あなたの言葉を下さい
あたしは別棟の生徒会室へ とにかく走るっ!
はぁ はぁ はぁ はぁ・・・・
なんという失態! お箸を渡すの忘れるなんて。あたしはパニクり気味。
こんなんじゃせっかくのお弁当を食べてもらえないばかりか、お昼ご飯食べ損ねさせちゃう!
渡り通路を走り抜け、階段を疾風のごとく駆け降り、廊下を走った。
この時間、この特別教室の集まるこちら側の校舎には生徒はほぼいないのが幸いした。バタバタと響く足音を構うことも、人目を気にすることもなく全速力!
着いたっ! 生徒会室っ! ブレーキ、キュキュキューっ! ピタッ
上履きシューズの裏のゴムが焦げそうなイヤな音がした。
バンバンっ
あたはゼイゼイしながら扉をノック! 中からの返事も待たずにガラッと開けた。
中では長机に重箱を広げ、折り畳み椅子を並べて座ってる二人の男子がいた。
これを・・・このバッグを早く渡さなきゃ!
慌てて駆け寄ったけれど・・・
でも、待って! あたし、息があがって苦しい・・・
あたしは膝に手をついて息が整うのを待つ。
はぁ はぁ はぁ・・・・
「ごっ、ごめ、はぁ、はぁ・・・」
あたしは10数えるくらいで何とか顔をあげた。
ライダくんがいたっ! そして、生津田沼くんいたっ! きゃーーーーっ!!
あたしを不審者を見るような目で見てるっ!
そうよね、食事中突然駆け込んで来るなんて。
ああん、あたし今、汗かきーので髪もぐしゃぐしゃーのだよ、きっと。
こんな姿をいきなり津田沼くんの前でさらしてしまうはめになるなんて!
あたふたしたしながら、あたしは持ってきた紙皿と割りばしとスプーンの入った小さな手提げをライダくんに差し出した。
「あっ、あの・・・ライダくんっ、あたしこれっ、これ渡すの忘れてて・・・別にしてたから・・・カトラリーと紙皿・・・」
「ああ、サンキュー! ナイスタイミングだぜ、木見戸さん」
ライダくんが苦笑しながら受け取った。
そしたら、津田沼くんがあたしを見て言ったの!
「・・・・・木見戸さん? って、これ、木見戸リンさんっ?」
きゃーーーーっ!!
津田沼くんがあたしの名前を言った!
あたしのフルネーム覚えててくれた!
「おい、キサラ。女の子に向かって "これ" は無えだろ。失礼だぞ!」
ライダくんたらジェントルマン。
「ごっ、ごめん。木見戸さん、俺。この間、宇良川ルルスの話を聞きに言った時と全然違うからさ・・・びっくりしてさ」
きゃーっ! 津田沼くんがあたしをマジマジと見てる‥‥‥
‥‥あたし、津田沼くんの言葉が欲しいです。
あなたの言葉だけがあたしの呪いを完全に解けるの。
「あのっ、津田沼くん、あ、あたし変じゃない?」
顔が熱い。
超はずかしい。でも。
「こっちの方がよっぽどいいじゃん」
ズッキン・・・
心臓が痛い。
今、天使が愛の矢であたしの胸を貫いた?
でも本当に? その言葉は本心? 気を使って言ってくれてるだけかも? だって、津田沼くん、いい人だもん。
「あのっ、ほんと? ほんとうの事を言って欲しいの。津田沼くんには」
「ホントだって! なあ、ライダ」
「俺だって言ってやったさ。でもさ、俺の言葉じゃダメなんだよな。なー? 木見戸」
いやーーーーっ! やめて!
そんな言い方しないで! あたしの想いがバレてしまうじゃない! ライダくんたらっ!
「そっ、それはっ・・・嫌だもうっ! ライダくんたらっ! 黙って! あっ、あたしもう行くから! じゃあね、ライダくん、津田沼くん。ごゆっくりどうぞっ」
あたしはもう耐えられないよ! こんなシチュエーション!
あたしはもう気配すら消したいくらいに恥ずかしくなって、そそそそっと戸口に向かい、生徒会室を一歩出ると、即座に扉を閉めた。
一刻も早くここから遠ざからなくてはあたしの心臓が持たないの。
あたしは遠回りして教室に戻ることにした。
4階まで登って外の渡り通路を通りたくなって。
渡り通路に出ると雲は厚くなっていて、この湿気た空気に この後は100%雨だって確信した。
ゆっくりと、ひとり外の空気を吸いながら歩く。
今ごろになってあたしの心に染みてきた津田沼くんの言葉。
《こっちの方がよっぽどいいじゃん》
・・・・・やったあー!
今にも雨粒を落としそうな曇り空に向かって叫んだ。
足取りも軽く教室に戻ると、あかりんとアンリが待っていた。
「腹は大丈夫? リン。うち、代わりに全部食べといたからSDGs的にはおっけーだからね」
「もういいの? 危なかったね。リンがあんなに焦っててビビったよ。お弁当箱はリンの机の上に置いといたから」
あらぬ誤解されてしまっているあたし。ま、いっか。
説明しにくいし。
「あ、うん。もう、ぜんっぜん大丈夫! ごめん、ありがとね」
って、言ってたら・・・
男子、食べるの早すぎでしょ!
「木見戸さーん、サンキュー! うまかったぜ!」
重箱を返しに津田沼くんが教室に来たっ!
「・・・リン? まさかおぬし・・・」
「・・・これはこれは・・・放課後は3人で尋問&ケーキ付きお茶会決定だね。もち、リンのゴチで」
あかりんとアンリのジト目に挟まれた。
えっっ? これも誤解よっ!
「あ‥‥えっと‥‥そういうんじゃないってば!」
あたしはそう言うと、パッと教室の戸口へ向かい、津田沼くんから風呂敷包みを受け取る。
「‥‥おいしかったならよかった! これは洗顔を教えてくれたお礼だから。こちらこそ、ありがとう‥‥です」
廊下を去って行く津田沼くんの後ろ姿に、胸がキュンとする。
ん? 背後に、気配が‥‥‥
「ふっふっふ‥‥‥」
振り向けば、あかりんとアンリが、ニヤニヤしてあたしを見てた。
思わず顔がカーっと熱くなった。
──これは始まったばかりのあたしの片想い。
あたし、何もいらないよ?
今の彼の想いを大切に思うだけ。それが他の女の子に向けたものだとしても。
それはあたしにとっては、かなりの痛手ではあるけれど。
あたしはただ、津田沼くんの存在がそこにあるだけでいいの‥‥‥
それはピュアな片想い 終