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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第三章『n個の激情』
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第30話 早田智幸(5)


 今朝の爪痕から察するにかなりやばい相手であることはなんとなく予想していた。いままで僕たちが見てきた異妖でも、物理的に危害を与えるものは特に危険なものとして認知される。とはいえ僕ならどうにかなると思ってはいたのだが…正直かなり危なかった。あの一匹程度なら僕でも簡単に相手できるレベルだ。実際、玉置創治郎らに任せてもどうにかなった。だが大群となれば話は変わる。戦闘になれば動けるのは僕しかいない。連携もまだ不安定だ。そういうわけで全速力で逃げた。


「早田さん、陸上でもされてたんすか?」

「玉置くんこそ、僕によくついてこれたじゃないか」


 そう返すと玉置創治郎は少し不機嫌な様相を見せた。部活かなにかで地雷でもあるのか。めんどくさいな。


「まぁとりあえず部室に帰ろう」

「大丈夫なんですか?またさっきみたいになるんじゃ…」


 源光が、普段の楽観的な様子からは想像できない深刻な表情を浮かべている。よほどさっきのが堪えたらしい。正直僕でも危険を感じたレベルだからしかたない。玉置創治郎からこの質問が飛んでこなかったことにむしろ違和感を覚える。


「わからないね」

「わかんないってそんなぁ」

「おいおい、でも泣きべそかいたって仕方ないだろ?出くわしたら走る。安心してくれ、まだ閃光弾自体は残ってる」


 深いため息とコンと小気味いい音。

 二、三度手を叩いて玉置創治郎は立ち上がった。


「よし、行きましょう。ここにいたってどうしようもない」


 源くん、もうあきらめろ。


「よし、じゃ行こうか」


 僕がそう言って腰を上げたそのとき、食堂の扉がギギギと軋むような音を立てた。


「ま、助っ人もいるみたいだし、さっきよりは楽になるさ」


 僕たち3人よりも身長の低い男が、食堂外の時計台から反射した光に照らされている。


「ね、お願いしますよ、徳山さん」


 徳山英雄は小さく頬を緩ませ、穏やかに笑う。


「おう、まかせてくれ」


 ♦


 徳山英雄は僕と同じ無能力者だ。つまり対異妖組織の、ましてや教育部門という最前線に近い活動をしているうち2人が無能力者ということになる。理由はあくまで推測だが、異能力の発現自体、若者以外には起こりづらかったということ。そして、原異形に入っている者はみななにかしら異妖や能力、感情の脱却に思うところがあるということ。そのため正直、異妖とまともにやりあえる力を持ち合わせていることが多い。僕と徳山はまさしくその類だ。だから僕は徳山英雄の目的を知らないし、徳山も僕の目的を知らない。あの日僕の嘘を見抜いたように、僕もあの日徳山からは怖さを感じた。微妙なバランスの上で成り立っている。

 僕に言わせれば、だからこそ信頼できるわけだ。


「まぁ、仲良くないからこそ連携が取れることもあると僕は思うわけだね」


 なんかあったんですか、という源光の問いは僕はその一言だけで答えた。前を行く徳山は、なにやら玉置と話している。おたがい笑っていることから、なにか能力や玉置自身の力についてではないらしい。


「そういうことも、あるんですね」


 源光は顎に手をあて頷いている。前の玉置が振りかえって僕をみたが、また徳山との会話に花を咲かせ始めた。

 階段を上がり、後は部室へつながる廊下を行くだけ。だが、階段の最後の段に足を置いた瞬間、前を行く少年が僕らを制した。


「ちょっと待ってください」


 肩が小さく上下している。


「異妖、かい?」


 階段の電気はついていない。外から入る光が淡く周囲を灰色に塗りつぶしているだけだ。


「ええ、かなりいます。詳しい数はわかりませんが…」

「わかった。じゃあ僕は閃光弾で…」


「待て」


 低く、少ししゃがれた声が廊下を揺らした。


「俺がやる。異妖だっていったな」


 まるで答えなんか聞いていない。


「お前ら3人は様子みてさっさと部室に行ってくれ」


 振り返ることはない。

 こちらに目配せすることもない。


「ほら、はよ行け」


 まるで、獲物を見つけた獣だ。

 背筋に冷たい汗が流れた。


「わ、わかりました…異妖は部室とは反対側、左手に多数います」

「おう、情報ありがとな」


 玉置創治郎は首を縦に振った。そして僕たちに目を向ける。


「わかった。徳山さん、まぁ死にかけたら僕がいますからね」


 いつもの軽口。

 だが、徳山の視線が揺らぐことはない。


「ああ」


 そして彼はその図体からは想像できないような速さで腰から銃を引き抜く。


「なぁ早田さん」

「大丈夫ですよ。そういう話で成り立ってんだ」


 おそらくこれで伝わったはずだ。まったくこちらを見ないジジイも、にやりと口だけは笑っている。


「助かるよ」


 それだけ言うと、彼は異妖の方へ駆けていく。

 僕はひとまず部室へと生徒2人を放り込む。


「僕がくるまで外には絶対でないでね。死にたいならでてくればいいけど」


 漫画の描写のように空気が凍り付いたのを確認して、僕はゆっくり徳山が走っていったほうへと足を進める。

 廊下の奥から小さな破裂音のようなものが聞こえた。


 徳山英雄は、無能力者である。

 原異形所属の無能力者には、拳銃が支給される。実銃だ。とはいえ実際の銃弾を使用できるわけではない。対異妖弾とよばれる特殊弾薬のみ使用が許可されているのだ。ただ、威力が実弾と大して差異はない。というかそれくらいしないと原異形が請け負うような強力な異妖は対処できない。異妖の出現後数カ月でここまでの設備を坂西智幸は整えたのだ。まぁこれらも計画の一部だろうが。

 一般人が拳銃を扱おうとすると、間違いなく怪我をする。下手すれば死ぬだろう。筋力と扱い方を会得する必要がある。時間も労力もかかる話だ。だが、世には才能というものがある。時間と労力を再効率で短縮してしまう。僕は身体能力が高いことを自覚している。体術において僕の右に出る者はいないだろう。

 だが、努力についてはその限りではない。


 ひどく凄惨な咆哮が廊下に響いた。それも多くの。

 床には朧げな光によって輝く幾多の薬莢。

 彼は一歩もその場を動くことなく、せまる異妖を皆殺しにしていた。


「僕が来るまでもなかったですね」


 しわのついたシャツの襟を正した彼は、銃を腰に仕舞い小さく息を吐く。


「いったじゃねぇか」


 徳山英雄は、無能力者である。

 しかし、それは異能力の話だ。


「ほんと、あんまり派手にされると困るんですよ」

「異妖相手に、手加減なんてしねぇさ」


 徹底的に目標を達成する姿勢。

 僕があの日感じた怖さの正体。

 徳山英雄は、努力の天才だ。


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