第5話 俺とお前のオムライス 16 ―約束しろ!!―
16
小川橋を渡って、右に曲がると、川原へと下りる為の階段がある。
「居たぁ!!!」
階段を駆け下りた正義が橋の下へと視線を向けると、すぐに視界に入った。勇気に馬乗りになっている山田の姿が――
「山田の野郎ぉーー!!!」
山田は橋の下で勇気を殴り続けていた。
この姿を目撃した瞬間に正義の怒りは爆発する。
「やめろコノヤロぉーーー!!!」
正義は怒鳴った。怒鳴りながら必死に足を回し、一気に山田に近付いていく。
そして、丸々とした背中を目の前にすると勢い良く飛び掛かった。
「うわッ!! な、何だッ!!!」
正義が飛び掛かると、直後に山田が叫んだ。
山田の背中に飛びついた正義はまるで猿だったからだ。正義は山田の耳に思いっ切り噛みついたのだ。
「だ、誰だッ! 痛い、痛いッ! 離せッ!!」
突然の痛みに驚いた山田は体を持ち上げる。
背後からの突然の攻撃だ、山田は何が起こっているのか分かっていない。しかし、自分を攻撃する何者かを振り飛ばそうと体を左右に振った。その力は相当な物で、正義の体は振り子の様に揺れる。だが、正義の『勇気を助けたい!』という想いも相当強い。どんなに激しく振られても『離れてなるものか!』と必死にしがみ付き、山田の耳に噛みつき続ける。
「うわぁ!! やめろー!!」
山田は泣くに近い声で絶叫した。
絶叫するも、振り落とそうとしても無理だと判断したのか、体を揺らすのを止めて今度は自分の肩にある正義の手を剥がしにかかった。
勿論、正義は抵抗する。指が一本剥がされても次の指が剥がされる時には先に剥がされた指で再び山田の肩を掴み、しつこく噛みつき続ける……が、怒りを燃やし続けていた正義の体は熱くなり過ぎていた。手にはびっしょりと汗をかいている。汗で手が滑る、その滑りは正義の握力も、しつこさすらも凌駕してしまう。
「あッ!!!」
しかも、山田は真っ黒なダウンジャケットを着ていた。ナイロンの生地が更に正義の手を滑らせ、遂に正義は地面に落ちた。
「テメェ!!! 誰だぁぁぁッッッッ!!!」
正義が落ちると山田は猛牛が如く吠え、後ろを振り向いた。その顔は怒りで震えている。否、顔だけではない。岩石に似た拳もブルブルと震えている。
「赤井……お前だったのかッ!!!」
自分を攻撃していた者が正義だと分かった山田は、荒々しい目付きで正義を睨んだ。
しかし、それは正義も同じだ。
怒りに燃える瞳を山田に向ける。
「うるせぇ、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャンってヤツだぜ!! お前が呼び出したのは始めから俺だろ!!」
正義は挑発する様に山田を指差した。
この仕草は山田の怒りに更に火をつけてしまう。
「なんだとこの野郎ぉッッ!! ブッ殺してやるッ!!!」
山田は右足を振り上げた。正義を踏みつける為だ。小さな正義と巨漢の山田、山田が体重を乗せて振り下ろせば正義はひとたまりもないだろう。
しかし正義は体が小さな分、その動きは素早い。
山田が右足を振り下ろす最中に正義は地面を転がった。
「あっぶねぇ!!!」
――間一髪だ。山田が地面を踏みつけた時、正義の体はその真横にあった。
「やられてたまるかぁーー!!!」
続け様があっては困ると正義はすぐに立ち上がった。今度は正義の番だ。正義は立ち上がると山田の背後に回り込んだ。
「オリャーーー!!」
山田が足を振り下ろすのならば、正義は振り上げた。それは山田の身体の中心にあるモノに向かって。人間の一番弱い部分に向かってだ。勇気と出会った日に正義自身も机の角にぶつけた一番痛い部分に向かってである。
「ぁ……」
正義の蹴りは見事に命中した。
山田は叫び声すら上げられずに、前のめりに倒れていく。
「一生そこで倒れてろ!!」
山田が倒れればもう用はない。正義にとって大事な者は勇気だ。
「大丈夫かよ、勇気!!」
正義が駆け寄ると勇気は頷き返した。しかし、その顔は鼻血で真っ赤に染まっている。友達のこんな姿を見て、正義は悔しさと悲しさでいっぱいになった。瞳からは涙が溢れ出そうになる。
「ひでぇ……痛ぇなぁ、痛いよな、勇気」
「ははっ……正義くん、大丈夫だよ。このくらい平気さ」
今にも泣き出しそうな正義に、勇気は笑顔を見せた。
それから勇気は立ち上がろうとする。
でも、どう見ても『平気』には見えない。
でも、勇気は気丈に振る舞う。
「それよりも……正義くん、何で来てしまったんだ。折角、俺一人で山田をやっつけてやろうと思っていたのに、手柄が失くなるじゃないか」
「なに言ってんだよ、分かってるって、勇気は俺を守ろうとしてくれたんだろ、スゴいよ! 勇気はスゴい奴だよ!!」
「そんな、守ろうだなんて――」
……と勇気は否定しようとするが、照れ隠しの意味はないとすぐに悟った。
「……ふふっ、そっかバレてしまっているなら仕方がないね。でも、正義くんだってスゴいよ、たった一人で助けに来てくれた!」
「へへっ! 俺は勇気の真似をしただけだよ、勇気はスゴい奴だ! "勇気"のある奴だぜ!!」
「勇気が"勇気のある奴"……正義くん、面白い冗談を言うね!」
「えぇ違うよ、冗談じゃねぇよぉ! 俺は本気だよぉ!!」
股間を蹴られて山田は倒れた。
二人は戦いが終った喜びに包まれていた。正義は勇気を助けられた事が嬉しく、勇気も正義を助けられて嬉しかった。
山田がしつこい奴でなければだが――
「お前ら、何楽しそうに喋ってんだ!! まだ終ってねぇぞッッ!!!」
正義と笑い合いながら勇気が立ち上がった直後、二人の背後から山田の怒鳴り声が聞こえた。
山田も立ち上がってしまったのだ。正義と勇気が振り向くと、山田は額から大粒の汗を垂らしながら、鼻息荒く、二人を睨んでいた。
「赤井……よくもやりやがったな!! やっぱりお前は邪魔者だ!! 俺の思い通りにならない邪魔な奴だ!!」
「うるせぇ、一生倒れてろって言ったろ!!」
「なんだと、この野郎ッ!!」
「やるかぁ!!」
正義と山田は再び睨み合った。
「始めからお前の相手は俺だったんだもんな!! 山田、こっからは俺と一対一で勝負しろ!!」
「あぁ……望むところだ!!」
両者の拳は握られた。正義と山田の戦闘態勢は整えられた。「勇気、お前はもう逃げろ!! 」と正義は呼び掛ける。
「ダメだ!!」
だが、勇気は首を振った。勇気は逃げなかった。逆に勇気は正義の前に立ちにいく。その両手は正義を庇う様に広げられる。
「ダメだ……ダメだよ正義くん、俺は山田と殴り合いをしに来た訳じゃないんだ。俺は、山田と約束しに来たんだよ……」
「約束、なにそれ??」
正義が首を傾げると、山田に視線を送ったまま勇気は最前の言葉の中にあった『約束』の意味を正義に向かって説いていく。
山田には『正義には手を出さない』と約束してもらいたかった……と。
「だって、元はと言えば俺と山田の喧嘩だからね……それに、そうじゃないと続くでしょ。いつまでもいつまでも嫌な事が。俺は嫌なんだ、友達が傷付く事が。だから……山田、約束してくれ! 正義くんには手を出さないって!!」
「するかよそんな約束!!」
山田は勇気の言葉を吐き捨てた。鼻で笑い、唾を吐いた。でも、
「そっか……そうだったのか」
勇気の言葉は正義の心には刺さった。
「勇気、やっぱりお前はスゲー奴だな。俺はコイツをブン殴る事しか考えてなかった。約束なんて、そんなスゴい事は考えてなかった! そうだ、そうなんだよな! 約束だ、約束してもらわなきゃ、いつまでも喧嘩が続くんだよな!!」
勇気の言葉に正義は感銘を受けたのだ。
幼い正義は単純な思考回路で動いてしまう子供だ。であるが、幼いながらに『勇気の考えは正しい』と思った。思ったのならば、単純な思考回路の正義は即座に動く。
正義は一歩前に出た。勇気の隣に立ち、握った拳を解く。その両手は勇気と同じになる。
「山田ぁ、俺とも約束しろぉ! 勇気を殴った事を謝るって、勇気の父ちゃんを馬鹿した事も謝るって……それから、もう勇気の父ちゃんを馬鹿にしないって約束しろぉ!!」
「赤井まで何を言ってんだッ!! 約束なんてしない!!」
「うるせぇ! 約束しろ!!」
「しねぇよ!!」
山田は拳を振り上げ、正義に殴り掛かろうとする。
「やめろッ!!」
しかし、勇気が躍り出る。
「やらせない……正義くんは殴らせない!!」
勇気は山田の拳を掴んだ。
「何なんだよお前ら!!」
山田は掴まえられた方とは反対の拳を勇気に向かって振り下ろした。




