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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第一章『プロローグ』
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第4話 玉置創治郎(2)

 

 俺は街を歩いていた。

 1人で何気なく。

 すると、近くにいた人が突如呻き始めた。伝染するようにその呻きは辺の人に広まっていく。

 呻く人たちの身体から黒くて禍々しい物が抜けていき、それらは大気に漂って、やがてこちらに向かってくる。

 それが何かはわからない。ただ、良くないものであることはわかった。とてつもなく怖いものであることはわかった。

 足は勝手に動いていた。

 それから逃げるために俺は走り続けた。異常に足は重い。

 だめだ、追いつかれる……

 背後に感じた痛々しい気配に思わず振り返ると、そこにあったのは、絵の具で塗りたくられたような原色の青一色の町。思わず足を止めた瞬間、迫りくる黒煙が槍のように尖り、俺の腹を貫いた。


 「がっ……かはっ……」


 腹部を中心に全身に痛みが走る。不思議と激痛ではない。

 ゆっくりと俺は腹部に手をやる。すると、俺を貫く黒煙が腕にまとわりついた。


 「ちょっと、待てなんだよこれ……なんなんだよ!離れろよ!」


 どれだけ腕を震っても、地面に叩きつけてもそれは離れない。むしろ俺の体を飲み込んでいく。


 「なんだよ、これ、やめろよ……やめ……て……」


 徐々に声も出なくなる。

 体の内側と外側から黒いものに侵されていく感覚。やがて視界が黒くなる。刹那、俺の視界が四角い枠にかたどられた。まるでテレビ画面のようなモニターだけがある四角い部屋に俺はいた。

 ふとその部屋を眺める。するとまた、部屋の隅から原色の青が流れ込んできた。


 「もう、やめろよ……くっそなんなんだよこれっ!」


 その液体が足先に触れた刹那、体から力が抜け、俺は膝をついた。声が漏れる。やがてそれは叫びとなり部屋にこだまする。


 「あ……あっ……あぁ、うあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 なんだこれ、心臓が掴まれる。心が侵されていく。何かがない。足りない。辛い。妬ましい。腹立たしい。嫌だ。怖い……痛い。

 そこで俺はようやく理解した。

 これは……悲しみ。

 顔を上げると、目の前に少年が1人。俺と同じ容姿をしている。しかしその目は黄緑色に輝いていた。


 「なぁ、なんでこんなに悲しいんだよ……」


 もう1人の俺が答える。


 それは、俺たちが悲しい化け物だからだよ


 「……っ!!」


 水中から顔を出した時のような息苦しさに目を覚ます。布団を蹴飛ばして跳ねるように起きた。呼吸が落ち着かない。季節に合わず汗だくで、シャツも下着も濡れていた。ふと頬に生暖かい感触が伝う。指で触れて初めて気がついた。

 俺は、泣いていた。


 「今のは……なんだったんだ……」


 心臓の鼓動が落ち着くにつれて汗が冷えて寒くなってくる。立ち上がって手探りでタンスからタオルを取り出し、シャツと下着を着替える。

 部屋の電気のスイッチを付けようと薄暗闇の中をゆっくり進むと、一学期に技術の時間に作った鏡に黄緑色の2つの玉が映った。思わず足を止める。素早く振り返り、何も無いことを確認。1度深呼吸して、再度鏡を覗いて、俺は飛び退いた。

 思わず、両目を抑える。


 「悲しい……化け物……?」


 ◆


 昨晩は全く眠れなかった。あの後すぐに俺の目は普通の色に戻ったけれど、それで気持ちが元に戻るわけが無い。明らかに普通じゃない。夢のことも、はっきりと覚えている。正直言って訳がわからない。1周まわって腹立たしいまである。おかげでテンションは最悪。2限目の体育を迎えてなお、頭も重いし、ぼーっとする。


 「なぁ創治郎、やっぱり体調悪いんじゃないの?」

 「んー、多分寝不足だよ」


 心配そうに俺を覗き込む流零に笑みを返しながらも、ほんの少しだけ距離を取る。その行動に流零は小さく眉をひそめたが、ため息をついて俺の肩を2回ほど軽く叩く。


 「まぁ、無茶すんなよ」


 言って流零はグラブを取りに向かう。

 今日はソフトボール。早朝よりは頭痛もマシだし、体も動く。俺、ソフトボール好きだしやるっきゃない。

 カゴに入っているグラブを取りだし、再度流零に声をかける。


 「組む?」

 「おう」


 流零は持っていたボールを俺に渡して距離を取る。俺も隣でキャッチボールをしている人にぶつからないように場所を調節してグラブを高々と掲げた。


 「いくぞー!」


 右足を浮かせる。流零の背後は体育館。少々コントロールを外しても問題ない。

 この不快感を取り払うことも含めて、半ばやけくそに腕を強く振った。

 ボールが指先から離れる瞬間、左腕全体に静電気みたいな痛みが走る。思わず目を瞑った刹那、まるで何かが爆発したかのような轟音がグラウンドに鳴りわたり、俺は思わず目を開ける。


 「……は?」


 隣にいた生徒も、体育教師も、流零も、誰もが、口を開いたままフリーズしていた。みんなが、体育館の壁を見ていた。俺の正面の壁に大きなクレーターが出来上がり、そこから土煙が上がっている。その中心には、ボールがめり込んでいた。

 ゆっくりと流零が振り返る。


 「ど……ど、ど、どういうこと……?」


 そう声を震わせる彼の瞳は、うっすらと黄色の光を帯びていた。


次回更新は4月14日(木)午前1時です。


次回 第5話『太田流零』

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