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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第三章『n個の激情』
29/57

第29話 太田流零(7)

 

「じゃあ僕は少し下に降りてくるから、先に部室に入っていてくれるかな」


 校舎の巡回を終え、徳山さんと別れた僕たちは指示通り歩き始めた。

 微かに揺らめく月の輪郭を捉えようと目を細めていると、向かいの校舎の窓が白く短く光った。

 真っ白に塗られる廊下の中に、ポツポツと黄緑色が滲むように見えた気がする。しかしそれも一瞬のことで、視線をそちらに移したときにはもうそこには闇と窓枠しかなかった。


「葵ちゃんって、いつから付き合ってるの?」

「あれ、言ってなかったかしら。えっと、入学式の日から…」

「ええ!?じゃあ説明会の時には付き合ってたの!?」

「うん…」


 目を輝かせる内海と、少し照れくさそうに首を伸ばす上条の後ろを僕は空気のように音をなるべく立てずに歩く。

 暗い場所は得意じゃない。でも僕にはなんだかお似合いの場所のように思える。

 昼間は喧騒が反響して頭が痛くなるようなこの廊下は、前の2人の会話だけをくぐもらせていて異世界のダンジョンのようだ。そう思うと、なんだかロマンチックというかなんというか、少し足音が大きくなってしまう。


「そういえば」


 上条がチラと僕を見て続けた。


「あなたたち3人も仲いいわよね」


 思わず僕は内海に目をやる。内海も僕を見て、普段のように笑う。


「そうだね。でも私はあとからなんだよ?先に玉置と太田が仲良くて」

「言っても僕は内海より一年早いくらいだよ」

「その一年がおっきいんだよ」


 足を止めることなく、でも少し声を抑えて。


「ね」


 目を細めた彼女は、ぎこちない笑みを浮かべて頬を掻いた。

 そんな僕たちを上条は微笑ましそうに見ていた。


 ♦


 雨上がりの神秘的な光に照らされた彼女が口にした決意。その言葉を反芻するしか僕にはできなかった。とはいえ時間が経てば消化できるもので、その日の夕刻、内海から電話がかかってきたときには僕も内海の力になるための覚悟を固めていた。


『今日、すぐにとは言わないけど、私、頑張ってみる』


 内海にしてはずいぶんと曖昧な表現だとは思った。早田さん考案の合宿もどきは、さすがに急だったのだろう。しかしかなり動くには良いきっかけとなりうる。

 僕は色恋沙汰には疎い。彼女なんていたことないし、だれかを恋愛的に好きになったことはない。そんな僕でも、恋愛を知らない。わけじゃない。創治郎の近くにいれば、いやでもそういうものは見てしまう。

 だからなんだろう、僕にも少しくらい力になれるんじゃないかと思った。いやもっと正直にいえば、力になりたいと思った。

 内海には、幸せになってほしいのだから。


 ♦


 部室に入った後も内海と上条が恋愛話やらなんやらに花を咲かせる中、少し気まずい僕は通学鞄から小説を取り出した。カチカチと時計の針が大きく音を立てている。


「そういえば、太田はそういう話、ないの?」


 内海が普段より砕けた表情で言った。


「ないよ」


 そう言いながらも少し心に引っかかるものがあるのは自覚している。それがなにかは、わからない。

 上条が小さく口を開けたが、首を横に振って何も言わずじまいだ。

 夜は、得意じゃない。


「あの、私さ」


 その言葉ひとつで、僕の視界に移る文字列からすべての意味が消し飛んだ。


「玉置のこと、好きなの」


 カチカチ、音がなる。

 文字が浮かび上がるような感じがして、頭がくらくらする。


「そうじゃないかと思ってた」


 上条の声は、少し弾んでいる。


「太田には先に言ったんだけどね」

「うん」


 内海の吐息が、耳から心臓へと流れていく。


「その、あの、私、向き合ってみようと思うから」

「応援してる」

「…うん!」


 ハッとした。

 小説のページの端に、しわができていた。

 小さく首を振る。こういう時は、下を向いてはいけない。


「で、何かするの?」

「いやそれをまだ決められてなくて」


 空気の色が変わったみたいに軽くなった。

 息を吸って、せき込んだ。


「大丈夫?」

「ああ大丈夫大丈夫」


 呼吸を忘れていたらしい。

 眉を顰める内海を手で制す。


「僕は気にしなくていいから、創治郎のことを考えよう」

「え、あ、うん」

「いまちょっと引いたか?」

「いや、別に…」


 内海、今気づいたけどお前嘘つくとき唇尖らせるよな。これは言わないでおこう。

 そのかわり。


「そろそろ創治郎たちも帰って来るかもしれないから、とりあえずグループ作ってそこで作戦会議をしよう」


 僕にしては大胆で普遍的で、やけに青春っぽい言葉を告げた。

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