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ライダくんに相談


 その日の夜8時頃、ライダくんから転送された、津田沼如月くんのメッセージが届いた。



 ──あの人からだ! 津田沼くんからだわ! 約束通り送ってくれたの。


 もしかしたら、ちょっと話しただけの私との約束なんて、忘れているかも知れないって思ってた。


 やっぱりいい人だったね、彼。



 学校から帰って、いつものようにメイクを落としてパーカのフードを深く被り、マスクしてうつむき加減のあたし。


 夕食を終え、片付けも終えて、パパは書斎にてリモートで仕事の続き。ママは自室でたぶん韓ドラ見てる。


 リビングにまだいたお兄ちゃんに声をかけた。


「お風呂空いてる?・・・・私入って来るね。今日は時間かかるけどいい?」


「ああ、後は俺とお前だけだ。俺は遅くなってもいいから先入っていいぞ、リン」


 リビングのテレビの真ん前でゲームで遊んでたお兄ちゃんは、私の方を見ること無く返事をした。



 さてと、後でどんな反応するかな? お兄ちゃん・・・



 浴室に向かったあたしは、洗顔手順とお肌ケアが書かれてたそれに従い、丁寧にそれを実行した。



 曇った鏡にシャワーをかけて素顔の私を見た。



 紅潮したほほの、地味な女の子が濡れた髪から(しずく)を落としながらこちらを見てる。


 本当にこの顔で大丈夫なの? みんなに嗤われない? バカにされたりしない?


 私、これで人前に出るなんて怖いよ・・・・



 でも、あのメイクの顔はへんてこりんだってあかりんは思ってたみたいだし、津田沼くんだってやめた方がいいって言った。


 私はお風呂から出て、バスタオルを体に巻いたまま長い髪を乾かした。

 お気に入りの肌触りのいい桃色の短パンとパーカを着て鏡を見る。いつも深く被っていたフードは被らない。


 あどけない顔になったみたい。これが本当のあたし。


 ほほに何個か出来たぶつぶつに薬を塗り込んだ。



 ・・・早く良くなりますように。きれいな肌に戻りますように。



 さて、まずはお兄ちゃんからよ。何て言うかな? こんな堂々と顔見せるの1年近くぶりかも。


 リビングからはピコーンピコーンガシッという音と『ちっ!』とか『よーし、行けっ!』とか叫んでるお兄ちゃんの独り言が聞こえてる。



「お兄ちゃん、あたしお風呂出たよ。入っていいよ」


「おお、さんきゅ。でもまだいい」


 お兄ちゃんは返事はしたもののディスプレイを見たままこちらを見ようともしない。



 そうよね。みんなそうよ。お兄ちゃんも、なるべく私を見ないようにしてる。


 一年の最初の頃は私によく話しかけて来てたクラスの男子たちだって次第に私を見なくなった。


 二年の今のクラスであたしがまともに話せる友だちは、去年一緒のクラスだったあかりんとアンリくらい。他の人たちは、必要な時以外あたしとは関わらない。



 あたしがグラスに氷を落とすと、カランと涼しげな音が響いた。



「あ、ついでに俺にもくれよ、リン」


 お兄ちゃんはゲームに夢中のまま。ピコーンピコーンさせながら頼んで来たから、二人分冷たい麦茶を入れ、両手に持って1つをお兄ちゃんの所に差し出した。



「はい、どうぞ」


 お兄ちゃんは、瞬間私の方を見た。


「あざー、そこ置いとい・・・あ? はぇっ!! リンっ、お前っ!!」



 お兄ちゃんの余りの驚きように、思わずクスッと笑ってしまった。



 お兄ちゃんが握ってたコントローラーがガタッと床に落ちた。



「・・・・・リン・・・おまっ・・・おま・・」



 驚きのその表情が次第に泣き笑いに変わった。



「・・・うん」


「リーンっ!!」



 お兄ちゃんが座ったまま、あたしの腕を引き寄せ抱きしめた。


 そのままあたしの肩で、無言のまま泣いてるみたい。


 あたしもつられて泣いちゃったよ‥‥




「リン、なにがあって急に目が覚めたの? ううん、言わなくてもいい。リンが元に戻ったんだから・・・」


 お兄ちゃんがあたしを放すと、今度はあたしの両肩を掴んで顔を見ながらうんうんと小さく頷いた。



 その夜、フードもマスクも取り払ったあたしを、パパもママもすごく喜んでくれた。




 あたしは心の中で津田沼くんのこと思い浮かべた。



 あの帰り際、教室の戸口で最後に見せた照れた笑顔と後ろ姿・・・


 津田沼くん、今のあたしを見たら何て言ってくれるかな?



 ──ねぇ? 『俺が思った通り、素顔の方がイケてるぜ!』って言ってくれますか?



 あたしはそれから津田沼くんのことで頭の中がいっぱいになってしまった。


 ベッドで目を瞑っていても浮かぶのは彼の事ばかり。


 あたし、津田沼くんのお陰で素顔に戻ることが出来たの。自分で自分がおかしくなっていることはどこかでわかってた。それでも今までメイクをやめることは出来なかった。



 きっかけをくれた津田沼くん。


 ・・・あたしの呪いを解いてくれた恩人。


 まるでおとぎ話に出てくる、白馬に乗った王子様みたい。


 愛の口づけで悪い魔女にかけられたお姫様の呪いを嘘みたいに解いてしまう物語。



 そうよ、闇の魔法に囚われていたあたしの心を、偶然通りかかった白馬の王子様の津田沼くんの言葉が救ってくれたの。


 そして、見つめ会った二人はそのまま恋に落ちて、それから・・・



 やだ・・・あたしったら。何想像しちゃってるの? この妄想メルヘンは恥ずかしすぎるっっ!



 あんなに素敵な人だもの。きっと彼女がいるに決まってる。でも、いないかも。


 好きな人はいるのかな? いるよね、きっと。でも、今はいないかも。



 あたしはちょっと幸せなで妄想でほわほわしながらいつの間にか眠りに落ちていた。


 ここしばらくは感じた事のないような温かく幸せな眠りに・・・



 土日の予定は全てキャンセルして、家で過ごした。


 それでもこのまま外に出るのは怖くて。


 でもあの念入りメイクはもうしたくない。だって津田沼くんにあの顔を見せるなんて恥ずかし過ぎる。


 このあたしの心境の180度の変わりようと、それでもつきまとう素顔への戸惑い。



 そうだ! ライダくんに相談してみようかな?



 だって、ライダくんは去年のクラスのリーダーだったし、宇良川ルルスさんに対抗出来るただ一人の人だった。彼女の被害にあった人はライダくんの庇護の下、なんとか1年を乗り越えた。


 ライダくんなら信頼出来る!



 あたしは夜になったらライダくんに連絡してみようと決心した。


 そして私のこの素顔を思いきって見てもらうの。


 家族以外に見せるのはちょっと怖いけど、私、がんばる。


 だって、津田沼くんにあたしの素顔を見て欲しいから。


 その勇気を作るの。





 日曜日の夜、思いきってライダくんに連絡を取った。


 あたしの中で芽生えたこの気持ち、この勢いは自分でも止められなかったの。




 夜、9時前位にライダくんにメッセージを送ってみた。


『急にごめんね。お話したいことがあるの。今、ビデオ通話出来る?』


 あたしのメッセージ、気がついてくれるかな?


『いいぜ。どうしたんだよ?』



 すぐに返事が来た! ラッキー! なんだかいい予感。




 あたしは画面に映る自分を見ながら表情を作ってみる。髪を手ぐしで手早く整えた。


「・・・どうかな? 私」


 ドキドキ・・・ライダくん、なんて言うかな? 怖い。



 ***



 ディスプレイであたしと並んでるライダくんの表情を見てる私は、自分で見ても緊張してるのがわかるくらい。


「どうって・・・あのメイク止めたんだ。かわいいじゃん。こっちの方がずっといいぜ」


 ライダくんの驚きと笑顔。


 彼は1年の時同じクラスだったから、一応あたしの素顔を知っている。


 徐々に濃くなっていった私のメイクの歴史も。



「本当に? 家族もそう言ってくれるけど、自信がなくて怖いの。ライダくんがそう言ってくれるならちょっとだけ安心した」


「ちょっとだけかよ? はん?」


 ふざけてすねた顔がかわいい。気を使ってわざと軽くしてくれてる。



 あたしはここで思いきって今日のメインテーマを切り出すことにした。


 ごくりと喉が鳴る。



「うん。あの・・・突然なんだけど、ライダくんって津田沼くんと仲いいんでしょ? あの・・・津田沼くんって彼女いるのかな? 好きな人いるのかな?」


「さあな、俺の知ってる限りじゃ いないみたいだけどな」



 ・・・そうなんだ・・・うふっ


 ほっとした。ちょっと緊張がほどけたのが自分でわかった。



「ホントに? じゃあ、私にも見込みあると思う?」


「本気なのか? いい加減な気持ちじゃねーだろうな? キサラはかっけーし、ちょっとチャラく見えるけど女の子には真面目なんだ。ただの気まぐれだったら止めてくれよ」



 急にコワい顔になったライダくん。


 あたし、ふざけて言っていると思われちゃったの?

 もしかしたら、ライダくん、これまでにも津田沼くんのこと聞かれる事何回もあったのかも・・・


 これは気まぐれではないよ? あたし、本気なのよ? 今、もし白銀くんに告白されたとしても交際は断るって断言できるくらい。


「そっ、そんなんじゃないよっ! 私、すっごい悩んで、すっごい勇気出してこうしてライダくんに連絡したの! 津田沼くんは私を救ってくれた恩人なの。私・・・本気なのよ・・・ふぇっ・・・ふぇーんっ」



 ライダくんに怒られて、あたし・・・

 勝手に涙が流れ出した。



「・・・ごっ、ごめんなさい。私・・・ふぇっ・・・泣いたりして・・・ぐずっ・・・」


 こんなの迷惑だよね。ごめんなさい。あたしは慌てて退散。


 画面を落とす。



 最初に感じた良い予感は全くの気のせいだったみたい・・・



 あたしはティッシュを3枚引き出し涙を拭き鼻をかんだ。


 恨めしくスマホを斜めに見てたら、ライダくんからメッセージが来たみたい。



『情報提供。今度の金曜日、キサラのバースデー!』



 やっぱライダくん! 優しい・・・



 とりあえず、あたしは津田沼くんにお礼をしたいわ。お誕生日なら更にお礼を渡す口実になるね。


 あたしも本当はこの気持ちを整理しきれてないの。



『あたし、津田沼くんのお陰で元に戻れたの。呪いが解けたお礼をしたいです。金曜日、頑張って美味しいお弁当つくるからライダくんと津田沼くんで食べて欲しいの。受け取ってくれますか? 津田沼くんにはあたしからだって言わなくてもいいです。ダメだったらそう言って下さい。』


『ったく、なんで泣くんだよ? それ、受け取るから、キサラにも食わせるって約束する。だからもうメソメソすんな!』



 さすがライダくんはみんなのリーダーだね。ぶっきらぼうなとこがあるけど、本当に優しい いい人。そうよ! だって、津田沼くんのお友だちなんだもん。



 訂正! あたしの予感は当たりました。



 なんか元気出てきた! 勇気湧いてきたような感じする!



 明日の学校。ドキドキだわ。クラスの子、私を見て何て言うかな?



 がんばれ、自分! 行け行け、リン!




 うん、あたしノーメイクで学校に行ってみる。


 怖いけど、がんばる!






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