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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第四章『サンサンたる瞳』
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第37話 早田智幸(8)

 ♦ 8月5日 ♦


 佐戸高校の最上階にあるという都合上、この準備室は時折風が気持ちいい。

 少しばかりちょっかいを出しすぎただろうか。

 苦虫をかみつぶしたような彼の表情は、真っ当な高校一年生のそれだ。柄にもなく僕は安堵する。


「じゃあ、はじめようか」

「俺の報告からで大丈夫ですか?」

「ああ、そうしてくれ」


 リュックからバインダーとメモを取り出し、玉置創治郎は話し始めた。

 現状わかっていることは、大庭がテニス部部員であり団体戦のメンバーであったこと。そして大庭の不在により小森が繰り上がってメンバーになったこと。そしてなにより、玉置創治郎の言葉を信じるのなら、小森が標的になっているということ。

 玉置からの報告自体は前回方針を決め時となんら変わらない内容だった。


「ええ、小森さん側にも特に問題はありません。ただ…」

「ただ?」


 創治郎は視線を下に落とす。


「小森さんは、異妖の攻撃対象じゃありません」


 肩が少し上がっている。


「じゃあ小森を警護対象にしたのはどうして?」

「正直俺にもこれ以上はわからないことの方が多いんです」

「なんだか君にしては冴えない感じだね」

「俺にだってそういうことはありますよ」


 ただでさえ異常な能力なんだから、と彼は付け加えた。

 リーダーシップや、情報網の広さからして、中学時代まで相当な立場で活躍していたことは容易に想像できる。それが所以か、それとも能力を息子に押し付けるような親の子だからなのか、時々玉置創治郎は何かが壊れているような側面をみせる瞬間がある。

 僕は一通り特異妖者について彼に説明しているが、正直取り乱すと思っていた。それがどうだ。あの夜から大きく取り乱すこともなく、むしろ能力の使い方を数をこなして把握しようとしている。それなりに負担もあるだろうに。

 こうなった以上、僕としても軽いコンテンツとして見るわけにはいかない。


「よしわかった。僕としても君の能力はわからないことの方が多い。もしなにか異変を感じたらすぐに僕を呼んでくれ」

「はい、もちろんです」

「ついでというか話の流れで聞くが、能力についてなにか進展はあったかい?」


 創治郎は顎に手をやり首をひねる。


「そうですね…現状は異妖のヘイト操作、それと異妖感知の能力ぐらいですし…ただ、小森さんに感じた違和感については、多分この件が終わるぐらいに言葉にできると思います」


 できれば明確じゃなくても言葉にしてくれれば助かるんだけどな。

 まぁこれに関しては玉置創治郎の主観的な部分に頼るほかない。彼の中である種の思考ロックがかかれば、盛大な勘違いが起こってしまう。


「基本異能力はひとつって定説がある。受け身の能力者が目に宿す黄色い光をひとつの能力としても、せいぜい2つ。ところが君はかなり多い。特異妖者のそもそもの目的を考えてもいささか不可解だ。いや、むしろそれにすべてつながるのか?」

「早田さん」


 はっとして顔をあげる。

 窓枠が作り出す影は、彼の首から上を太陽から隠していた。

 その整った顔が浮かべたものは、笑顔ではない。だが泣いているような表情でもない。

 玉置創治郎が、絶対にしない表情。

 きっと、彼を知らない人は、これを微笑んでいるという。でも違う。僕をなだめるような、諭すような。

 簡単に、俗っぽい言い方をするとしたら、大人びた表情をしていると表現するのが正しい。大人っぽい冷静さを持った人間ではある。でも、なんだろう、この違和感は。

 大人っぽい…諦観、か?


 これが、玉置創治郎なのか?


 時間を進めたくてつばを呑んだ。、


「あ、ああわるい。僕ひとりで考えを進めてしまったね」

「いえ、俺はあくまで感じるままを言うことしかできませんから。それに、異能と異妖に詳しい早田さんの意見は、俺の感覚を言語化するのにかなり役立ってるんですよ?」

「そう言ってもらえるとありがたいね」


 気が付けば、いつもの玉置創治郎がそこにいた。

 自信と、希望。この言葉が最も似合う。


「最後にこれだけ伝えておきたい」


 僕はノートパソコンの画面を彼に向ける。

 彼の表情が険しくなる。


「…異妖化?」


 異妖化。

 テニス部の依頼が始まる数日前、佐戸市北部にて特殊な異妖が発見された。容姿はいつもと同じ動物のもので、犬型異妖と判別され原異形が無力化を目的とした対異妖活動を実施。従来の異妖と比較しても、対処が不可能なレベルのものではなく、簡単に無力化された。しかし問題はここから。

 対象の異妖を、その場にいた原異形がやむおえず討伐してしまったのだ。通常なら異妖は死ぬと光の粒となって霧散する。だが活動停止を確認された後もいっこうに消える様子はなく、それどころか異妖が動物の犬そのものであったことが確認された。

 異妖は、ある種の幻影に近い。

 異能発現者にのみ見える怪物。だから異妖。

 その体は細胞で構成されているわけではない。

 細胞があり、組織があり、遺伝子がそもそも犬のものであったということから考えても、犬が後天的に異妖になったとしか考えられない。

 原異形の見解は、現在もまだ不明とされ、市民には情報が下ろされていない。だがこれはあくまで原異形の見解。

 だが僕はある程度目星がついている。

 そしてそれは彼も同じ。


「一般の動物が、SWHを取り込んだってことですか?」

「話がはやくて助かるよ。原異形はどうあれ、僕個人としてはSWHが佐戸市の能力者からなんらかの形で犬にわたったのだと思ってる」

「2週間ぐらい前にやけに頭が痛かったのは暑いからじゃなかったってことか…」

「異妖感知能力に引っかかったってことになるのかな」


 玉置創治郎は顎に手をやって唸る。


「ただ、明らかに感度が違うというか、ほんの一瞬ですけど脳みそなくなったかと思いましたし…それに、俺の感知する異妖は、明確に攻撃の意志があるやつに限ってるみたいなんですよ。異妖化ってものは、かなり危険なのかもしれませんね」

「すごいね。まさしくそれを伝えようとしていたんだ。原異形が異妖を討伐するという事態は、現状ほぼほぼありえない。君に協力を頼んだあの日に言ったとおり、異妖の討伐は止む得ない場合に限るとされている。それを討伐してしまったというのだから、かなり異常な事態であったことは確実なんだ。強力ではなかったとしても、殺すしかなかったということだからね」


 ふと気が付けば、バットの金属音も、吹奏楽部の音楽も聞こえなくなっていた。時計を見る。


「長い話になってしまったね。とにかく、危険を感じたらすぐ僕に連絡してくれ。異妖化についても同じだ。今後、異妖化が出ないとも言い切れないからね」


 彼は首を縦に振って、そそくさとリュックを背負う。


「おっと忘れてた。ほれ」


 財布から100円を取り出しコイントスの要領で打ち出す。

 無難にキャッチした彼は


「これは?」

「食堂は暑いからね」


 はらりと彼の前髪が揺れる。


「ありがたく貯金にしてやりますよ」


 思わず僕の口角があがる。


「ま、勝手にするといいさ」


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