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玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第一章『プロローグ』
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第2話 坂西智幸(2)

 

 その日、千歳の顔は晴れなかった。

 僕が計画の進行を宣言した時もそうだった。なにかに懺悔するように目を伏せながら、仮面のように口角だけが小さく上げられていた。

 千歳本人は普段と変わらずテキパキ仕事をこなしている様子。

 1度大きく息を吐く。

 それでも違和感は拭えなかった。

 これは本人に聞くほかないみたいだ。

 再び研究室に向かうと、千歳は廊下で通話していた。後にしようと1歩後ずさりした瞬間、普段の天真爛漫な様子とは違う優しさに溢れた言葉遣いが耳に飛び込んだ。ほんの少しだけ、震えているようにも感じる。相手はおそらく道大君...……いやまてよ?

 彼女の陰りの原因が、道大君が北上鷹乃の代役になったことなのだとしたら。

 僕の違和感はこんなはちゃめちゃとも取れる推測により確信へと変わった。

 唇を噛み締める。僕のしたことの痛みが味蕾に浸透すればいい。

 胸の中で黒い塊が蠢く。心臓を握りつぶさんとするそれは、胸を掻きむしっても消えない。

 僕は逃げることも迫ることもできず、ただ呆然と眺めているしかできなかった。そんな僕を彼女が見逃さないはずがない。通話を終えた千歳は僕を視認すると、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


 「聞いてたでしょ、人の電話」

 「あ、いや、わざとじゃなくて……」


 千歳は、空虚な返事しか返せない僕にため息をついた。


 「ちょっと、いいかな」


 僕は何も言わずただ頷いた。先を歩く千歳の後について行くしかできない者に、否定も肯定も口に出す権利なんかない。


 ◆


 自販機の前のソファに2人並んで座るとほんの少しだけ無言の時間が流れ、缶コーヒーの蓋を開ける音がその間を埋める。


 「ほんとに、いいのか?道大君のこと……」


 僕が言うと、千歳は目を細めた。


 「他にいい方法でも、あるの?」

 「え、いやいや……」


 普段は柔和なその瞳から漏れる光はさながら氷の刃で、僕は凍てついて思わず口ごもる。

 すると千歳は不意に表情を明るくして笑った。


 「まぁそんな真剣な顔しなさんな。この計画には私が1番と言っていいほど関わってる。そんな計画の重要なピースは、手元に置いておかなくちゃね。それがたとえ息子であったとしても、だよ」


 千歳は一切の陰りも見せない。


 「で、でも……」


 渡は、どう思うんだろう。

 紛れもない千歳の一人息子である道大君の将来を決める選択だ。加えてそれは、およそマイナス面でしかはたらかない。異質な存在を街に残すということは、排除の対象となることは想像に易い。

 でも、その続きを言葉にはしなかった。

 千歳は死んだ人間の意見を考えるような後ろ向きな人間ではない。今あるもので戦うスタンスを決して崩さないのが彼女の取り柄だ。


 「それに、道大のデータをもう一度測定したら、こりゃまたびっくり。彼は北上さん家の鷹乃ちゃんなんか比にならないくらいの可能性を秘めてることがわかったんだよ。だから、彼の方がきっと上手くやってくれる。この街を、世界を、ちゃんと壊してくれる」


 何かを覆い隠すようにまくし立てた彼女は胸を張って腰に手を添える。


 「だって、私と渡のハイブリッドだもんね」


 なんだかそれが微笑ましくて、ありがたくて、少し申し訳なくて、僕は薄く笑ってそれに返す。

 握っていたコーヒーは、ぬるくなっていた。

 酸味だけが強調されたブラックコーヒーを一気にあおり、僕は立ち上がる。

 これからは片時も油断してはいけないのだ。

 口に残る苦味がむしろ心地いい。

 苦味や酸味なんかじゃすまされない責任を、僕達はたった今から自らの意思で背負い込むのだから。


次回更新は4月7日(木)午前1時の予定です。

感想・評価等よろしくお願いします!


次回 第3話『玉置創治郎』

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