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本物の木見戸リン

 月曜日の朝、かなり早めに登校したあたし。


 だって、この素顔をさらして人がたくさんいる教室の中に入って行くのは怖いもん。


 あたしは教室の中にいて、徐々に登校してくるクラスメイトを待つ方が気が楽だってものよ?


 そうすれは気後れして逃げだすこともないと思うし。


 あたしが登校した時には、まだ男子二人しか教室にはいなかった。



「おはよう」


 あたしは小さめの声で言って教室に踏み込む。


 窓際の一番後ろの席で二人おしゃべりしていた男子はあたしの方を揃って振り向いたけど何にも言わなかった。


 今まで話したこともない人たちだし、そんなものかもね。


 だからってあたしは無視されたことにダメージは食らったけれど、まだHPは大丈夫。


 まずは、自分の席に座って精神統一を試みる! これからが本番だもの。



 ──やっぱ無理。心は落ち着かないよ・・・


 ・・・視線を感じる。


 あの人たち、あたしのこと見てる・・・



「ねえ、君どこのクラスの子?」


「誰か待ってんの? えっと、ここの席、木見戸リンさんの席。友達なの?」


「俺らとしゃべって待ってろよ。その内来るんじゃね?」



 ドキドキしながら自分の席に座っていた私に、遠巻きで私を見ていたクラスの男子の志田くんと田辺くんがやって来てそんなとんちんかんな事を言って来たのよ?



「何言ってるの? 志田くん、田辺くん?」


「わぁお! 俺らのこと知ってんの? やったね!」


「何で知ってんの? ねえ、何組なの? 女子」



 ふざけてるのかしら? あたしをからかってるとか?


 いじって遊んでる? そういう感じ? よくわからない。



「何組って? どうしたのよ? 二人とも」


「いいじゃん、それくらい俺らに教えたって」



 どうにも噛み合わないあたしたち。


 2年になって初めて同じクラスになったこの二人とは、4月からのこの2ヶ月間、ほとんど話したこと無い。


 急に親しげに話しかけてきたと思ったらワケわかんないこと言われて、もしかしてやっぱりあたしを馬鹿にしてるのかも・・・



 あたしの瞳が勝手にうるうるし始めた。


 必死でこらえるあたし。


 津田沼くん・・・助けて・・・



「おっはよーっす!」



 今日の日直の あかりんが元気一杯で登校して来た。


「よおっ!志田くん、うちら今日の日直だねっ! さっさと朝の仕事しちゃおうよ」


「ちっ、赤井やっといてよ。俺、取り込み中だから。他のこと、後でやるからさー」


「何言ってんのよっ! こらぁっ!」


 あかりんが眉をつり上げてどすどすこっちにやって来た。



 あたしと目が合ったあかりん。



「・・・・・!」



 あたしの顔を見て、声もなく驚いてる。



「おはよ、あかりん・・・」


 あたしは恥ずかしくなって、目をそらして横向いた。



「きゃーーーっ!! リンっ! 元に戻ってるっ! 呪い解けたんだっ! きゃっはー!」


 椅子に横向きに座ったあたしの両手を取ってぴょんぴょん跳び跳ねた。


 あたしは立ち上がってあかりんの笑顔に小さく微笑む。



「・・・うん、呪い解けた。ありがとね、あかりん」


「ううううっ・・・リンっ!」



 あかりんが急に半泣きになって、あたしに抱きついた。


 うっ! 重っ! そして苦しいっ! こ、腰砕けそう!


 それでもあたしは我慢してあかりんの背中にそっと手を回した。


 ・・・・・温もり。心にも体にも。



「は? お、お前・・・木見戸リンっ!?」


「ま、まじかよっ? まるで別人じゃんかっ!」


 ガタッと立ち上がり呆然とあたしを見る志田 & 田辺ペア。



 嘘でしょう? この人たち、あたしだってわかってなかったのっ?!


 てっきりからかわれてるのかと思った。

 あたし、そこまですごいメイクしてたんだ・・・



 それからは徐々に登校してきたクラスの子たちにわいのわいのと囲まれた。



 大半の子はあたしの素顔は見たこと無くて、中にはあたしが本当に木見戸リンだって信じない人まで数人いたのよ。


 まさかほとんどの人が あたしがあたしだと認識出来ないくらいまでメイクしていたなんて、今更ながら自分でも驚いてしまう。



 "木見戸リンミステリー" として、2ーDの伝説になりそう。


 

 ええっ?! ((((;゜Д゜)))


 お昼休みになる頃には入れ替わり説、流れ始めた!!


 あたしは本物だってば。

 


 クラスのみんな、こっちの方がいいよって言ってくれる。


 それが本当なのね・・・



 あたしの胸の奥で、黒くトゲトゲした結晶となり固まってた わだかまりが、さらさらと昇華して消えてゆく。


 でもね、あたしはあの人にそう言ってもらわなければ真に呪いが解けたとは言えないの。



 ──他の誰かではダメなの。津田沼くんでなければ。



 あたしは次、津田沼くんに会える日までにこのニキビも完璧治して、お肌も髪も爪もつるつるにして、一番きれいなあたしを見て欲しい。がんばる。

 美味しい卵焼きが作れるように今日から毎日特訓がんばる。


 津田沼くんに喜んで欲しいから。





 その日の5限目の現国の時間にスマホになにかが届いた。


 先生が黒板を書いてる隙にポケットからスマホを出し、机に隠してそっと開いてみる。



 ・・・だよね。


 あんなにカッコいい人だもん。きっと彼女がいると思ってた。


 ライダくんによると、津田沼くんには既にお付き合い寸前の仲の子がいるみたい。


 きっとあたしが昨日津田沼くんのこと聞いたから探りを入れてくれたんだね。ほんと、ライダくんって頼りになる。黒鳥さんとは壊れちゃったみたいだけど、ライダくんの彼女になる人は幸せよね。


 ライダくんは相談を持ちかけたあたしの味方をしてくれてるみたいだけど、津田沼くんとほぼ彼女の間を邪魔するなんて、あたしには無理。


 

 あたしはこの想いを、ひとり大切に抱えていてもいいですか?



 恩人の津田沼くんを悩ませたりウザいと思われてしまうようなこと、絶対したくない。


 あたしのこの一方的な想いのために───




 今度の金曜日。彼のバースデー。


 心を込めてお弁当作ります。



 たとえあたしの想いが届かないとしても。


 この先あなたがあたしに振り向くことなんて無いとしても。



 あたしを救ってくれた感謝を込めて。


 大切なあなたへ・・・




 ***




 今日は津田沼くんのバースデー。


 あたしは今日は朝の4時に起きたの。


 デザートのグレープフルーツゼリーは夕べのうちに作っておいたし、材料の下準備は夕べのうちにしておいたから、特製3段重のお弁当はスピーディーに手際良く完成!


 ネットで調べた たくさんのレシピの中から、男子が好きそうで見映えが良くて、あたしにも作れそうなメニューで仕上げた。全部あたしだけで作ったの。ママにも触らせたくなくて。


 我ながら天晴れな出来映えよ。彩り良く並べてすごく美味しそう。


 記念写真も撮っておいた。後でアップしようっと。いいね、貰えるかな?


 ママにも出来映えを褒められたしね。



 あれからの一週間でうんとお料理の練習を重ねたから、今ではもう卵焼きは完璧よ。


 今日までに練習で失敗した数々はお兄ちゃんとパパに消費してもらった。


 大丈夫だよ? あたしが作ったって言えばそれだけで失敗作でも嬉しそうに食べてくれるもん。


 その成果は津田沼くんに捧げます!


 うふ、喜んでもらえますように!



 あたしは、ライダくんに連絡済みで、朝のうちにお弁当を受け取って貰うことになっている。


 出来上がった三段重をきれいな若草色の風呂敷で包んだ。それを傾けないように手提げに丁寧に入れる。


「リン、取り皿と割りばしとスプーンを忘れないで」


 ママに渡された紙皿とカトラリーは別の小さなバッグに入れ、用意は完璧っ! 



 余った特製唐揚げと卵焼きはお寝坊のお兄ちゃんの朝御飯にメモを添えてテーブルに置いておく。


 大学生っていいよね。朝ものんびりで。



 あたしは朝の身支度を手早く終えた。朝御飯はつまみ食いしながらすませちゃったし。


 朝の忙しい貴重な時間をあのメイクのために費やしていたなんて、今思うとなんて無駄してたんだろって感じ。


 玄関で靴を履いていると、スウェット上下に もさもさ頭のお兄ちゃんがちょうど二階から降りてきた。


「お? もう行くのか? はえーな、リン。ん? そのかさばってる荷物は何だよ?」



 やだぁ、もう。お兄ちゃんには関係ないのに。


「えっと、今日お誕生日の人がいるの。だからお弁当を・・・、お兄ちゃんの分もテーブルにちょっとだけ置いといたから」


「・・・何っ! まっ、まさかそれ、彼氏のために作ったとか言わねーだろうなっ? 最近妙に料理し出したと思ったらそーゆーことだったのかっ?」


「ちっ、ちっ、ちがうよっ! そんなんじゃないからっ、もう、お兄ちゃんたらキライっ!」


 あたしは恥ずかしくなって慌てて家を出た。



 今日はどんよりした空模様。


 荷物も多いし、折り畳み傘がリュックに入ってる。帰りは雨らしい。


 でも、あたしの心はうきうきよ。だって、津田沼くんに陰ながらだけど、あたしの感謝を届けられるんだもん。




 学校では、予定通り朝のうちにライダくんに特製3段重のお弁当を渡せた。


 ライダくんたら、あたしもお弁当一緒に食べればいいよ、なんて誘ってくれたけど、思わず断ってしまった。


 だって、いきなりそんなの恥ずかしすぎるっ! 

 本当は津田沼くんがどんな顔して食べてくれるか見たいに決まってるけれど。



 ライダくんは、いきなり相談を持ちかけたにもかかわらず、あたしのこと応援してくれる。


 去年クラスが一緒だったっていうだけなのに。


 とても嬉しいけれど、あたし、好きな人が既にいる津田沼くんの前に、名乗りを上げて参戦なんて出来ないよ。


 だってそんなことしたら津田沼くんが困ってしまうだけだもの。

 それに、どうせ振られてしまうのは目に見えてる。


 今は想っているだけで幸せ。


 一度ちょっとお話しただけの人をこんなにいきなりすっごく好きになってしまうなんて思いもしなかった。


 こんな事って本当にあるのね。心って自分でも不思議だわ。




 ──その日のランチタイムは、何となく落ち着かなくて・・・



「どうしたの? リン。食欲ないの?」


 あかりんがあたしの顔を見て首を傾げてる。


 お弁当を広げたものの、津田沼くんとライダくんがあのお弁当を食べてくれてると思うとそわそわしてしまって。


「うん、今日早起きしたからボケてるみたい」


「ふうーん・・・」


 あかりんの視線はあたしのお弁当の唐揚げに向かってる・・・


「良かったら、好きなの好きなだけ取っていいよ。あたし今、あんまり食べる気しないんだ」


「もう、リン! あかりんを甘やかしちゃダメだって!」


 アンリが苦い顔してる。


「アンリも好きなの取っていいよ。あたし、後でお腹空いたら おやつに持ってきたフルーツナッツのシリアルバーあるから大丈夫」


「そう? じゃ、いっただきー! あかりん、君の唐揚げは2個までよ。卵焼きは一個づつ」


「ういーっす」



 あたしの作った唐揚げと卵焼きを美味しそうにもぐもぐしてる二人をしり目に、ふと机の上のスマホのディスプレイがちらついたのに気づいた。


 あれ? スマホに・・・ライダくん?



 うっそ! きゃーーーっ!! 


 そうよっ! 忘れてたっ! あの別のバッグに入れた取り皿とカトラリー! リュックの中!



《木見戸、箸無いっ! マジ無いのか? 俺ら生徒会室で弁当広げちゃってる》



 あたしはケータイ片手にガタッと勢い良く立ち上がった。


 拍子に椅子がガッターンと後ろにひっくり返った。


「どうしたっ? リンっ? 」



 周りのすべてを無視し、神業2秒で送った。



《あるよ。すぐ持ってく!》



 あかりんとアンリが、むむっと顔を見合わせてる。



「ごめんっ、急用! お弁当全部食べちゃっていいよっ!」


 机の横のリュックの中に入れっぱだった小さな布バッグを出した。


 倒れた椅子もそのままに戸口へ向かう。



「おうっ! リン、腹の具合が・・・らしい」


「うん、一刻を争うほどに・・・急げっ! リン」



 あかりんとアンリの声が後ろで聞こえた。



 やーん、違うしっ! でも今はそんなことどうだって!



 昼食を取りながら談笑でざわめく教室を、あたしは一人ダッシュで飛び出した。








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