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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第二章『かけがえのないもの』
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第20話 玉置創治郎(5)

「私の後をつけて、どういうつもりです?部外の方ですよね。部長に言われて私を呼び戻しに来たんですか?まぁそんなことないでしょうけど」

「そのへんは安心してくれ。俺は独断で君を追ってきた」


 矢羽根さんは半身から完全にこちらに向いた。

 袴が風になびく。


「なぜ?」

「依頼だよ」

「依頼?」

「そう、依頼だよ」


 彼女はじっと俺の目を見る。そしてふっと笑った。


「部員を守るってことですか?なら大丈夫ですよ。あなたも見てましたよね」


 言葉数が多いなぁ…

 どうやら思考の決め打ちがお得意らしい。


「関係ないよ。これは仕事なんだ。対異妖活動及び研究部の部長として、俺は君を警護する。それだけのことだよ」


 部員かなんてどうでもいい。正直。

 ただ、どうしようもなく嫌な予感がする。

 この子をひとりにしてはいけない。なにか起きる。

 しばしの沈黙。

 はぁ、と彼女は息を吐いた。一つ結びの髪がしおらしく揺れる。


「はぁ…じゃあいいんじゃないですか?ついてくれば。教室で着替えてるので、廊下にいてください。入ったら通報ですよ」


 ♦


その予感は的中した。

脳に、突き刺すような痛みが走る。


「きゃあ!」


 窓ガラスの割れるような叫びで俺は組んでいた腕をほどき腰に巻いたポーチを開けナイフを取り出す。つかむのに手間取ったのは、なにもそのどす黒い感情の具現の出す気配が怖いからじゃない。


「入るぞ!!」


 この高校は土足だ。すぐに突入できる。

 …くそ、声が出ないか。

 重くがたついた扉を押し開く。


 尻もちをついた少女がひとりと、オオカミ型の異妖が一匹。どうやら異妖はまだ矢羽根さんに攻撃していないらしい。


「目を見ちゃだめだ!!矢羽根さん!!」


 震える声で少女がつぶやく。


「違うの…違うの結美さん…私は…」


 やばい、異妖の目が光ってる。

 ナイフを握りなおす。振りかぶる余裕はない。ダーツの要領だ。俺はナイフの刃の部分をもち手首の耳のそばに構える。

 指先集中、狙いをさだめろ。壁は気にするなこれはやわらかいシリコンだ。大丈夫。俺は出来る。

 腕を押し出す。


 頼む当たれッ!!



「ぐぎゃあぁあああぁぁああぁあぁっぁぁあああぁぁあ」


 俺の指からナイフが離れ、瞬間異妖の左目に突き刺さる。黄色の稲妻を帯びたナイフに浮かされるように異妖は影際に飛ばされた。

 足をばたつかせて異妖は唸る。


「逃げるぞ!」

「…わかってよ…」


 くそ、異妖の効果なのか?

 でもそんなこといってる場合じゃない。さすがに目の前で人が異妖の被害に遭うのはやめてほしい。


「矢羽根さん!!」

「ひっ」


 俺としてもさっきのは当たったからいいものの、当初の予定では異妖が出たら時間稼ぎをして対処は早田さんに頼むという流れになっていたんだ。俺だって怖いさ。


「ごめ、ご、ごめんなさい。その、私はその、これ、なに!?」


 ダメだ、完全に情緒がおかしくなってる。


「立てるか?」

「わか、んない」

「ほら、手、握ってくあぁっ!」


 鈍器で殴られたような痛みが全身に走る。

 なんだこれ…いや、異妖かよちくしょうが。


「…矢羽根さん、俺の背中に乗って、速くっ!!」


 矢羽根さんの目はかすかにこちらを向く。よし、なんとか戻ってきたか。


「乗れるか?」

「う、うん」


 俺は彼女の前にしゃがむ。

 するとほどなくして自嘲気味の笑い声が聞こえた。


「ご、ごめんなさい…立てないや」


 …しかたない。


「え、ちょっ」

「着替えが済んでたことを幸運だと思ってくれ」


 矢羽根さんの華奢な体を抱え、お姫様だっこ状態で俺は走り出す。くっそこれ結構しんどいな。内海にはできそうにない。いつもの笑顔になれねぇ。内海?んまぁなんでもいいや。

 教室を出て廊下を進む。ここの校舎は階段がいくつかる。校舎の中央側といちばん端にひとつずつ。


「階段は気をつけろよ」

「まってそれ私のセリフなんですけど!ほんと通報ものですよ!!」


 うるせぇ俺は後ろから追いかけてくるえっぐい気配に追いつかれないように走るので精いっぱいなんだよ。階段を降り、一階。着替えてた教室は三階。どうする、これそろそろ弓道部のほかの部員たちもおりてくるんじゃね?

 …よし、自転車置き場に逃げ込むか。おそらくそこなら場所はある。俺が時間稼ぎをして、裏門から脱出してもらうことだってできるだろう。

 階段を踏み外して死にかけながらも俺たちは何とか校舎裏の自転車置き場になだれ込む。


「あの、膝をつくのはいいんですけど、そろそろ、おろしてもらっても…」


 どうやら頭が冷えてきたらしい。


「ああ…悪かったな。そこらの遊園地より迫力あったろ」

「そうですね…命の危険を感じましたよ」


 制服を整えながら矢羽根さんは笑みを浮かべる。

 良かった。彼女ひとりでも逃げられそうだ。


「裏門から逃げてくれ。できればコンビニやどっかの店に入るのがいい。大丈夫安心してくれ。公共施設には原異形が常駐してるはずだ」


 対異研は原異形直属の部活。こういう時のマニュアルについてはしっかり早田さんに叩き込まれている。


「え、でもそれだとあなたは?」

「安心してくれ。うちの担当の原異形がすぐ来る」


 場合によっては危険もあると言われていはいたが、これはいささかやばすぎる。内海たちを誘ってしまったのは悪手だったかもしれない。

 …やばいな、来てる。


「速くいってくれ。裏門越えたらスーパーいくんだぞ」


 うん、と声が聞こえ、足音が遠ざかる。


 膝の砂を払い、俺は自転車置き場入り口に片足を突っ込んだ異妖を見る。


「走らせやがって…」


 異妖がぐっと、背をかがめた。

 …来るっ

 ナイフを取り出し、俺は半歩下がった。

 瞬間、異妖の背後に男の影が揺れる。


「よし、おつかれさま」


 グレーのスーツが異妖の足を払い、背後から喉にナイフを突き立てた。

 いびつな叫びとともに、異妖は光の粒となり自転車置き場を幻想的な景色に変える。不思議とそれが異妖の死であることが理解できた。

 異妖って、こうやって、死ぬのか。


「早田さん…おそいですよ」

「そうかい?まぁお姫様抱っこなんてそうそう見れるものじゃないからね…おっとナイフを投げるんじゃないよ。シリコンって割と痛いんだからね?」


 なんで能力使って加速させたナイフを避けられるんだよこの人…まじバケモンじゃねぇか。


「まぁこれで異妖は討伐完了だ。依頼は無事終了。この後のことは、まぁ当事者たちに任せればいいだろう」

「いいんでしょうか、それで」


 早田さんは細いその目をかすかに見開く。


「君の言いたいことはよくわかる」

「なら」

「でもね」


 早田さんはなにもない地面に転がった2本のナイフを手に取ってポーチに入れる。


「今回の仕事は君がいったとおり、弓道部を異妖から守ることだ。どうしたってその域をでない。どうしようもないことだけど、仕方のないことだ。こういうのは、個人の感情じゃなくてルールの理論が決めることだからね」


 ニヤリと口角をあげる。


「そうですね」

「まぁだから、依頼は今日で終了だ。あとの接触は僕たちの管轄外。部活には関係がなくなってしまう」


 え?あ、あぁ、なるほど。

 この人…まったく。


「そうですね。討伐報告を済ませましょう。書類は後で提出します」


 うんうんと首を縦に振る早田さんが、なにかを思い出したようにピタリと動きを止めた。


「そうそう、今回に関しては僕が報告書を書くよ」

「はぁ、大丈夫なんですか?」


 早田さんは後ろ首をかきながら答える。


「討伐は今回が初めてだからね。僕が書いた方がややこしくない」

「そういうもんですか」

「そういうもんだよ」


 俺は制服についた汚れを払って息を吐く。


「じゃ、僕は一足先に失礼するよ。あぁそれと、今回の依頼の内容は君たちの口からは公表しないでくれ」


 そう言い残して、グレーのスーツは去っていった。

 もう一度、ため息をつく。

 さて、どうしたもんかな。


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