Broken the curse by him
中学時代の元カノ、宇良川ルルスが放つ、呪いの言葉〈=魔法のスペル〉によって被害を受けた生徒たちの話を調べていた津田沼如月。親友のライダから紹介された被害者の1人、碧子の話を聞いた後、彼女から元親友だった木見戸リンの話も聞くように勧められた。早速リンのクラスを訪ねた如月───
木見戸リンの語りで進みます。
あたしは学校や外へのお出掛けの時には、必ず時間をかけ念入りにメイクしていたし、そのためにはいくら眠くっても気合いで早起きしてた。
家にいる時はさすがに落としていたけれど、自分の部屋にいる以外の時はパーカのフードを深く被ってマスクしたりとか、なるべくうつむき加減で顔は見せないように過ごした。
毎晩肌のお手入れは欠かさなかったけれど、やはりメイクの負担は大きい。
ぶつぶつが治っては出来、治っては出来を繰り返して絶えることはなかった。
あたしのメイクはやや過剰かもしれないっていうのは薄々頭の隅で感じてはいた。
でもね、毎日鏡で見慣れるとね、それが普通になってしまうの。
濃くて太いアイラインを一度描いてしまうとそれよりも細い線では物足りなく思えてしまう。
親や先生に注意されても止めることは出来なかった。
だってみんなあたしの顔を見て嗤っているような気がして。
あたしの過剰メイクは余りにも校則違反だったけれど、診察した精神科医のドクターからは、あたしが学校に通うための精神を安定させるには今は必要だ、との診断を得て 定期的な診断を受ける事を条件に、学校からは容認されていた。
そのまま約1年が過ぎようとしていた頃・・・
そんなあたしの前にふいに、あの人が現れたの!
あの運命の6月初めの金曜日!
お昼休み、あたしの話を聞きたいと言って現れた津田沼如月くん。
初めて見たその人は、チャラっぽい人に見えた。
イベント大好きそうで派手っぽい女の子と付き合っていそうなイケメン。
ちょっと苦手かも。こういうタイプ。
「ねぇ、君。悪いんだけど、話聞かせてくんね? 臼井碧子さんから聞いてさ。あ、臼井さんがキミドさんによろって言ってたぜ。でさ、去年宇良川ルルスさんからひどい目にあわされたんだって? 教えてくんね? そん時のこと」
あたしはこの人に話を聞かせるなんて気が進まなかった。
見たこと無いこの男子を冷たくあしらった。
「・・・・・過ぎたこともう話したくないんだけど。ねぇ、あたしの方あんま見ないでくれる?」
どうして碧子はこんな人、あたしの所に寄越すのよ?
「・・・でもさ・・・二人で話してんのにそっち見ないでって言われてもな・・・・・」
困ったように、それでもあたしを見てる津田沼くん。
男子には女の子のデリケートな気持ちわかんないのね。
「だって、みんなあたしの顔見ると目をそらすし、バカにした目で見たりするんだもん。きっとあたしが・・・不細工だからだよ。見ればわかるでしょ?」
あたしはちょっとムカついてつっけんどんに言ってみた。
「不細工って・・・そういう問題じゃないだろ? 原因はその濃すぎるメイクのせいだろーが」
呆れたようにあたしの目を見た。
「はっ?・・・あたしのメイクが濃すぎるせいだって? なあに? あなた、今初めて会った人に失礼じゃない? だってさ、素顔なんてぜーったい見せらんないよ。あたし目小さいってバカにされたことあるし」
クラスの子たちはみんなあたしに気を使ってて、このメイクについてハッキリと指摘してくることなんて無いのに!
「だからってそのアイメイク、バリ舞台メイクじゃん。俺の姉ちゃんはモデルのバイトでそういうメイクすることあるみたいだけど、それって普段するもんと違うんじゃね? こんな近くで見てんのにさ、そんなすっげえデカイ目だといくらなんでも怖いって。メイクするにしてもほどほどにしといた方が可愛く見えると思うぜ。俺の姉ちゃん、普段そんなメイクしてねーぞ」
お姉さんがモデルさんなんだ・・・
津田沼くんのお姉さんって美人なんだろうな。そんな人を間近で見てる弟の津田沼くんがそう言うのならそうかもしれないけど・・・
もう少し控え目にしたほうがいい、かな・・・
「それにさ、その肌、ロウ人形みたいだぜ。撮影ん時は綺麗に映るかもしんないけど、普段からそれは厚すぎだって。姉ちゃんなんて肌の負担になるってなるべく使いたくないって言ってたぜ? 女の子ってもっと肌を大事にするもんなんじゃねーのかよ?」
そうなの? 確かにニキビが無くならないの。
なぜか、不思議と津田沼くんの言葉は素直にあたしに入って来る・・・
今まで誰が言ってもあたしに響いては来なかったのに。
「知ってるぜ? 女子って毛穴気にしてんだろ? 人なんだから毛穴ぐらいあんの普通なのにさ。あー‥‥毛穴がな、気になるんなら、あれだよ、あれ! これも姉ちゃんに教えてもらったんだけどさ、まず毛穴の汚れをだな、落とす! コツはな、石鹸の泡立てだぞっ! これは結構ムズいぞっ、いいか? まずは、泡がぴこんって立つくらいに濃い泡を作る。これを作るためには‥‥──────」
津田沼くんはあたしにすっごく一生懸命、泡洗顔のコツを教えてくれたの。とにかく吸いつくような濃い泡作りが最重要事項だとか。洗顔後の保湿ローションのことも。
その、思い出しながら手振り身振りで必死であたしのために説明してくれる津田沼の顔を見てたらあたし、それやってみようと思えた。
津田沼くんの肌も男子なのにニキビも無くってすべすべできれいだったし、そういえば彼、清潔感、ある。
きれいなモデルさんの実際の方法を参考にした方がいいかもしれないわ。ネットで見かけた無責任な動画よりも。
親切にも、今日お手入れ方法をお姉さんに詳しく聞いてからライダに送るから、ライダを通して受けとれよ、って言ってくれた。
そうか、津田沼くんはライダくんの友だちなのね。それで、碧子とあたしの話を聞きに? こんな話聞いて何を知りたいのかしら?
あ・・・? そういえば津田沼如月って名前、聞いたことあるかも。
そういえば、バスケ部でライダくん絡みのケガで退部したとか・・・・? あの噂の人だ!
偶発的な事故でライダくんが悪いわけでは無いって広田くんから聞いたけど。
それでもやっぱり普通は恨んじゃったりしないのかな? しこり残ったり。
今もライダくんと仲いいんだ?
ふうん? 津田沼くんて、いい人っぽいかも・・・
さっきも、一生懸命、泡洗顔説明してくれた。会ったばかりのあたしに。
「・・・あなた、いい人っぽいね。いいよ。お礼に聞きたいこと話してあげる」
あたしは津田沼くんが聞きたがっていた1年D組の時の宇良川ルルスさんとあたしの出来事を彼に教えてあげることにした。
話を聞いた後、津田沼くんは言った。
「木見戸さん、素顔の写真持ってる? 見せてよ。たぶん、そのメイクより素顔の方がイケてるらしいじゃん?」
「無理無理! 絶対ダメ!」
いい人だって思ったの取り消すっ!
「俺、あんま話したこと無いけど、白銀と同じクラスなんだぜ。木見戸さん、気があんだろ? あいつさ、ナチュラルなさ、落ち着いた雰囲気で浴衣の似合う女の子が好きらしいぜ?」
「・・・・・それ、ほんとう?」
あたしは1年の時、同じクラスだった白銀くんに片思いしていた。
最初の頃はお互いわりといい感じで接してたような気がしてた。
でも、あたしから距離を取った。あまりに自分に自信が無くて
『木見戸さんて和風美人だよね。目が細くて』
『これ、ナイショだよ? 昨日碧子さんがさ、リンって何かちょっと残念な美人だよねって白銀くんに言ってたの聞いちゃった。昔っぽい地味顔だって』
『きっと木見戸さんがアイライン入れて余計綺麗になったからジェラシーだよね。気にしない方がいいよ』
『この間さ、臼井さんが私にね、木見戸さんて毛穴が目立つよね。あれで美人も台無しだよねって言ってきたから、私、そんなのファンデでかくせるから関係ないよっと言っといたよ。木見戸さん美人だから嫉妬されてるんだよ。臼井さんには気をつけた方がいいよ』
宇良川さんの言葉はあたしの心に染みを作っていった。
彼女があたしにかける言葉は、親切なようで実は私を傷つけていく。親友だった臼井碧子との仲も微妙になっていった。
あたしはだんだん自分に自信が無くなって来て、自分からなんとなく白銀くんを避けるようになってってそのまま‥‥‥
「なあ? そのメイク思いきってとっちまえよ! その方が絶対いいと思うぜ?」
「・・・・・そんないきなりこのメイク変えるなんて無理だって」
「自分が思ってんのと人が感じてんのって違うだろ? とにかくそのメイクはやめた方がいい。白銀だって100%そう思うって」
「・・・そうかな? ・・・ホントにそう思う? でも怖いよ、あたし。素顔なんて二度と誰にも見せらんないよ。一生誰にも・・・・・」
「バカなこと言ってんなよ! 好きな男にさえ素顔見せらんなかったら後々色々困るんじゃね?」
「え?・・・どうして? 素顔見せなきゃなんない時があるの?」
「え・・・えーっと、あるに決まってんだろっ! マジだったらな。俺行くわ。サンキュー、木見戸さん!俺の姉ちゃん直伝の美容法、今日中に届くようにしとくから。じゃあな」
照れた笑顔を残してさっさと行ってしまった・・・
「ねぇ、リン! 今話してた人誰よっ!」
クラスの女子の友だち二人に挟まれた。一人は去年も同じクラスだった『あかりん』こと赤井アキと2年になって出来た新しい友だちの三添アンリ。
「いつの間にあんなイケメンと知り合いになってんのよー! リンばっかずるーい! こんなへんてこメイクしてんのにやっぱ素顔は美人ってわかるのかなぁ?・・・あっ! いっけねっ ごめんっ つ、ついタブーをっ! 私としたことがっっ」
「ばかっ! あかりんたら! 先生からそれ、そっとしとかなきゃダメって言われてるでしょっ!」
あかりんは申し訳なさそうに私に手を合わせてからすすすっと下がっていった。
「気にしないでねっ! 大丈夫。リンはおかしいとこなんてないよ」
アンリもひきつった笑みでごまかしてからくるりと背を向けてあわてて他の子のグループに行ってしまった。
"へんてこメイク" "素顔は美人" って。
今まで散々ママにもパパにもお兄ちゃんにも言われて来た。
『だからそのメイクはやめなさい』
『やめた方がいい』
『やめてくれ』
『お願い、やめて。どうしてそんな風になっちゃったんだ』
『こんなに可愛らしく生まれてきたのに』
『何でそんなおかしな化粧すんだよ?』
なんだか今まで言われて来た言葉が頭の中でぐるぐる回ってる。
・・・・津田沼くんが言っていたことは本当かも。
私のこのメイクは・・・・・
クラスのみんなが私を気遣っていることはわかってた。心が病んでるって知ってるから。自分でもわかってる。
でも、一度着けた仮面を外すことは勇気がいるの。
薄毛を隠してたウイッグをいきなり取れって言われても無理でしょう? おんなじことだわ。
私に不意に現れたこの気持ちのゆらぎ。
突然私の前に現れたあの男子のせい。
私は、この念入りにメイクを施した顔にさえ不安を覚えてきた。
落ち着かない気持ちで午後の授業を終えた。
全4話くらいの予定