表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第一章『プロローグ』
7/57

第7話 早田智幸

 

 ファイルやパソコンをデスクに置き、僕は汗を拭う。

 もう春だ。

 隣のデスクの、50代ぐらいの少し太った男は先程から涙目でくしゃみを連発している。彼はポケットに手を入れ、1度体の動きを止めた。

 気の毒に、尽きたんだな。

 僕は鞄からポケットティッシュを取り出して彼に渡す。


 「使います?」

 「へっ?あ、ありがとうございます」


 彼は驚いた様子で僕に礼を言い、鼻をかみ終えると、鼻をすすりながら僕のデスクをトントンと叩いた。


 「それにしても、えーっと……」

 「早田です。早田智幸(ハヤタトモユキ)と言います」

 「あ、そうだ早田さんね、そうそう早田さん」

 「それで、僕が何か?」

 「いやいや、どうしてこんなところに来たのかな、と思ってね」


 彼は目を細めて僕を見る。

 こんなところ、というのは原因不明異能力調査本部の教育担当の部屋の事。つまり、ここの事だ。


 「募集をやっていたものですからね。それに、僕は元々教師というものに憧れていたんですよ。実力が足りず挫折してしまいましたが」


 彼はゆっくり僕の言葉に頷いている。


 「教師かぁ。確かに、ここなら学校に立ち入ることもできるし、何より対異妖活動及び調査研究部の監督を任されるからね」

 「えぇ……ではどうして徳山さんはこの部署に?」


 男は確か徳山といった。徳山は「そうだねぇ」と唸る。


 「理由か。まぁ、こう言ってはなんだが、君と同じかもしれないね。私には高校生になる子どもがいるが、どうもこの異妖だったり異能力だったりが心配でならない。ここにいればその手の情報は真っ先に入るからね」


 この男何を言っている。そんな情報、機密に決まっているではないか。

 笑顔を崩さず相槌を打っていると、徳山の目が再び細められた。


 「どうか、されましたか?」


 徳山はため息をつくと、僕の肩に手を置く。


 「早田さん」


 そう言うとじっと僕の目を見た。徳山の瞳の奥は底知れず闇が広がっている。

 嫌な感じがした。

 僕のこういう予感は、不思議と当たる。

 こいつなにか聞いてくる。それも、なにか、良くない何か……。

 僕は顎を引いて徳山が切り出すのを待つ。すると、徳山が死んだような表情で口を開いた。


 「あんた、さっきの話どこまでが本当だ?」


 ……は?

 思わず僕は半歩下がる。

 見抜かれた?何故?僕はそんな素振り見せていないはずだ。内容としてもおかしくないはず。なにかおかしなことでも言ったか……いや、話の筋は通っていた。

 この男は、早めに手を打っておいた方がいい人種かもしれない。

 僕は気付かれない程度で呼吸を整え、咳払いをする。


 「いやぁすみませんすみません。ええ、嘘です。ほんとのこと言うのがすこし恥ずかしかったものですから……」


 まくしたてると、徳山は仮面のような顔を崩し、白い歯を見せる。こちらも思わず笑顔になりそうな、優しい笑顔だ。こういう笑顔を作る人間に、安心できる奴はいない。


 「そうかそうか、まぁ言いたくないんなら言わなくたっていいよ。悪いね」


 言うと徳山は腕時計を確認し、「飯、買いに行くわ」と席を立つ。

 どうにか誤魔化せたようだ。下手に動くとからめとられる怖さがこの男にはある。部屋を出ていく後ろ姿を見ていると、僕の視線に気付いたか否か、徳山は足を止めた。


 「早田さん」


 少ししゃがれた声が部屋に響く。もしかしたら僕の耳にだけ響いているのかもしれない。


 「はい?」


 心臓が高鳴るのを抑え込み、冷静に返事をする。

 徳山は振り返らず言った。


 「まぁ、お手柔らかに頼むわ」


 バタン、とドアが閉められる。

 僕はほとんど突っ立っていた。返事すらできなかった。ただこの徳山という男は、只者じゃない。奴が最後に言った言葉。あんなこと言われたら動こうにも動けない。

 まったく、厄介な人間と関わってしまった。


 ◆


 原因不明の異能力形成現象が発生したのは今から約半年前。突如としてこの街の人口の8割もの人に異能力が宿った。それと同時に、悲しみを失った。だがしかし、僕にはそれらが発現しなかった。異妖は見えないし、悲しいという感情もある。異能力もない。本来なら、僕は恵まれていたといえるかもしれない。街の外の人はきっとそういうだろう。だが、僕はそうは思わなかった。感情など、消してしまいたかった。悲しまず、異能力を保持する人達が羨ましかった。悲しむことも無く、加えて異能力を用いることができれば。何度もそう願った。だから僕はこの現象の原因を調べようと決心した。その時、まず初めに浮かんだのが、ウエスタンヒル社長坂西智幸だった。そのころ既に僕はウエスタンヒルに入って2年になっていたが、そもそもこの会社に入ったのは坂西智幸の思想があったからだ。彼は以前、ネットニュースだったか本だったかでこう語っていた。


 「この世界から悲しみがなくなれば、世界は平和になる」


 僕は、ウエスタンヒルで新薬開発を研究している北上松子という女性に接触した。それからすぐ、彼女はなぜか僕有利の一方的な条件で情報を開示した。少し怪しかったが、それでも情報が引き出せればそれでよかった。彼女は情報の他言厳禁を約束してこう言った。


 「あれは、私たちが開発した感情を薄める薬なんです」


 おおよそ僕の予想通りだった。それでもやはり、坂西智幸の常軌を逸した発想に慄いた。

 そして彼女はこんなことも言い出した。


 「異妖は、薬を飲んで薄れた感情がその分だけ外部で形となって現れたものなんです。だから、あれを完全に消すと、悲しみを取り戻せなくなるんです」


 原異形の募集が始まったのは、その頃だった。


次回更新は4月25日の予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ