第1話 追放された付与術士
ある日の夜。
俺の所属しているギルドは盛大に祝っていた。
不可能とされていたブラック・ドラゴンの討伐に成功したからだ。
その功績を称えられ、ギルドのランクは最上位のS級に認定されたのである。
ギルドの名前は『聖なる神盾』。設立からたったの五年という短い期間で、このリンドヴルム王国にある数十のギルドの中でトップに君臨したのだ。
「ユウ、お前の強化付与のおかげだぜ!」
「私達が強くなれたのはアナタのおかげよユウ!」
「ありがとなユウ!」
仲間たちは俺を取り囲んで、感謝を告げてきた。
自分のおかげだと言われても実感がないので、照れながら「そんなことないですよ」と謙遜してしまう。
俺の名前はユウ・ヴァルハルト。
ギルドに所属して二年目になる付与術士で、能力は味方にバフをかけて強化することだ。
筋力、防御、俊敏、魔力。
能力をすべて強化することができる魔法使いで、世の中には片手で数えられるほどしかいないレア職業と言われている。
そんな俺だが、このギルドに所属している理由は幼馴染に誘われたからだ。
幼馴染の名前はリーンで、故郷で毎日のように同年代の男の子たちから告白を受けるほど可愛い。
だが、職業が決められる儀式で『聖女』の能力を授かった彼女は、それよりも冒険がしたいと好奇心旺盛な女の子だった。
『聖女』とはかつて世界を救った勇者パーティのメンバーと同じレア職業である。
そんなリーンとは家が隣同士なので、必然的に仲良くなった。
リーンは昔から『ユウ大好き』と周りの目を気にせず抱きついてくるような子で、それに嫉妬した男の子たちからイジメを受けたりしていた。
いつもリーンが助けてくれたけど。
俺はそんなリーンのことが好きだった。
そんなある日、15歳になったリーンはあるギルドマスターから勧誘を受けた。
ギルドマスターの名前はザラキ・エルファン。
豪華な鎧を身にまとった貴族出身の男で、ギルドを創設したばかりらしい。
『聖女』という職業を授かった少女の噂を聞きつけて、王都から遥々やってきたとのことだ。
昔から冒険がしたいと言っていたリーンは『ギルドに入ります』と迷わず返事をした。
『でも代わりに、ユウも入れてください』と何故か俺の加入を条件に出した。
ギルドマスターのザラキさんは困惑したが俺が授かった職業が『付与術士』と聞くと目の色を変えて、加入を許諾してくれた。
リーンに連れられ、ギルドの一員になってしまったが楽しい二年間だった。
付与術士なので、前に出て戦うことはほとんどない。
後方から味方にバフをかけてサポートに徹するほがほとんどだ。
だけど、ある程度は戦えるように鍛えてはいる。
そこらの魔法使いよりも強いと評価を受けるほどの才能はあるらしい。
ギルドメンバーたちと比べたら弱いほうだけど、そんな俺に対してザラキさんは優しくしてくれた。
俺の付与術士の能力、バフは一度かけたら術士が解除するまで持続的に付与されたままだ。
バフをかける時は魔力が消費されるが、かけた後は魔力に影響はない。
なので、わざわざ解除はせずそのままにしている。
「そういえば、ユウ。ギルドマスターが呼んでいたぜ」
「ザラキさんが? どんな用なんだろう?」
「行ってみれば分かるさ。リーンちゃんも待っているみたいだから、早く行ってやんな」
ギルド『聖なる神盾』のサブマスターのアルデラさんにそう伝えられる。
せっかくのパーティーだというのに一人で仕事とは頭が上がらない。
ギルドがS級になったことで、これまでより忙しくなっていくのだから仕方ないっちゃ仕方ないけど。
リーンも待ってくれていることだし早くいかないと。俺は急いで、ギルドマスターの執務室へ向かった。
「ユウ・ヴァルハルト。本日をもって君を解雇にする。今までご苦労だったな。今夜中に荷物をまとめて出ていきたまえ」
執務室に入った瞬間、書類を整理しているザラキは目も合わせずに冷たく告げた。
意味が分からず固まってしまう。
「え、ど……どうしてですか……? そんなこと急に言われても……」
血の気が引いていくのが感じた。
ザラキはそれでも目を合わせてくれない。
「言っただろう、解雇だよ解雇。S級ギルドになった今、君の強化付与はもう必要ないということだ」
「用済みって……」
「S級ギルドは現時点において五つしか存在しない。つまり我々はランクを維持するため、有能な人材しか置かないという方針を定めることにしたのだ」
「だったら! 俺の付与は必要不可欠でしょ!? ブラック・ドラゴンを討伐できたのだって……」
ザラキは顔を上げて、苛々とした視線を俺に向けてきた。
目の奥に殺気が混じっていた。
「味方を強化することしか出来ない役立たずを置くほど、我々は寛容じゃないのだよ無能。魔法をそこそこ使える程度で戦闘面で全然役に立っていないのだよ貴様は。ノルマも達成していない、戦績もギルドの中で最下位。ギルドメンバー全員を強化した今、貴様に出来ることはもう何もない」
「……仲間だとは思ってくれていなかったんですか?」
「はあ? 家に住み着く害虫に感情移入しろって言っているのかい?」
ザラキは俺を見下すように睨みつけ嘲笑った。
今まで優しかったのに、まるで別人のようだ。
「他のギルドメンバーたちも同じ意見だったよ。足手纏いと一緒にいる戦場は不安で、さっさとユウを追い出せと言っている。それでも貴様はこのギルドに留まりたいと言うのかい?」
先ほど会話を交わした仲間たちの顔が脳裏によぎる。
ユウお前のおかげだ。ユウの強化付与がなければここまでやっていけなかった。強くなれたのはユウのおかげ。
皆、嬉しそうに言っていたけど。
結局、俺の強化付与にしか興味なかったというのか?
ショックのあまり黙り込んでいると、執務室の扉が開かれた。
幼馴染のリーンが入ってきたのだ。
虫を見るような目を向けられる。
「あれ、ユウまだ居たの? てっきりもう出て行ったの思ったよ」
「リーン……もしかして俺が解雇されることを知っていたのか?」
「まあね、一ヶ月前から皆で話し合って決定したことだけどブラック・ドラゴンと戦うための準備で忙しかったじゃん? それで中々言い出せなかったの」
「君も賛成したのか?」
「したよー、だってユウって強化付与以外なんの役にも立たなかったじゃん」
リーンにそう告げられ、吐きそうになった。
ギルドに誘ってきたのは彼女だというのに、強化付与を受けるだけ受けて、用済みだって言うのか?
爪が食い込むくらい強く、拳を握りしめる。
「もういいよ、分かった。出て行くよ……」
必要ないと言われ、強化付与しかできないと言われ、出て行けと言ってくるようなギルドは、俺の居場所ではない。
さっさと出て行こう。
「待ちたまえユウ、もう一つ貴様に伝えることがあった」
執務室から出ようとした俺をザラキが呼び止める。
振り返ると、リーンがザラキの膝の上に座って、幸せそうに手を繋いでいた。
「リーンと結婚することになった。一応、貴様も知っておいたまえ」
……は?
いつも大好きと言ってくれた幼馴染のリーンがザラキと結婚する。
何で? いつから?
いや、知りたくない、何も知りたくない。
事実を前にするのが怖くて、体が勝手に動く。
真っ白になった頭のまま俺は執務室から飛び出していた。
後ろから嘲笑が聞こえてくる。
好きだった幼馴染が、尊敬していたギルドマスターが俺を嘲笑っていたのだ。
みっともなく涙を流しながら俺は逃げるようにして、ギルド『聖なる神盾』を脱退した。