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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第一章『プロローグ』
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第8話 早田智幸(2)

 

 人類はここまで進化したかと言いたくなるほどの膨大な情報量が、あっという間に世界を駆け巡った。デマが拡散され、週刊誌や新聞さえそれを否定しなかった。この国のメディアは、情報は、本当に終わっている。


『でも、僕は思うんです。これは悲しいことなんかじゃないし、良くないことでもないでしょう。世の中から悲しみが無くなれば、世界は平和になる。僕本気でそう思っています』


 鳥肌が立った。

 この男、本気でぶっ飛んでやがる。自分が作り出した薬の影響を『原因不明』にして、対策のための組織を作ろうという。

 これは入るしかない。募集式か、選抜式かはわからないが、動いてみる価値はある。

 翌日には募集の要項が配られた。

 僕は応募し、配属が決定された。

 順調だった。しかし、僕にはひとつだけ、理解できないことがあった。


 なぜ、坂西智幸は、この街の8割ほどにだけ薬を投与させたのか。

 なぜ、僕のような無能力者が存在するのか。


 悲しみが消えて世界が平和になるなら、いっそ全て消してしまえばいい。この街を実験台にしたいなら、全人口の感情を消してしまえばいいのだ。だが坂西智幸はそれをしなかった。これは偶然か?……いや、一代で会社をここまで発達させた敏腕社長がそんなミスを犯すはずがない。そして僕は、ひとつの仮説に辿り着いた。

 僕達は、保険なのではないか。

 僕はますます原異形への配属が待ち遠しくなった。異妖に関する情報を追いながら、僕は比較的物静かに2ヶ月を過ごした。

 そして、4月が来た。


 ◆


 原異形の仕事についてから2週間が経過していた。仕事は主に、異妖の撃退か捕獲。聞き込みやパトロール。つまらない。だが、異妖に関する情報は流れてくる。資料も豊富だし、僕の目的には合っている。

 今日も資料を読み漁っていたのだが、徳山に「早田さん、担当の高校の対異研に挨拶言った?」と言われてしまったので、僕は渋々担当の高校へ行くこととなった。原異形教育課は、原異形が佐戸市の高校に創部させた対異妖活動及び研究部の監督役を担う。僕と徳山で1校ずつを担当するのだ。

 そういうわけで佐戸高校へ来ている。

 新校舎と旧校舎が中庭を挟んでそびえ立っている。新校舎は、まるで私立高校のような綺麗な外観だが、旧校舎はというと、汚れや傷が目立つ灰色のコンクリート造で、茶色に汚れた白いパイプや、壁に無理やり取り付けたような室外機が音を立てて稼働している。中庭は桜並木になっていて、薄い桃色がその異様な並びを調和している。

 旧校舎の入口には40代前半だろうと思われる男性教諭がこちらに頭を下げていた。

 彼に連れられ、旧校舎に入る。今日は暖かいはずなのに、校舎の中はやけに冷える。これもモダンなコンクリート造のせいなのだろうか。


「顧問の先生でいらっしゃいますか?」

「はい」


 男性教諭はまっすぐ前を向いたまま言った。


「しかし今は、いないようなものですね」

「と、言いますと?」


 男性教諭は後ろ髪を掻き始めた。


「私、2年生の学年主任をしていまして。3年生の学年主任の先生に比べたらマシかもしれませんが、なかなか部に顔を出すことが難しいのです」

「なるほど」

「ですので、早田さんには是非、部活の顧問のように、できれば毎日でも来ていただければと思っています」


 なかなかバカを言いやがる。社会経験のないタイプの教師だろうか。

 あっ、と男性教諭が小さく声を上げた。


「ここです」


 彼はドアを開け、入室を促す。軽く頭を下げてから、中に入る。ドアのレールをひとたび跨ぐと、そこは理科室特有の匂いが微かに残る教室だった。古くなり色あせた黒板、ところどころペンキの亀裂が走る壁、よく分からない足型の汚れがある天井。この高校に通っていた訳では無いが、どこか懐かしい気分になる。長机が3列ずつ並び、計9台ある。その中のひとつに、男女5人が着席していた。彼らは僕を見るとすかさず立ち上がり、礼をする。


「こんにちは」

「やぁ、こんにちは」


 僕はなるべく優しい笑顔を作り、応対する。


「僕は原異形教育課佐戸高校担当の早田智幸。これからよろしく」


 言って微笑むと、威勢のいい返事が帰ってくる。高校生と言えど子どもだ。適当に接していれば僕の手玉になるだろう。


「じゃあ、1人ずつ自己紹介、お願いできるかな?」


 はい、と1人の女子生徒が他の部員の様子を見ながら手を挙げる。


「では私から……内海里香と言います。空間把握の能力なんですけど、その応用で自分の投げるものの軌道をあらかじめ決めることできます。まだ慣れていないですが、早田さんから色々学べればと思っています」


 詰まることなくスムーズに言い切って、最後にはにかむ。慣れている。きっと今までリーダーかそれに準ずるものをやってきたのだろう。好印象だな。周りの様子によって自分の動きを決める賢さがある。まぁ、そこが少し強いような印象も受けるが。

 内海里香が頭を下げてから着席するのを見て、今度は隣に座っていた眼鏡をかけた小柄な男子生徒が席を立った。


「え、えーっと、僕は、その、お、太田流零、と言います。自分に加えられる力を別の方向へ受け流す能力、です。よ、よろしく、おね、お願いしまふ」


 真っ赤な顔で最敬礼をする太田君。ちらとこちらを見てくるので、微笑みでそれに応える。

 あがり症なのか、それとも単に人と話すのが苦手なのか。それよりも、太田君のその能力だ。これはなかなか強い。異妖の攻撃を無効化できると言っていい。別の機会に能力の発動条件を聞いておくか。おっと、また考え込んでしまった。悪い癖だ。あと、「しまふ」は聞かなかったことにしよう。

 気を取り直そうと咳払いをすると、それが急かしている合図だと勘違いしたのか、立とうとしていた長い黒髪の女子生徒が「ひぇっ!」と怯えて後ずさりした。


「あー、ごめんごめん。急かしているわけじゃないよ。どうぞ」

「あ、そうなのですか」


 そう言って長い黒髪の女子生徒は胸の前で握っていた拳を緩めた……で、その横の男子生徒はなんでそんなに目を輝かせてるのだろうか。あー、わかった、こいつこの女子のこと好きなんだ。切れ長の目に、透き通るような白い肌、後ろでひとつに束ねられた黒髪。まさに大和撫子と言う言葉が当てはまるような美少女だと言えよう。


「えっと、上条葵(カミジョウアオイ)と申します。1分だけですが触れたものの重力操作が可能です。対異妖活動に精一杯取り組ませていただきます。よろしくお願い致します」


 だが、その透き通るような声には芯がある。何から来るのかはわからないが、確かな自信だ。言い終わった後の礼も、美しい姿勢のままだし、一挙手一投足にハリがある。こう、若さとかではなく、自らに確信を持っている人間の動きだ。だが、先程の咳払いで怯えた所を考えると……あまり強い芯ではないのか?

 などと考えていると、次は上条君に好意を抱いているであろう少年の番になる。


「えー、源光です。半径2m以内のものを自由に動かせます。ただ、操る物の総重量が重ければ重いほどすっごい疲労感がどっと来ます。なんで、まぁ、葵……あ、上条さんとはいいタッグ?組めそうですね。よろしくお願いします」


 あー、確信した。こいつ上条君のこと好きだわ。タッグ組むとか言っちゃって……まぁいいけどね。どうせチームでの戦闘になる。コンビネーション的なことができるならそれに越したことはない。それに、源君の言葉に上条君はまんざらでも無い様子だった。気が合うなら、こちらとしても戦術を考えやすい。応援しているよ、源光君。

 源君が座るのを確認して、席を立ったのは男子生徒。制服は若干着崩ししているものの、そこに気品を感じる。全身から滲み出るようなオーラのようなものは、彼が立ち上がっただけで周囲の視線を自然と引き寄せられる類のもの。ただ立っているに過ぎないが、計算された立ち振る舞いをしているのだろう。こいつの話はちゃんと聞かなければ。思わずそう思ってしまった。彼は笑顔のまま会釈する。


「玉置創治郎です。1年ですが対異研の部長です。簡単に言うとボールを銃弾レベルの速さで投げることが出来る能力です。ただ、エアガンやおもちゃの弓なんかでも加速したので、自分が触れているものから発射された物には能力を使えるのだと考えています。異妖や異能力など、早田さんの足を引っ張らぬよう勉強していきます。よろしくお願い致します」


 やはり部長か。

 一部のリーダー格の人間には、知らない人にリーダー格の人間だと感じさせるオーラがある。それは真の長たる者のみが持つ、いわば覇気のようなもので、才能だけではなく多くの失敗、多くの成功、誰にも負けない努力からなる透明な傷なのだ。

 思わず、口角が上がってしまう。

 なかなかいい人間のいる場所に来たみたいだ……って、あ?玉置は部長……これで終わり?


「あの〜、これだけなのかい?」


 思わず問うた。すると玉置は困ったように愛想笑いを浮かべた。


「ははは……これだけです。初日は50人以上いたんですけどね……」


 彼らの出会いの話は、約1ヶ月ほど前の入学式まで遡る。


次回更新は4月28日(木)午前1時です!

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