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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第三章『n個の激情』
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第25話 坂西智幸(3)



 

 ウエスタンヒルの屋上から見る限り、僕より高い建物は、この街には存在しない。広がる市街地、佐戸を囲む山、そして、あのなんとも古臭いコンクリート造の校舎が佐戸高校だ。


「ここからはよく見えますね」


 早田智幸は扉を開けるとそう言いながら僕に歩み寄る。


「そうだね。君が、異妖討伐を行っていた現場とやらがよく見える」


 スーツの襟を正しながら、早田はニヤリと口角をあげた。


「ほう、なんのことでしょうか」

「しらばっくれるんじゃない。僕だって原異形の情報を集めることぐらいはできるさ。君のこの3週間の動向はすべて僕に上がってきている」


 手は後ろに組んだまま、僕のほうへと体を向ける。

 どうやらこの場で僕にどうこうするつもりはないらしい。

 早田智幸。

 無能力者。支給品の異妖が見えるコンタクトレンズなしでは異妖を見ることさえできない。

 しかし原異形のなかでもトップレベルの対異妖活動の実力者。状況判断と体術に優れている。異妖に関して勤勉であり、僕たちから提示しているデータは漏れなくしっかり読み込んでいる優秀な人材だ。だがその優秀さが仇となったか、この男が独自の研究や調査を進めているという情報があがってきた。それも異妖のみではない。異妖とウエスタンヒル、ひいては僕とのつながりも調査しているというのだ。

 いずれは開示しようとしていた。

 すべて僕のシナリオであり、数年たてば消えると。しかしそれには時期の精査が非常に重要になる。勝手に開示などされたら、僕の計画が丸つぶれだ。

 そしてそれに加えてこの男は致命的なことしている。

 異妖の討伐だ。

 研究や調査の一環なのだろうが、早田智幸は担当する佐戸高校の生徒とともに異妖の討伐を行っているという。

 情報の開示に関しては、重要ではあるものの、後をどうにでもできる。あの保険さえ発動させることができれば、世界は元通りだ。しかし異妖の討伐となると話が異なる。

 異妖は感情を消す薬によって体から外部へと放出された負の感情の具現化だ。具現と言うよりは、実体がある、もしくはアニメなんかでいう霊体という状態にあるものと言えるのだろうか。つまり、異妖は宿主の感情そのもの。異妖の討伐は宿主の永久的な感情の損失を意味する。異妖を殺すことは、感情を殺すことなのだ。


「君が異妖の討伐を生徒と協力して行っているという情報があるんだよ。僕としては、ルールとして決めた以上君にこの理由を聞かなくてはならない」


 早田は小さく息を吐いた。


「なるほどそういうことでしたか。でしたら心配はありません。私としては佐戸高校の生徒に危険が迫ったため止む負えず異妖の討伐に踏みきった限りです。私の独断ではありますが、人的被害が出る方が問題があると判断しました」


 僕の瞳をじっとみて早田は述べる。台本でも容易していたんじゃないかと思うほどに流暢な説明だ。

 本当のところを言えば、突っ込みたいところはある。異妖の討伐に関してはたしかに別の高校、地区でも報告書は上がっている。今回に関しても、早田から複数の討伐に関する報告は来ていた。しかし、僕の得た情報によると、圧倒的にその数を量がする討伐が行われている。とはいえこれに関しては証拠がない。あくまで情報だ。そのため僕としてもどうしようもない。ただ、釘をさすことは出来る。早田の答えからしてほぼ黒とみて間違いない。今手放すのはかえって危険だろうしな。


「監視は、つけさせてもらう」

「どうぞ」


 早田は表情を変えない。

 怒りも、戸惑いも、喜びも、何も見えない。


「以上だ。時間を取らせてすまないね」

「いえ、こちらこそ」


 言ってグレーのジャケットを翻し、悠々と扉へと歩いていく。

 彼は扉に手をかけ、そして手を離し振り返った。


「そうだ、これだけ」


 ポケットに両手を突っ込んで、僕を見る。

 屋上に影が差した。

 ポツリポツリと、雨が降り始めた。予報外れの雨だな。


「早田君、濡れるから中で」

「悲しいという感情、それを消すのは素晴らしい考えだと僕は思います。この感情は、現代を生きる人間にとって不必要だ。悲しみという感情に振り回されいつまでたっても先へ進めない」


 音が消え、色が消え、そして電撃が全身に走った。


 なにを、言っているんだ?


 この男は、なにを、言っているんだ?


「ですが、ひとつ納得できないことがあります」


 目の周りがガッと黒く染まっていく。

 いや、早田だけにピントがあって、遠近間がおかしくなっているのか。

 早田の背後に黒いオーラのようなものが見える。なんだかそれがひどく、恐ろしい。なにか、なにか言わなければ。


「納得できないって、なにに?」

「本当はわかってるんじゃないですか?甘いですよ。どうせ変えるなら、二度と引き返せないという事実と覚悟がないといけないと思いませんか」


 甘 い?


 バタリと、扉が閉まる。

 気が付けば、佐戸は急な土砂降りに見舞われていた。


 ♦


 なにを食べても、味なんてしなかった。いやきっと味をわかってはいるんだろうが、それを言語化することさえ億劫だった。全部無味な粘土だと感じたほうが、いっそましだった。

 空が曇っているかどうかなんてどうでもよかった。変にまぶしくない分、変に晴れていない分、むしろずっと灰色のままの方がいい。

 全部知っているというのか。僕がやろうとしていることも、あの保険のことも。

 どうして…いや、わかっていたんじゃないのか。北上さんが退職したあたりから、いやもっと前、北上鷹乃が当日に熱を出したという話も、今考えればなんとなくおかしい話と言えなくもない。玉置さん、千歳はかなり前向きにこの計画を進めていた。少し後ろめたい態度を示していたのは北上さんだけだ。

 早田智幸に、情報を流したのか。

 一体どうしたら…いやなにをどうするっていうんだ。

 早田智幸は、全部知っている。SWHのことも、特異妖者の事も。

 それをわかったうえで異妖討伐をしていることになる。

 僕はたしかに、悲しみなどいらないと思っている。それでも感情のひとつなのだ。簡単に消し去っていいはずがない。いつでもリセットできる状態であるからこそ、人は大胆な行動にでることができる。

 僕が欲しいのは実証なのだ。世界じゃない。

 そもそも異妖がここまで強力な個体として現実に現れるとはおもっていなかった。誤算だ。すべて。

 彼の言うとおりなのかもしれない。いや、その濁した語尾が甘さなのか。

 毎日のように、討伐情報は上がってきた。非公式だ。報告書にはない。こっちも証拠とまでは言えない。こんなことになるなら、異妖の存在ついてもっと事前に情報を集めておくべきだった。

 ああ、やっぱり僕は甘いのか。

 そうか。


 ♦


「なに、これ…」


 やさしい声が脳を揺らす。


「異妖に、なるってこと?」


 僕が渡した資料を見つめる千歳は小さく肩を震わせている。


「終わらせる」

「…いいの?」


 特殊SWHを応用し、特異妖者の異妖化能力のみに機能を絞る。つまり、僕が異妖そのものになる。


「でもそれは、あまりにも暴走の危険が大きすぎるよ」

「終わらせるんだ、全部、僕が」


 長いくせ毛がぴょんと跳ねた。


「わかったよ」


 ありがとう、千歳。

 僕が、全部終わらせる。

 引き金は、僕が引く。


次回更新は7月28日です!


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