表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉置くんは化け物ではない。  作者: 蛸中文理
第二章『かけがえのないもの』
19/57

第19話 源光(3)

 

 この弓道部に、なにかある。

 創治郎、流零、そして現場を見ていない早田さん。その三人には見えたなにかがあった。

 とはいえそんなもの俺たちにどうこうできるものじゃない。ただ異妖が宿主の無意識につられて、無意識に恨みを抱く対象に攻撃を仕掛けるという特性を持つことが本当なら、これはどうにもめんどくさい状態になるだろう。俺たちがやっているのは、警護がてらの復讐ともいえるものだ。


 パンッ!

 カシャン!


 神秘的な心地の良い音と、爽快な乾いた破裂音のようなものが鳴り続ける空間。

 この部の状況は、さっきのとおり俺にどうこうできるものじゃない。だから俺としては割と暇なわけで。


「なぁ、葵~」

「光、後で話は聞くわ。ここは道場よ。しずかにしましょう」

「うぅ…ごめん」


 正論だよ…でもちゃんと正論で俺を制してくれる葵まじかっこいい。え、まってこれはさすがに俺ダメ彼氏すぎないか?うーん、でもそしたら割と葵に甘えられる気がするし…あ?待って?あとで話聞いてあげるって?

 まじ?

 甘え放題じゃね?


「源、お前なんかキモイぞ…」


 あ、ごめんごめん流零。俺ったらまったく。

 いや違う違う流零に悪意はないからそんな目を光らせなくて大丈夫だ葵。え、でも俺がけなされたらちゃんと怒ってくれるんだ。なんだこれかわいいなこんにゃろー。

 とまぁ、こんなことしかすることがない。彼女のかわいいところを思い浮かべたりで時間はあっという間に過ぎていく。

 今日も異妖は来ない。

 あと20分で俺たちが引き上げる時間か。

 ふっと息をついた。

 その時、ガツン!という重い音が道場に鳴りわたる。

 そしてその直後、シンと神秘的なほどに静まり返った。


「どうしたの?」


 萩野先輩がそっとその衝撃音の中心へと声を掛ける。そこにいたのは、女子2人。


「違うの結美さん」

「何も違うことない。手先のこと以前に、そもそもドウヅクリからなってない。ちゃんと教本読んでないでしょ。文句言うのは、やることひと通りやってからにしてもらえますか?」


 ショートの女子と、背の低いポニーテールの女子。背の低い女子は、怒りをあらわにする方には目を向けず、じっと床に視線を落としている。

 怒る女子生徒をなだめ、萩野先輩は背の低いポニテの女子の方へ歩み寄る。


「まぁ、矢羽根ちゃんも少し言いすぎじゃない?話聞くから、別のところいかない?」


 それは、部長が部員にかける言葉としてはまるでお手本のようなもの。双方をなだめ、双方の悪いことの認識をさせる。俺には到底あんな役出来ない。

 そう、そんな、部長としてはきっと100点の一言だったんだ。


 ♦


「恋愛絡み?」

「そ、恋愛絡み」


 早田さんはいつものように胡散臭い笑顔を浮かべてそう答える。


「だよね?創治郎君」


 小さく創治郎が首を縦に振る。

 萩野先輩には、曰く彼氏がいる。そしてその彼氏が、被害者である男子生徒だ。まぁこれだけなら、初日であんな泣きながら来たわけだし、萩野先輩にとってかなり大事な存在だってのはわかっていたと言えばわかっていたことではある。問題はここからだ。

 萩野先輩と、その彼氏。最近なにやらぎくしゃくしていたらしい。

 そしてその内容が、


「矢羽根さんとの浮気疑惑ってことか」


 流零が神妙な表情でつぶやく。


「簡単に言うとそういうことだな」


 創治郎が表情を変えず肯定する。

 こいつ一体どんなコネクト使ってそんな情報仕入れてんだよ…こえぇよちょっと。

 ともかく、矢羽根さんと萩野先輩は明らかにバチバチだ。そして萩野先輩はあの部において絶大な影響力を誇る。頼れる部長。加えて、矢羽根さんは寡黙で淡々と弓を引き続けていた。流零がそう言っていた。自然と、矢羽根さんはどこか浮いた存在になる。むしろ、創治郎が情報を掴んでくるんだ。噂が広まっていてもおかしくない。部でもそれが理由で距離を開けている人がいるのは確かだろう。

 ただ被害者は男子生徒。

 前回は、男子に恨みを持つ生徒の無意識の恨みだと推論が出ていた。

 そもそも、どうやって被害者は怪我したんだっけ…

 ん?あれ?前提からそもそもまちがってないか?


「待ってくれみんな」


 隣で葵が首をかしげる。かわいい。


「異妖は恨みを持つ対象を攻撃するんですよね?」

「まぁ、そうだね。だからこういっちゃなんだが、この話から行くと少し不自然ではある」


 早田さん。それ、不自然じゃない。


「そもそも、萩野先輩、被害者が異妖に立ち向かって返り討ちにあったって、いってなかったか?」


 早田さん以外のみんながあっけにとられたように固まる。そうだ。俺だって今の今まで忘れていた。討伐のインパクト、そしてこのスキャンダルの沼具合。なにより異妖の衝撃的な特性。だから忘れていた。

 異妖はそもそも、被害者を狙ったわけじゃない。

 普段さえない俺の頭がぐるぐると回る音がする。

 …で?

 いや、これは…

 回転していた脳が瞬間動きを止めた。

 そして急激に悪いイメージが動き出す。


「これは、わりとやばい状態なんじゃないですか?」


 内海が表情をこわばらせて早田さんに問いかける。


「そうだね」


 腕を組んでひとつ頷く。

 となりですっと息を吸う音がした。見れば葵が目を見開いている。


「待って、それって、異妖の本当の標的が、矢羽根さんの可能性があるってことなの?」



矢羽根さんの髪が逆立ったように見えた。


「…っ」


舌打ちとも取れない小さな声とともに、矢羽根さんは部員をかき分けて俺たちの横の台に音もたてず弓を立てかける。そしてせっせと道場を出て行ってしまった。

静まり返る道場。

俺たちに背を向けたままの萩野先輩の表情は見えない。きっと暗い…


「さっ」


顔を…


「時間だし」


して…


「みんなラストねっ」


きっとそのあと、萩野先輩は俺たちに労いと謝罪の言葉をかけたのだろう。

だけど俺には聞こえない。いいや、音にしか聞こえない。

知っていた。このおっとりしっかりちゃっかりお姉さん系部長の萩野結美先輩が、本人も気づいているかわからない闇を抱えていることを、俺は知っていた。

だけどいざこうしてみてしまうと、こう、なんだ。

なんだ、これは。

こんなにも、わけのわからないものなのか。

人間の闇ってもんは。


「では私たちはここで失礼します」


内海が申し訳なさそうに腰を折る。

…内海?


「葵、創治郎は?」


さらりと黒髪が揺れる。


「玉置くん?彼なら矢羽根さんの後を追ったわよ?」

「ええ!?」


あいついつの間に…



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ