1-1 ブラッド・コード
目を覚ますとそこは見知らぬ駅だった。
俺は夕暮れ時のホームに立っていた。何故ここにいるのか分からない。
「空が綺麗だ」
誰かの声に空を見上げると、確かに都会ではお目にかかれない程広くて美しい空だった。山脈に向かって沈む夕日に照らされたのどかな田園。山の麓の森に帰る鳥の群れ。そこから流れる川は陽を反射して淡く輝いていた。
すると1人また1人とホームの柵を乗り超えていく。俺ももっと近くで見たくて柵に手をかける。
『駄目!』
ふっと我に返る。俺は今、何をしようしていた?
「こっちよ!早く!」
腰が少し曲がったおばあちゃんが俺を呼んでいる。
「夜が来る前に行くよ!」
そのおばあちゃんに手を引かれるまま歩いて無人改札を降りた。そして虫の鳴き声しか聞こえぬ畦道を歩く。
「おばあちゃん何処に行くの?」
「あそこに見える建物よ。急ぎましょ」
指を指された方を見ると巨大な建造物が見えた。円形の建物から何本も細い塔が伸びており、まるで誕生日ケーキみたいだった。
「おばあちゃん。あれ何?」
「安心して。貴方を守ってくれる人がいるのよ」
それだけ言うと暫く無言で歩き続けた。
自分達以外にも、向こうに見える建物を目指して歩いている人がいた。老若男女がペアとなって歩いている。
「こっちよ!早く!」
「頑張れ!後もう少しだ!」
「いいぞ!その調子だ!」
そして様々な言葉で相方を鼓舞していた。俺はおばあちゃんに引っ張られるままサクサクと歩く。そして辺りはすっかり暗くなった頃、畦道から降りて田んぼの中を突き進む男性がいた。その人のペアと思われる女性が道に引き戻そうと男性の手を引っ張っているが、男性は奥へ奥へと進んでいく。
「あの人は何をしているの?」
「気にしなくていいのよ!急ぎましょ!」
引く手の力が強まった。俺は更に歩くペースを上げる。すると虫の音が鳴り響く中、人の声が聞こえた。
「あれ?おばあちゃん。なんか声が聞こえるよ。待ってよ、って言ってるよ?」
「耳を澄ましては駄目よ!」
子供の声だ。俺は反射的に足を止める。すぐ側の田んぼから声が聞こえた。
「ねえ、お兄ちゃん。待ってよ」
暗闇の中、目を凝らしてみる。
「…どうしたの?」
闇より暗い影に向けて恐る恐る声をかける。
「…お兄ちゃん…からだ…ちょうだい」
俺は声の正体を見て直ぐに逃げた。人じゃない何かだったからだ。
「待ってよおおおにいちゃんんん」
後ろの声に振り返ると同じような化け物が沢山いた。人の形をしてるが空洞の目をした何かが追いかけてくる。
それを見て久々に悲鳴を上げた。おばあちゃんも俺にしがみついて悲鳴を上げている。俺はがむしゃらに走った。
「こんなの聞いてないよ!」
「言ったって信じないでしょ!」
あれほど遠く感じた建物も気が付けばもう少しだ。このまま走り続けていけば間に合う。
俺は助かると思った。門が閉まっている事に気が付くまでは。
「嘘だろう!おいっ!」
「誰か助けて下さい!お願いします!」
おばあちゃんは必死に門の扉を叩く。俺も一緒になって拳を叩きつける。
「開け!開け!開け!」
「お願いします!どうかお願い…」
「ねえ。お兄ちゃん」
ぴたっと動きを止めた。ひんやりとした空気を感じた。寒さなのか恐怖なのか、体が震える。
「怖い怖い怖い」
おばあちゃんも隣でガタガタ震えている。
意を決して振り返ると、目の無い何かがいやらしく笑っていた。
「あのね、お兄ちゃん。ママとパパに会いたいの。だからね…からだ、ちょうだい」
首が締まる。息ができない。子供の小さな手が眼下に見える。解こうにも金縛りにあったのかのようにピクリとも動けない。
「いいなぁ。俺も欲しい」
「私も欲しい」
目の無い何かが次々と俺に手を伸ばす。
「ちょうだい。体、ちょうだい」
視界を埋め尽くす程の無数の青白い手が俺に覆い被さる。
(俺…終わった…)
薄れゆく意識の中、夥しい程の手から遠ざけるように誰かが戦っていた。袴を着た男性が手に持った刀で切り裂いていく。
『起きろ』
その声に途切れかけていた意識が覚醒した。
『門は開けた』
体の中から力が湧いてくる。そして光が指す方へ飛び込む。