第41話 玉置創治郎(13)
♦ 8月6日 ♦
「はい。とりあえず来てもらえますか?ほかの原異形は呼ばないでください。俺たちは先に学校に戻ります。小森さんに関してはそちらで好きにしてください。え?いやいや、別に。俺じゃできないこともあるでしょ?それに任せてるだけです。別に怒ってないですよ」
言って携帯を閉じる。
繋いだた右手が揺られた。
嬉しそうに肩が跳ねている。
「すっかり大丈夫みたいでよかった」
「ありがとな内海。多分、内海がいなかったら俺は…いててて」
内海さん思ってたより握力強め。
頬を膨らませた彼女は、ジト目を向けてくる。
「もう、結果みんな無事なんだからいいでしょ?」
心臓のあたりが妙にあたたかい。
「うん、ありがとう」
「わかったならいーの!」
目を弓なりにして内海は笑った。
あの林道は過去。
俺たちは互いに手は離さないまま、学校の正門をくぐった。
♦ 8月7日 ♦
ガタガタとエアコンが鳴く。
そこから流れ込む埃臭い風は、暑さよりも夏を意識させる風物詩となってしまった。ちなみに理科室なので気分はいいものじゃない。
まだ、ふとした瞬間手に温もりを感じる気がする。
小森の言葉でなにかが吹っ切れて、気が付けば内海が目の前にいた。要はその間のことを覚えていない。でもポジティブにとらえるのなら、今回のことでいろいろわかった。
感情のコントロールが完全に瓦解すると、俺は特異妖者として暴走状態になる。記憶は、ない。でも寸前まで記憶はあった。開眼能力を一瞬使えた時も似たような感覚はあった。コントロールをどうにかすれば、多分使いこなせるようになる。
そしてもうひとつ、異妖のこと。
小森はあのとき、異妖を守っていた。俺が本気で投げたものは弾丸の速度を超えているらしい。それを防いだというのだから、開眼能力を使ったのだろうが、それでもいささか納得いかなかった。一般的な開眼能力はせいぜいものが遅く見える程度。弾丸レベルとなると正直わかっていても止められないような状態だろう。でも止めた。ということは、流零レベルの開眼が発動していたことを意味する。この街で能力を発現した最初の2人。それが俺と流零。それがなにを意味するのかはわからないが、流零の開眼能力は一般的なそれとは段違いで強力なのだ。
「ほんと、怪我がなくてよかったよ。次無茶したら俺があのエアコンに括りつけてやるぜ」
光は机に突っ伏しながら「なぁー」と上条に賛同を求める。
上条も笑顔で「ねー」と首を曲げる。
「ほんとすみませんでした許してくださいもうしません」
パタンと本が閉じられる。眼鏡を押し上げて流零は自慢げに胸を張った。
「僕は創治郎なら大丈夫だって思ってたよ」
「ほんとその全幅の信頼はどこからくるのやら…」
上条は嘆息をつくと「ねー」と笑顔で光に賛同を求める。
「なー」と机に伏した光がきらきらと笑みを返した。
なんかわからんが一生やってろ。
微笑ましい光景を眺めていると、ポケットで携帯が震えた。
鞄から財布を引っ張り出して席を立つ。
「お、ちょっと出てくるわ」
「「いってらっしゃい」」
流零は不思議そうにしながらも手を振っていた。
♦
食堂のドアを開けると、ほんの少しだけひんやりとした空気が体を包み込んだ。先客であり俺を呼び出した電話の主は、部活をサボっていることなんてなんとも思っていないように冷たそうないちごオレを俺に向けて振って見せた。
「うい」
「おう」
「じゃあ、いこうか」
「どこに?」
内海は紙パックをズズズと鳴らすと、ゴミ箱にそっと捨てる。
そして悪だくみしている小学生みたいな無邪気な笑みで肩をすくめた。
「まぁ、ちょっといいところ」
なら仕方ない。少し駆け足になって彼女の隣に並ぶ。
「結局、なんだかんだで依頼、終わっちゃったね」
「ああ、そうだな」
正門を出て、道を曲がって、佐戸駅の方へ進む。
モノラル音声みたいな蝉の声の中でも、足音と内海の声と心臓の鼓動だけははっきりとわかるのが不思議で仕方ない。
バス停の日陰に入って時間を確認すると、あと5分程度。
お互い「暑いね」なんて言ってベンチに腰掛けた。
色んな車が通って、似たようなバイクがすり抜けをしていて、時々自転車が俺たちの後ろをゆっくりふらふら通っていく。
クソ暑いのに、肩が触れそうな距離で座って、知らず知らずに手を重ねる。暖かいけど、不快じゃなかった。
「お、来たね」
ふしゅーっと息を吐いてバスは停車する。重なる手の正面でドアが開いた。するりと手が離れ、そして俺たちは手を繋いだ。
バスは時間帯のせいか、はたまた暑さのせいか空いていて、強力な冷房が俺たちと運転手のためにフル回転している。
言葉を交わすことはない。なんとなく、繋いだ手からなにかが届けばいいなと思う。そんなことを隣に座る彼女も思ってくれていたら嬉しいかもしれない。
もう、俺はこんなに弱い人間になってしまった。
「着いたよ」
なんとなく運賃を払う時に俺たちを見た運転手の頬が緩んでいた気がした。
そびえたつのは、最近できたショッピングモール。
自動ドアとそこから流れ出る冷気に吸われるように俺たちは一歩踏み出した。
「で、結局どこ行くんだよ」
「内緒♪」
内海は楽しそうに足を進める。
置いて行かれないように俺は彼女を手を握り直した。
ショッピングモールは平日の昼下がりだと言うのに人と多くすれ違う。制服の人が多いが、着替えていけばよかろうと思わないこともない。まぁ、特大ブーメランなわけだけど。それに、今ならなんとなくわかる気がする。
「よし、ついた」
「おお、ほんとにちょっといいところ」
ブランドものってわけじゃないけど、アクセサリー専門店。
わからないというような視線を送ると、優しい目をそっと閉じた。
「ブレスレットを買います」
「ブレスレット?」
「そ、ブレスレット」
そしてふわりと手が離れた。
「いやでも、なんで?」
「私との約束、破ったからに決まってるじゃん」
約束。
無茶はしない、だよな。
「だから、罰として私とおそろいのブレスレットを買います」
「…おそろい?」
内海が小首を傾げた。
「嫌?」
「嫌じゃないです」
言うと満点の笑顔を咲かせる。
うーんどうしてもよくわからない。
それからあれいいじゃんこれいいじゃんとなんだか恥ずかしいような時間を過ごし、レザーとワンポイントにステンレスがあしらわれた質素なデザインのブレスレットになった。色はお揃い。あんまりギラギラしすぎてもだし、黒にしようということになった。
お会計を済ませて、ショッピングモールをでる。
赤く染まった空の下、佐戸駅近くの公園で封を開けた。
「これから、ずっとつけていてほしい。私も、つけるから」
「でも、それは…」
首を縦に振る。
「これは、約束の証だから。あのときみたいな無茶、絶対しないっていう約束」
空の色みたいなきれいな瞳が、潤んでいた。
同じものを身に着けるリスクは、きっと内海もわかっている。
それでも覚悟はゆるがないなら、俺は、応える。
いや、応えたい。
「わかった。」
お揃いのブレスレットを、俺は左手に、内海は右手に。
「部室、戻るか」
「だいぶサボっちゃったね」
俺たちはまた、なにも言わないままで手を繋いでいた。
柔らかくて暖かいその右手は、まるで俺になにかを流し込むように力が込められている。
それを受け取れるように、俺もほんの少し握り返した。




