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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第二章『かけがえのないもの』
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第21話 玉置創治郎(6)

 

 いまだに体の節々が痛む。

 異妖討伐依頼を完遂して、3日。

 土日を挟んで月曜日。この二日間心身の疲れがひどくてどうにも動けなかった。


「まったく、勝手に死にかけるなんて許さないから。まだなんとなく許してないから」


 春風が吹き抜ける理科室で、内海は般若のごとき形相で俺に説教を垂れている。ええほんとにもうね、なにもいうことができません。だって俺が全部悪いもんね。うん、だけどちょっともう泣かないでよ内海…なんかちょっとうれしいだろうが。

 異妖を討伐した直後、俺は弓道部に挨拶を済ませ撤収してきたみんなに合流した。そこで異妖が討伐されたことを連絡し、ついでに矢羽根さんをなんとか助けられたことを報告。その連絡の中で俺が死にかけたことを砕いて説明しようとしたのだが…

 まぁこうして内海にはボロカスいわれ、流零も不機嫌になるし、光と上条は呆れたようにそそくさと帰るしでもう大変。自覚しざるを得ない。

 俺は割と愛されているらしい。


「せめて連絡はしてほしかったものね」


 上条が肩にかかる髪を払いながらそう言ってため息をつく。おい光、うしろでうんうん言うだけの役やめろなんか腹立つわそれ。


「だって連絡したら追っかけてきそうなやつがいるし…」


 だよな、流零。お前絶対追っかけてくるだろ。


「なんだよ創治郎、僕は追いかけなんて…うん…ごめん」

「謝っちゃたら玉置の思う壺だよ太田!」


 隣でガッツを入れる内海。

 やめて差し上げろ。これはかえって流零を追い込んでる…おい、なんだその顔。


「まぁ創治郎の思う壺ならまぁ…」

「なんでいい感じになってんの!?」


 内海が額に手をやって首を横に振る。


「残念だな内海。流零はなんかわからんが割と俺全肯定な悲しいやつだ。だよな、流零」

「え、なに?ぶん殴っていい?」

「流零お前そんなキャラだったか?葵、俺は違う世界線に来てしまったのか?」

「殴るわよ」

「なんで!?」


 どさくさに紛れていちゃいちゃしなさんな。

 こんな平凡な日常。

 討伐依頼がなんとか終わってよかった。

 だけど俺にはまだやらなくちゃいけないことがある。


 ♦


 異妖の被害にあった男子生徒の体調は日を増すごとに良くなり、明日退院するそうだ。そしてあの日以降、矢羽根さんは部活に顔を出していない。休日練習に来なかっただけだと不安視しない人もいるだろうが、練習にストイックな様子を見せていた彼女がそう簡単に休日練習を休むとは思えない。

 少し嫌なやりくちではあるが、俺は校門が見える食堂でひとり缶コーヒーを飲みながら時間をつぶしている。

 張り込みをしている刑事さんってこんな感じなのかな。

 ぞろぞろと自転車を押して校門から出ていく人の群れのなか、一つ結びの髪の少女がひとり。

 俺は腰を上げてドアを開ける。

 あんまりこのやり方は好きじゃない。

 追跡は俺らしくないといえばそれっきりだ。

 人が少なくなってきた路地で彼女は足を止めた。


「私の後をつけて、どういうつもりです?」

「どっかで聞いたセリフだな」


 そんな軽口を叩いてみる。


「…なんて、冗談ですよ」


 少女は、笑った。責念に駆られたような、それでいて少し嬉しそうな、そんな笑顔だ。


「少し、場所を変えましょうか」


 ♦


 場所は人の少ない小さな公園。

 矢羽根さんは馬のようなよくわからない生き物の形をした遊具に腰掛けた。

 俺も隣の似た遊具に腰掛ける。


「本当にありがとうございました。無事でよかった」

「俺としても君が無事でよかったよ」


 ありがとうございます、と矢羽根さんははにかむ。その表情は道場でのそれとは異なり、幾分か柔和に見えた。


「弓道部からの依頼は終わった。もう俺たちがこの部に異妖の件で関与することはないだろうな」

「そう、ですか」

「だから対異研としてじゃなく、玉置創治郎として、俺は君に会いに来たんだ」


 少しずるい言い方をしたと思う。

 でもこれしか思いつかない。


「え、それはどういう…」


 ごめんほんと、こうなるよね。


「弓道部の部長、体調が戻ったみたいだ」


 瞳に影が映る。


「玉置さん、ほんとは全部、知ってますよね」

「…噂の範疇だけさ。だから真実は知らない」

「そうですか」


 矢羽根さんはうつむいたまま、足をパタパタと動かしている。


「噂は、半分ほんとで半分嘘です。私は部長にそんな感情抱いてなんていません。部長に弓道についてよく教えてもらっていたのはたしかです。でも…」

「大丈夫、疑いはしないよ」


 凛とした顔立ちはいまだ曇ったままだ。


「お見舞いにでも、行けっていうんですか?」

「行くべきだ」


 俺は、玉置創治郎だ。それは自覚している。

 だから無責任なことを言う。無責任の責任の矛先は、すべて俺でも構わない。

 とはいえ完全に確証がないわけでもない。


「なにかあれば俺が割って入るよ。このままじゃ、あまりにも君が報われない」


 ♦


 佐戸市は決して大きな街ではない。佐戸駅の北側と南側でその栄え具合は大きく変わる。市役所周辺に街の繁栄が一極化しているなんてのはよくある話だろう。佐戸もその類だ。しかしながら栄えている箇所が北側にあるのに対し、佐戸で一番大きな病院は南側、すなわち佐戸駅から佐戸高校への道中にある。厳密には通学路とは道を挟んで反対側に位置している。つまりまぁ、学校から歩いていける範囲にあるというわけである。


「俺はここで待ってるから」


 弓道部部長が入院している病室の入り口手前で俺は矢羽根さんを送り出す。言葉は発さずに首を縦に振った矢羽根さんは、意を決したように俺に背を向けた。


次回更新は6月13日(月)午前1時です!


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