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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第四章『サンサンたる瞳』
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第46話 玉置次郎(after)

 

 あの日、あの夏の日。

 俺の、特異妖者としての能力が覚醒した。

 不思議な自覚だった。

 ああ俺は、兄さんと同じなんだと。

 でも根本的に、役割が違うのかもしれないと。

 異妖に襲われそうになっていた薫を助けたあの瞬間の記憶はない。

 ただ、どうやったのかは察しがつく。

 同じ理屈で、同じやり方で、俺は兄さんを…


「…次郎?」


 ハッとして目を覚ます。

 早田さんのデスクで寝ていたみたいだ。

 声のした方を見ると、申し訳なさそうに真っ黒なスーツ姿の男が後頭部に手をやっていた。


「悪い、起こしちゃったかな」

「あ、あぁすいません。寝ちゃってたんですね」


 時計を見ると、すっかり夜になっていた。

 ずいぶんと寝ていたな。


「あのハヤタさん、彼はどんな状態でしたか?」


 早田さんは漆黒のジャケットを脱いで壁のハンガーにかけると、近くの椅子を引っ張り出して軽やかに座る。


「3人目だね?うーん、なんともいえないね。僕が到着したころには気を失っていたよ。覚醒の要因もただの内輪揉めってことしかわかってない。如何せん、彼も、被害者も、今はコミュニケーションが取れない状態だからね」

「物的損害は?」


 早田さんはパチンと指を鳴らす。


「そうそれだ」


 宝の地図のありかをこっそりと共有するみたいに、上目遣いで俺を見る。


「それが以外なことに、物的損害はひとつもないんだよ。次郎や、創治郎君の覚醒時みたいなあの物理的にやべぇ感じがないんだ。その代わり、そのやばさがすべて被害者の精神的ダメージとして集中している気がする」

「精神攻撃に特化していると?」

「そう考えるのが妥当だろうね。既存の能力もさほど強力とは言えないし」


 兄さんは、文字通り最強だった。

 既存の能力が強いこともそうだが、特異妖者としても能力は同じ特異妖者の俺と比べても多分格が違う。

 身体能力の向上、既存の能力の精度向上、異妖の探知とヘイト操作、そして異妖と異能の還元もしくは消失。兄さん曰く、一回だけだけど自力で開眼能力を発動したこともあるらしい。

 あの頃の兄さんと同じぐらいの歳になって思う。

 やはり玉置創治郎は、何者でもなく玉置創治郎だったのだと。


「そうだ、ハヤタさん、これ見ていただけますか。お願いされていた異妖の動向です」

「ん?」


 ぼんやりしていて忘れていた。

 俺はPCを操作して矢印が無数にちりばめられた佐戸のマップを開く。マウスをクリックすると、その矢印は一点に向かい、進行を始めた。

 しかしそれはほんの一瞬。

 まるで指針を失ったように矢印はそれぞれの方向を向き、乱雑な進行を始める。

 もう一度クリックを押して停止する。

 顎に手をやった早田さんが天井をじっとみている。


「彼が覚醒した瞬間にいた場所に向かってる。あの瞬間だけでこれか…となると彼の特異妖者としての能力はこれになるだろうな」

「異妖を引き寄せる能力、ですか」

「3人目。最後の保険。基木多千歳がいじったのか、はたまた彼自身の問題なのかは知らないが、被害者のあの感じを見ても悲しみの還元に特化しているとみて間違いないだろう。そのための引き寄せだと僕は思うね」


 同じ答えで安心した。

 この8年間、俺はこの時を待っていた。

 俺ひとりでは、俺の能力の本領を発揮できない。

 だから絶対、基木多道大は俺の近くに置いてやる。


「ハヤタさん、彼の今後は?」

「まだ決まってないが…うん、どうしてほしい?」

「佐戸高校の対異妖生徒相談部に入部させませんか。あそこなら知ってる人だけで監視ができる」


 知ってる人、とはもちろん当時の対異研だ。

 うんうんと首を縦に振りつつも、慎重な面持ち。


「でもいいのかい?太田くんは僕とあまり相性がよくない。もしもの時は光くんに代わって僕が出ることになる」

「あの人だってガキじゃない。それに俺もいます。どうにでもなりますよ」

「頼もしいね」

「兄さんほどじゃないですよ」


 言って、数秒の沈黙。

 咳払いして、指を組む。

 ほんとはこんなこと言うつもりなかった。

 でも、あまりにも願いに手が届きそうだから。


「それと……おそらく薫がここに来ると思います。その時は、俺の代わりってことでお願いできますか」


 とても30代には見えないその顔に、陰が差した。

 しかし彼は足を組みなおして俺に柔和な視線を向ける。


「いいのか?」

「ええ、俺にしかできないことだと思いますから」

「本気で止めにかかるかもしれないよ?」

「今は、止めないんですね」


 笑って言ってみる。意地悪だなとは思うけど、多分、ここから俺はひとりだ。

 目を細めた早田さんは、子どもを諭す親のような表情を見せた。

 こう見ると、ちょっと老けたな。


「僕は、君たちの行動を待つ。そう決めたからね」

「…ありがとう、ございました」


 その一言だけで、きっと十分だ。

 席を立って、鞄を背負う。

 ああそうだ、と低い声が俺を呼び止める。


「どこをぶらぶらする気でいたかは知らないが、あそこは君の家だ。だから、いままで通りでいい」

「でも」

「いいから。同じ研究方針を持った仲間じゃなくなったってだけさ。それ以外、変わることはないよ」


 喉の奥が震えた。

 振りかえって小さく頭を下げる。


「うん」


 早田さんも、軽く手を振った。

 このドアを開ければ、俺は新しい日々に進む。

 兄さんがやり残したこと、俺ができなかったこと。

 何年も捻り続けてきたノブを回して、俺は願いを実現させる。


「あ、そうだ」

「え、なんです?」


 ここで呼び止められるとちょっと恥ずかしいんだけど。

 振りかえると、掛けていた黒のスーツに袖を通していた。


「飯食いにいこうぜ」

「えぇ…雰囲気ぶち壊しじゃん」

「まぁまぁ、いい時間でしょ?他あたれっていっても、湯川は忙しいし、光くんはさっさと家帰りたがるし、太田くんは会いたくないしさ。僕友達少ないんだ」

「まぁ自業自得ですよね」


 まったく、仕方ない人だ。


「はぁ…いいですよ。なんか新しい中華できたらしいんで、そことかどうです?」

「お、いいね!」


 ドアを開ける。

 廊下を歩くのは、俺と、俺の保護者代わりで友達でほんのさっきまで研究仲間だった人だけ。

 兄さん、俺は、絶対やり抜くから。

 もう二度と間違えないように。

 この街の願いを、終わらせるから。


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