を知っている。
デカギライは勇気を笑った。
「フハハハハッ!! 馬鹿な嘘を吐きやがって!!
俺がアイツの正体を知らないとでも思っているのか、英雄気取りもいい加減にしろッ!!!」
デカギライの銃が火を吹こうする――
「気取りじゃないぜッ!! 英雄だッ!!」
直後、声が聞こえた。
その声は空から聞こえた。
そしてもう一つ。
「そうだ、勇気は英雄だボッズーッ! くらえッ!!」
「!!!」
火を吹く前にデカギライの右腕は爆撃を受けて天を向く。
「勇気ッ!! こっからは俺に任せろッ!!!」
「正義……」
勇気が空を向くと、そこにいた者は《正義の英雄》=ガキセイギ。
「行くぜぇーーー!!!」
ボッズーと共に空を飛んで現れたセイギは、ボッズーの羽根の爆弾をくらって悶絶するデカギライの体を掴み、飛んできた勢いのままに三階建ての警察署の壁に向かって突進する。
「ッッッ!!!」
ドガンッと衝撃音を響かせて、セイギとデカギライは警察署の三階と二階の中間の壁に激突した。月のクレーターの様に警察署の壁はへこみ、細かく砕けた瓦礫が煙の様に宙を舞う。
「――なぁッッッ!!!」
煙の中から、デカギライは落ちてくる。
対してセイギは、デカギライをエアーバッグ代わりにして激突の衝撃を防ぐと、空中で一回転して、怪我一つ負わずに着地した。
「ちき……しょう……また現れたのかよ!!」
俯せに倒れたデカギライはギリギリと歯軋をしながら立ち上がる。
「折角、楽しんでいたのに……何で邪魔しに来るんだッ!!! BANGッ!!!」
デカギライはガキセイギに向かって発砲する……が、
「へへっ!!」
セイギは素早い動作で腕時計を叩いた。
「邪魔だと、いいや違ぇなぁ! 俺は邪魔しに来たんじゃねぇ! 俺は、お前を倒しに来たんだッ!!」
セイギは腕時計から現れた白い柄を掴むと一気に引き抜き、大剣を出現させる――己に向かって飛んでくる弾丸を斬った。
「俺を倒すだと……ガキナントカよぉ、ほざくんじゃねぇ!!」
「いいや、ほざくさ! ほざき続けてやるぜ!! そして、覚えておけ――お前を倒す俺の名を!!」
セイギはデカギライに向かって大剣を構える。
暮れゆく太陽を背に彼は名乗った――
「正義の心で悪ぁくを斬るッ! 赤い正義ッ!! ガキセイギッッッ!!!」
正義の心を真っ赤に燃やし、悪を倒すと己に誓って。
「これがお前を倒す、男の名前だッッッッッ!!!!!」




