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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第一章『プロローグ』
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第5話 太田流零

 

 創治郎が右足をゆっくりと上げていく。

 あいつ……本気で投げる気だ。僕がスポーツ苦手だってこと知ってるのに、たまにこういうことをしてくる。でもまぁ、なんか今日しんどそうだったけど、こういうこと出来るなら僕としては安心する。そんなことを思っていると、創治郎は腰を切り返していた。

 やばい、とグラブを構えようとしたそのとき、突如ボールが目の前に現れた。体は一切動かない。ただじっとそのボールを眺める。あぁ、ぶつかる……と思った刹那。

 ボールが止まった。

 正しく言うなら、稲妻を発しているボールがものすごくゆっくりとこちらに向かっていた。僕は急いで目の前のボールから飛び退く。

 すると、ボールが消えた。

 同時に、まるでトラックとトラックが正面衝突したかのような音がした。

 音の方を見ると、体育館の壁にボールがめり込み、そこから無数のヒビが入っている。

 僕はゆっくりと創治郎の方へ首を向ける。足の震えが止まらない。


 「ど……ど、ど、どういうこと……?」


 えーっと……だめだ、意味がわからない。ものすごい速さのボールが来て、それで、突然それがスローモーションになって、避けた瞬間ボールが消えて壁に突き刺さった。やっぱり無理、理解できない。

 創治郎も顔面蒼白といった様子で僕を見ている。


 「なんだよ、その目。どうしたんだよ……」


 絞り出したような細い声で創治郎が言った。


 ◆


 この日を境に、街は少しずつおかしくなっていった。

 多くの人々が、特殊能力に目覚めた。創治郎の『ものすごい速さのボールを投げる』能力がその1人目だった。僕自身も異能力を持っている。『受け流す』能力だ。後で知った事なのだが、創治郎のボールを避ける瞬間、ボールがスローモーションに見えたのもこの特殊能力の力の1つなのだという。

 変わったのは、能力の有無だけではなかった。

 変な生き物をよく見かけるようになった。色んな獣の姿をしているそれは、人の心を狂わせた。目を合わせると、心が壊れる。その情報は街中に広まった。『異妖』と呼ばれたそれが目に入るや否や、僕達は目を逸らして逃げた。そんな異常事態の最中、この街に本社を置く製薬会社ウエスタンヒルの社長、坂西智幸が動画投稿サイトで突如動画を投稿した。


 「みなさん、気づきましたか。ここ1週間、悲しいという感情を、抱いていないことに」


 このタイトルに皆がこぞって動画を開いた。

 普段からコメンテーターとして夕方のニュース番組やらなんならに出演していた有名人。そんな彼が突然何を言い出すのか。

 もちろん僕も見た。


 「この街の異常事態。すなわち、異妖の出現と被害。ウエスタンヒルは、現状に対処するため、独立性の高い組織として原因不明異能力形成調査本部を設立します。彼らには、異能力や異妖の調査をし、そこで得た情報を市民の皆様に届け、安心と安全を守ってもらいます。さて、告知はこのまでにして……タイトル回収と参りましょう。既に調査した結果から申し上げますと、異能力に目覚めたヒトは、『悲しみ』を感じにくくなっています。みなさん、気づきましたか。ここ1週間、悲しみを抱いていないことに。でも、僕は思うんです。これは悲しいことなんかじゃないし、良くないことでもないでしょう。世の中か、悲しみが無くなれば、世界は平和になる。僕本気でそう思っています。だからこそ、慎重に、ウエスタンヒルはこの現状に対処していこうと思うわけです。とまぁ、長くなりましたね。僕からは以上です。これから、世界は変わりますよ」


 たったそれだけの動画を、翌日からメディアはこぞって取り上げた。まるで袋叩き。原因不明異能力形成調査本部に対する不信感、坂西智幸への非難で街は荒れていた。そんな混乱も数ヶ月で収束した。その頃には中学生活最後の冬休みも終わり、僕達の高校受験はすぐそこまで来ていた。


 ◆


 願書の入った封筒を持った生徒達が靴箱で渋滞している。階段をおりてきた僕は思わずため息をついた。マスクをしているせいでメガネが曇る。すると、隣に立つ創治郎が俺のカバンを引っ張った。


 「ははっ、マスク曇ってるぞ」

 「仕方ないだろ。自然現象なんだよ!」


 僕の反応に微笑む創治郎は、僕から視線を外すと、靴箱の生徒たちに目を向けた。その横顔は少し翳りを見せている。ザワザワと雑踏のノイズが耳をかきならす中、創治郎はポツリと呟いた。


 「ほんとに悲しまないのかな」


 僕に見られていることに気がつくと、創治郎はまた笑った。


 「なーんちゃってね。あんなのフェイクだよな!」


 そう言って僕の肩に手を回す。

 ……フェイク?


 「創治郎」

 「ん?」

 「悲しいって気持ち、感じるの?」


 創治郎は肩をすくめて即答した。


 「感じるけど?」


 僕は感じないんだけど、と言おうとした。でも声が出ない。僕が普通じゃないのか、それとも創治郎が普通じゃないのか。少なくとも僕の家族はみんな、悲しいって思わなくなったって言ってた。

 僕が何も言わないからか、創治郎が訝しげに顔を覗く。そしてハッとしたように僕から顔を離して神妙な顔つきになった。


 「流零も……感じるのか……?」


 おそるおそる首を縦に振る。

 しばらく見つめ合うだけの時間が流れる。まるでにらめっこのようなその状態を先に打破したのは創治郎だった。


 「まぁ、どうでもいいんだけどさ」


 そう言って創治郎は、僕のリュックサックを2回ほど叩いた。


次回更新は4月18日(月)です!


次回 第6話『太田流零(2)』


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