第43話 早田智幸(7.5)
♦ 8月1日 ♦
気温が30度を超えるようになってしばらく経ったような気がするが、それは間違いだ。携帯電話のデジタルは8月1日を示している。
カーテンを開けると、やけに青々とした空が灼熱を部屋に流し込んできた。
シャワーを浴びて食パンをかじる。
カップサイズのヨーグルトをかき込み、普段より少し多めにインスタントコーヒーをマグカップに入れた。いつもより幾分か暗く湯気を立たせるそれを一気に飲み干す。
「はぁ…よし」
歯ブラシもヘタレてきたかな。
グレーのズボンとシャツに着替え、ホルスターに拳銃をしまう。ジャケットはさすがに着られないな。
光沢のあるフォーマルシューズに足を通したその時、ポケットの中の携帯が震えた。耳を当てると、しゃがれた低い声が飛んできた。
「徳山さん?」
「早田さん、朝早くすまない。まったく新しいタイプの異妖が確認された」
「まったく新しいタイプの異妖?」
「ああ、とにかく今日は原異形本部に来てくれるか」
「わかりました」
ツー、ツーと無機質な音が流れる。
玉置創治郎に部活に出られない旨のメールを送り、僕は駐車場へ足を向けた。
♦
原異形の会議室には、精鋭達が10名ほど集められている。
そのうち2名が僕と徳山。
「異妖化?」
配られた資料にかかれた文字を読み上げる。
ホワイトボードの横にたつ対策チームのトップはどこからともなく漏れるそんな声に一度咳払いした。
「そう、異妖化。坂西社長からそう命名したという連絡が入った。まぁその名のとおり、一般的な動物が異妖になってしまうことを指すと思ってくれていい。詳しいことは資料に書かれている。問題はその厄介さと対策だ」
男はホワイトボードに貼られた紙をコツコツと叩く。
「異妖に関しては、研究が進み、その攻撃性がかなり狭い範囲に限られること関しては我々の間で周知されている。しかし異妖化動物
は通常の異妖とは行動が異なる。討伐時に消えなかったことと、その攻撃の無差別さだ」
僕の持っている情報と考えを照らし合わせるなら、たしかに異妖化は攻撃対象が存在しない。SWHを何かしらの経路で取り込んでしまった動物が、己の負の感情に飲み込まれてしまい、完全に異妖と化した状態。それが異妖化ということなのだろう。だから攻撃対象は選択的ではない。宿主が存在しないようなものだ。
…厄介だな。
「現在確認されている異妖化動物は討伐済みの2体。対異妖活動自体は簡単に澄むだろうが、如何せん未知の状態であることには違いない。安全第一だ。各地域の監視を強化する」
詳しい割り振りがなされ、僕と徳山は佐戸高校周辺の調査と見回りに向かうことになった。
正直なところ、原異形自体も情報が少なすぎて異妖の対処が遅れているのが現状だ。僕から言わせてみれば、佐戸高対異研の彼らの方が対異妖活動のレベルは高いのではないかとさえ思えてくる。まぁ異妖と異能の核心に迫る人間が僕含め2人もいるんだ。仕方ないだろう。
「それで、大丈夫なのか?」
会議室をでて、僕たちは駐車場へ向かう。
「大丈夫でしょ。対異研のメンバーはこの数か月でかなり成長してますし。それにあれは部活動だ。なんでもかんでも僕が縛るのは、それは部活動として崩壊してますからね」
徳山は伸びをして腰に手を当てた。
シャツの腹部が少し張っている。
「ま、なにかと変な異妖事案が起こる佐戸高校だからな。異妖化に引っかからないことを願うしかないだろうな」
「そうですね」
「お、じゃあ俺はここで。明日は佐戸駅に集合しよう。また連絡する」
首を縦に振って軽く手を振る。
駐車場に止めた軽自動車に鍵を突っ込んだその時、携帯電話が震えた。表示された番号を見て嫌な汗が流れる。
「早田です。どうかしたか玉置くん」
『対異妖活動です。被害者が出てますので、詳しいことをお話できないかと思いまして』
「ミーティングだな」
『はい』
「わかった。明日の午前1時30分から始めよう」
返事を聞いて、携帯電話を閉じる。
思わず息を吐いた。
あの感じからしておそらく通常の異妖だろう。
まぁ、面倒ごとにならなければなんでもいい。




